邪竜ファーヴニル討滅戦③

「お兄さん、いい加減前衛をスイッチするです!」


 半ば悲鳴じみた声が、森の中から響く。

 それは、スザクが邪竜のヘイトを引きつける中、遊撃手として邪竜の体力を削り続けていた狐耳の少女のものだった。


 そんなスザクはというと……すでに装備の大半は耐久も全損して脱落し、手にした剣も、もはや耐久値が風前の灯という有様だった。


「構わない、君たちの方がずっと強い、君たちはアタッカーに専念してくれ!」

「でも、お兄さんもうボロボロなの……!?」


 遠方からの狙撃により、スザクへと吐き出された邪竜のブレスを強力な砲撃と、付随して着弾する小レーザーで弾き飛ばしながら、もう一人の悲痛な叫び声が聞こえてくる。



 元々流れのソロプレイヤーでいる予定だったスザクは、基本的に「一人で何でもやる」構成だ。そのため回復魔法も使用できるしタンクの真似事もできる。


 だがその一方で、パーティ戦に最適化されたプレイヤーほど特化した能力は無い。



 ならば自分にできることは、攻撃力に関して自分より遥か上にある二人の少女が、気兼ねせずに攻撃に専念できるようにすること。幸い『抗う力』バフによって、耐久力だけは充分にある。


「ぐ、くっ……っ!?」

「……お兄さん!?」


 辛うじて剣で受け流した邪竜の前脚が、傍らの地面にズズン……と地響きを上げて落ちる。

 その衝撃に吹き飛ばされるも、どうにか転がって衝撃を受け流しながら反動で立ち上がる。



 ――今、折れかけたな。



 先程爪を受け止めた際に、耳元でビシリと不吉な音を響かせた愛剣に、限界が近いことを否応無しに悟る。


「お兄さん、無茶しすぎです!?」


 そんなスザクを気遣って、狐の少女から心配する声が聞こえるが、その時にはもう次に来る攻撃に備え、少女と逆方向に移動を始めていた。


「はぁ、はぁ……ッ、問題ない、君たちは攻撃と回避に専念を!」


 再度、そう繰り返すスザク。


 ――復活するとはいえ、戦闘不能から帰還後は十分間の『衰弱』デバフがつく。


 だが今はまだ十把一絡げな中間層に居る自分と違い、彼女たちは正真正銘のトッププレイヤーの一角で、他のプレイヤーが態勢を立て直した後に必ず必要になる戦力だ。その彼女たちの十分間を無駄にさせたくはない。


 ならば、自分がこの身を犠牲にしてでも、彼女達をその時まで生存させる……それが、自分の役割だと、改めて深呼吸して呼吸を整え、剣を構える。



 ――大丈夫、私のスザクは強いもん。



「……え」


 居るはずのない人物の、聞こえるはずのない声。

 幻聴かと思い周囲を見回すも、やはりどこにも姿は無い。



 ――それよりも、あそこ。怖いのが来るよ。



 幻聴に促されるまま邪竜を見上げると……その額の邪眼が、怪しく輝いていた。


 だが、どうやったらあんな場所へ。

 どうにかする事が可能であるとすれば、狙撃手の少女であろうが……皮肉にもスザクが彼女たちにタゲを渡すまいと奮闘していたせいで、彼女の居る位置は正反対だ。


 そして、スザクへ向けても竜の凶悪な爪が振り上げられる。


 ――ダメか……っ!?


 避けきれない。それに今にも、邪竜の額にある邪眼から謎の攻撃が炸裂するであろう予感に、スザクの中に諦観が首をもたげる。




 ――大丈夫、スザクならいけるよ、だって私の勇者様だもん!


【『思考加速』スキルを習得しました】

【『短期未来予測』スキルを習得しました】




「――ッ!?」


 邪竜が腕を振り下ろした瞬間、視界の端に公式のメッセージが流れると共に、周囲の動きがゆっくりと流れ始めた。


 更には振り下ろされる邪竜の手がこの先、一瞬後に通過するであろう場所が幻影となって見える。


 不可能に思われた邪眼までへの道は――確かに続いていた。


 まるでなにかに導かれるように、その前脚を、紙一重の間隔で避ける。直後地面を叩く地響きを、跳躍して回避する。


 そのまま邪竜の前脚へと着地すると、巨木のようなその脚を駆け上がり、更にその脚を蹴って跳躍し……今まさに、何かを額の邪眼から放とうとしている邪竜、その額へと――逆手に握りしめた剣を、思いきり突き立てた。



 ―― グ、ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!



 響き渡る、邪竜の初めて苦痛から上げた咆哮。


 潰れた邪眼から噴き出す、邪竜の鮮血。


 ついに耐久を全損し、甲高い音を上げて折れる剣。


 髪も、少女に駄目出しされながら選んだ衣装も装備も、何もかもが邪竜から噴き出した血の紅色へと染め上げられていく。



【『竜血の英雄ジークフリード・偽』スキルを習得しました】



 そんな、システムメッセージが流れた直後だった。


 ブン、と苦痛に振り回される邪眼の首。


 ひとたまりもなく宙に投げ出されりスザクの身体。


 即座に、邪竜ファーヴニルの顎が、空中で身動きする手段のないスザクの眼前へと迫り――



 ――バクン。



 そんな擬音が似合いそうなほど、あっさりと閉じられた顎と共に、スザクの姿が戦場から消えた。







「……ちょ、お兄さん!?」

「お兄さん、嘘、食べられたの!?」



 邪竜の顎に消えていった青年を目にして、騒然となる二人の少女たち。そんな彼女たちへと、邪竜ファーヴニルが振り返る。


「……やるしか、ないみたいです」

「はいなの、お兄さんの敵討ちです」


 もはや、盾役を買ってくれたお兄さんは居ない、自分の身は自分でと、雛菊もリコリスも腹をくくり、武器を構えた、その時――



「――勝手に……殺すな……ッ!」



 そんな声とともに、閉じられた邪竜の顎が、内側から剣に貫かれた。



 ―― ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!?



 再度響き渡る、邪竜の悲鳴。

 その剣は、先程までスザクの使用していた既製品などではなく……言うなれば、魔剣。黒く禍々しい魔剣だった。


「おおおぉぉおおッ!?」


 裂帛の気合いと共に、無理矢理引き裂かれてこじ開けられた邪竜ファーヴニルの口内から、何故か髪を真っ赤に染めたスザクが、姿を現した。


 そのまま、痛みに暴れているファーヴニルの口から、ずるりと落下して、地に落ちる。


「ってて……」

「お兄さん!?」


 強かに背中を打ち付けて落下したスザクへと駆け寄り、体を起こして退避させてくれる雛菊とリコリス。


「えっと、その手に持った剣は?」

「知らん、飲み込まれた際に奴の喉に刺さってた」

「はぁ……あの竜さんに食べられないと拾えないレアアイテム……ですか?」

「そんなものを咄嗟に回収するなんて、呆れたお兄さんなの」


 喰われて死ぬはずだったところ、たまたま掴んだその剣によって、九死に一生を得たと言うスザク。

 その悪運の強さに……雛菊とリコリスも、思わず噴き出した。


「さて……どうやら、笑ってばかりもいられないみたいだな」

「ええ、どうやら怒り心頭みたいなの」


 ようやく三眼のうちの二つの目と口を潰された苦しみから立ち直り、今度こそ憤怒に満ちた残る一つの目で三人を睨みつけてくる邪竜ファーヴニル。


 その怒気を前に気を取り直し、拾った剣を構え直すスザクと、彼の警告に頷いて、後方へと下がるリコリス。


「それに……どうやら、間に合ったみたいです」


 改めて太刀を構え直した雛菊が、後方をチラッと見て、口元を緩める。


 そこには……衰弱から回復し、隊列を維持しながらこちらへと向かうプレイヤーたちの集団が居た。




「生きてる!」

「三人とも、生きて耐えてるぞ!?」

「助けてくれてありがとうな、今度は俺たちの番だ!」

「彼らの献身に報いるんだ、今度は無様は晒せんぞ!!」




 鬨の声を上げながら、一直線に突っ込んでくるプレイヤーの大軍。タンク構成の最前列の一団が、労うようにスザクの肩を叩いて追い抜いていく。


 その士気は一度敗北したにもかかわらず高い。それは全て、ここまで皆のためにと耐え続けたスザクの、そして二人の少女に触発され奮い立たされたもの。


「それで、あんたらはもう休むかい?」

「あとは後ろで見学していても、誰も文句は言わねーよ」


 そう、スザクたち三人を守るかのように立ち塞がる剣士二人に……スザクが、フッと頬を緩ませた。


「馬鹿言え、そうやって俺たちにラストアタックを取らせないつもりだろ」

「ありゃ、バレちまったか」

「このままだと、いいところ全部お前らに持っていかれそうだからな!」

「はは……そうお前らの目論見通りになんてさせるかよ。やるさ。まだまだやれる」


 軽口を叩きながら、改めて剣を構え直すスザク。


「私も、まだ全然行けますですよ」

「私だって大丈夫、お兄さんが守ってくれていたからまだまだ元気なの!」


 二人の少女も、スザク同様に武器を構え直す。



 ――ここから先は、俺たちもライバルだ。


 ――はいです、負けませんですよ?


 ――私も、二人に負けないよう頑張るの!



 そう目配せして、それぞれの持ち場へ散会するスザクと雛菊、リコリスの三人。

 こうして……一度壊滅した大規模レイドバトルは、今度こそ万全の態勢で第二ラウンドが開始されたのだった。







 ◇


 ――そうして、この場に集った全てのプレイヤーが、目標に一丸となって挑む熱狂の中。


『――ふふ……ねぇスザクぅ、やっぱりあなたは私の勇者様です……本当にいい子ね? あははっ!』


 そんな蕩然としながらも嘲るような少女の笑い声を聞いた者は、誰一人としていなかった。




 ――ただ一人、街の中心にそびえる天守から、その血色の眼で暗い闇の中を覗き込んでいた、一人の魔王を除いて――……








【後書き】

「ヘイ開発ぅ、この邪竜の魔眼が発動していたら何が起こったのじゃ、怒らぬから包み隠さず言うてみぃ?」

「はい代表。ええと……データによると、全周囲広範囲に石化の呪いがばら撒かれますね……」

「……は?(威圧)」

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