合同演習の誘い
――新都ノバルディス、その最奥に鎮座するノバルディス城最奥の一室。
カーテンが引かれて閉じているため薄暗いその一室を見回しても、中央に黒樫の大きなテーブルと灯り用のロウソク台だけしか置かれていない、この殺風景な部屋。
ギルド『北の氷河』の居城であるこの城の一室……『魔王の間』と名付けられたこの部屋には、現在、城の所有者であるソールレオン以外の、二つの人影が存在した。
ギルド『嵐蒼龍』のシャオ。
そして、ギルド『ルアシェイア』のクリムだった。
なぜ、二人がノルバディスにいるかと言うと……実は、魔王になった際に特権が一つだけあった。
それが、テーブル中心に鎮座する禍々しい紫の光を放つオーブと、このオーブが設置された場所限定で一時的に飛ぶことができる、同色のクリスタルが象嵌(ぞうがん)されたペンダントだ。
――これは、魔王三人で集まらなければならない時のために運営から貰ったもの。
オーブ設置場所をここノバルディスに定めたのも、三人が合意の上だった。
それを利用して、今クリムは大陸を北と南に横断するほど離れた新都ノバルディスへと訪れていたのだった。
「……なるほど。確かにそれは由々しき事態だ」
「特定の種族を縛るシステム。そしてそれが、僕たち三人には有効だなんて、やれやれだね」
クリムの報告を聞いた二人が、難しい顔で悩みこむ。
「……なあ、それは本当に勝てないのか、試してみたいのだが」
「なんで主は嬉しそうなんじゃ!?」
……と、戦ってみたくてたまらないらしい戦闘狂もこの場には居るわけだが。
「さて、冗談はここまでにして」
「お主、本っ当に冗談だったのじゃろな?」
思わずジト目でツッコミを入れるクリムだったが、彼は何食わぬ顔で話を続ける。
「冗談は置いておいて。相手はレイドボスなのだろう?」
「そうなると、お互いの足並みが揃うかが心配だね……それもぶっつけ本番で」
「我らはどうしても急造の
クリムもシャオも、今回ばかりは難しい顔で頭を悩ませていた……この中で一人、不敵な笑みを浮かべたソールレオンを除いて。
「というわけで……私たち三つのギルドで合同演習をすることを、私は提案しよう」
彼はそう、威風堂々とした立ち居振る舞いで他の二人へと告げたのだった。
◇
『――というわけで、北の氷河と合同で演習をすることになりました』
翌日、月曜日の昼休み。杜之宮学園の庭園の一角にある小さな東屋。
入学式当初は咲き始めだった桜も今は満開を通り過ぎ、心地よい晴空の下、はらはらと桃色の雪のように舞い散る中。
紅は聖の肩の定位置に再ドッキングしたデバイスから、二人がお昼のお弁当を食べているのを眺めながら、昨日話し合った内容を報告していた。
「へー、そんな話になっていたんだ」
お弁当の卵焼きを頬張りながら、首を傾げる聖。
それに対して紅が仮想空間内で頷くと、肩にある半球系のデバイスが小さくキュイ、と音を立てて上下した。
『うん、だから今週末、北の氷河からネーブルにお客さんが来ることになったよ』
「客?」
『そう、お客さん。ランキングマッチで出場していたレギュラーメンバーだって』
「ってことは、あの三人組と、リューガーというドラゴニュートと……あのエルネスタって女か」
そこまで言って……何故かぷい、と横を向いて不機嫌そうにおにぎりにかぶりつく昴。
その幼なじみのおかしな様子に、紅がデバイスを再度キュイ、と鳴らし首を傾げていると。
「うふふー、昴くんね、先日の戦闘の際にどさくさであの子の胸に触っちゃったこと、気にしてるみたい。変なとこ初心だよねー」
「ばっ……聖!?」
「謝る機会逃しちゃったもんねー?」
「ふん……いちいちそんなこと気にするか!」
サラッと暴露する聖に、昴が顔を赤くして慌てて食って掛かる。
なんでも隠していた格闘スキルを解放し、合わせて接触型の攻撃魔法を使用したらしく、その際に触れた、いわば戦闘中の事故なのだろうが……どうもまだ高校上がり立ての青少年には刺激が強いのである。
皮肉屋の策士を気取っていても、まだまだ多感な思春期の少年なのであった。
そんな様子に、紅は苦笑しながら、続きを口にする。
『それに、傭兵の打ち合わせ。俺たちは今、俺とフレイ、それと雛菊が本調子じゃないからね』
現在、クリムとフレイが精神力・魔力複合スキル【マジックエンハンス】を、雛菊が生命力・筋力複合スキル【フィジカルエンハンス】を取得し、ベーススキルが低下中だ。
更には、クリムは現在影魔法・闇魔法複合の【深淵魔法】を取得しているため、主力魔法であった影魔法『シャドウ・ヘヴィウェポン』が、使えないとまではいかないまでも効力は四分の一以下まで落ち込んでいる。
どうやら、一応習得した魔法は使用できるというのは僥倖だったのだが、規定のレベル以下だとその効力が著しく減少するのだ……という考察の結果は、皆に共有していた。
『結構
「……ああ、分かった」
ぶすっとしたままそれでも頷いた昴に、紅と聖は顔を見合わせて肩をすくめるのだった。
「それで、客としてくるのは北の氷河だけか?」
『うん、残念ながら嵐蒼龍は予定が合わなくて、ぶっつけ本番になるんだけど……』
「あー、まあ、向こうは五人全員後衛だろ、大丈夫じゃないか?」
嵐蒼龍の場合、シャオはともかくとして、ギルド全体の実力的にはどうしても北の氷河とルアシェイアに劣る。
そのため前衛での乱戦についていけない可能性を考えたシャオの提案により、後衛で固めた支援チームを作ってくれるらしい。
見た感じ、今回のレイドボスは人間サイズ。あまり前衛を増やしても、動きが阻害されやすくなるだろうし、盾役の数さえ揃っていればそこまで重要ではないだろう。そういった点でも、後方支援が多いことは悪くない。
「まあ、正直言うと北の氷河はともかく、嵐蒼龍はちょっと何日も町中に入れるのは怖いからな……あのガキ、何を企むか分かったもんじゃない」
『うーん……約束や契約はきっちり履行するタイプに見えたけどなぁ』
「あはは、あの時戦っていた皆は、ちょっと彼を信用はしにくいかな……」
昴だけならともかく、聖までそこまで言うとは、どうやら結構根が深い確執らしい。
ちゃんと連携を取れるのか、少し不安はあるが……それより、問題がある。
『……残念ながら、アドナメレク戦でタンクを増員できなかったのが心配かな』
アドナメレク戦では、北の氷河のメインタンクであるリューガーもドラゴニュート、すなわち魔族側の種族なために参加できないことだが……そこは、フレイヤと雛菊、そして北のエルネスタという女騎士に凌いでもらうしかないだろう。
『フレイヤ、多分メインタンクになると思うけど、大丈夫?』
「う、うん……分かってる、頑張るね」
そう呟いて、グッと両手を握り気合いを入れている聖に苦笑しながら、後でタンク役の練習に付き合おうと決めたのだった。
「それじゃレイドダンジョンには、各ギルドで五人ずつ人員を派遣するってことでいいのねー?」
「うん。あと揉めやすい戦利品は、後腐れなく使える人がロット勝負。貢献がどうのこうのという話はしないように。そんな感じかな」
というわけで、ひとまずはレイドダンジョンの人数制限十五人の陣容は整った。
『決行はゴールデンウィークのどこか。いつなら行けるか、皆の予定を聞いてから最終決定になるからね』
そう締め括る紅の言葉に、聖と昴はしっかりと頷いたのだった。
そうして打ち合わせも終わり、昼休みもあと半分くらいしかない。
話に夢中で昼食がほとんど手付かずだった二人が箸を動かすのを再開した頃……ふと、紅は思い出したように口を開く。
『……あ、そうそう、ゴールデンウィークといえば、重大な発表があったんだ』
「重大発表?」
そう、どこか弾んだ声で言う紅に、おかずのきんぴらを口に運びながら首を傾げる聖。
『うん。今朝方に父さんから連絡があってね……ゴールデンウィークが明けたあたりから、現実世界に戻る目処がついたって!』
「本当!?」
「本当か!?」
嬉しそうな紅の声に、二人がガバッとデバイスに詰め寄る。
『うん、リハビリは必要だそうなんだけど、それが終わったら、俺もちゃんと生身で学校に通えるよ』
「そうなんだ……良かった、本当に良かったねぇ……」
涙ぐんでデバイスに頬を寄せる聖に、紅が仮想空間内でふっと表情を緩める。
いったいなぜ入院しなければならなかったのか、気にはなるが……
「それじゃ、紅が復帰する前祝いに、パーっと攻略成功させないとな」
『おー!』
「おー」
最後にそう締め括る昴の言葉に、紅と聖は周囲の目を気にした控えめな気勢を上げたのだった。
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