神域の女騎士

「……で、死に戻ってきたと」

「はい……」


 冷たい声で問い掛けるフレイの視線の先では……『私は先走ってレイドダンジョンに突撃しました』と書かれた看板を首からぶら下げたクリムが、意気消沈した様子で正座していた。


「我慢できなくなったからソロでふらっと行ってきたって……子供か、お前は」

「面目次第もごさいません……」

「まぁいい、何があったんだ?」

「うむ……」


 呆れたように促すフレイに、クリムは先程体験したことを訥々と語り始めるのだった。






 ◇


 クリムが、町の人から借りた小船で湖上に浮かぶ島の外周を回っていると、すぐに朽ちかけた船着場と、ほぼ断崖絶壁と言っていい急な斜面を登るための、ボロボロに崩れている石階段が見つかった。


 小船はそこに係留し、その階段を登っていくと……不意に、視界正面に小さなウィンドウが開く。



『赫剣神域キャッスル・オブ・セイファート を開始しますか? Yes/No 【参加人数 1/15】』




 そのウィンドウの『Yes』ボタンを押した途端、視界端に新たに追加されたウィンドウ。そこには、制限時間である『06:00:00』のカウンターが表示される。


 同時に島を覆っていた霧が晴れ、眼前に広がるのは青い空と青い湖。


「うわ、レイドダンジョンなんていうからどんな魔境かと思ったけど……凄い、綺麗だ……」


 崖にへばりつくように辛うじて残る階段を登り切った先、視界一面に広がっていたのは――ところどころ白や黄色の小さな花が付いた、青々とした草原の光景。



 元は綺麗な石畳だったのだろうが、今はすっかり草花に侵食されて点々とその名残を残す道。

 その脇には、ところどころ城の遺構が点在し……それはまるで、アーサー王伝説のアヴァロン説が残る、イギリスの『グラストンベリー・トー』を彷彿とさせる光景だった。


 そんな島の最奥に、目的地である白亜の古城が『ここまで来れるなら来てみろ』と言わんばかりに鎮座している。



「ここが……獅子赤帝の蜂起した地……」


 ギュッと羽織っている『幼き獅子赤帝のマント』を握りしめながら、その美しさと寂寥感が同居する庭園を歩く。


 ずっと無人であった島は野鳥の楽園でもあるらしく、おそらく草原内に巣があったのだろう、あちこちから白い鳥が青々とした空へと飛び立っていった。



 そうして呆然と景色を眺めながら歩いていたクリムだったが……



『――ほう、その外套……見覚えがある。懐かしいものだな』

「……っ、誰だ!?」



 そこでクリムは、自分がいつの間にか、綺麗に整えられた白亜の石畳が敷き詰められた、円形の庭園中心に居る事に気付いた。


 ――不覚、バトルフィールドに踏み込んだか!?


 だが、今の今までこんな綺麗な石畳など無かった。まるで突然、この庭園がまだ綺麗だった頃にタイムスリップしたように、周囲の光景が一転している。


 チッ、と舌打ちしたクリムの眼前に、すぅっと大気中から染み出すようにして、一人の人影が現れた。



 それは、真紅の甲冑を纏い、美しい黄金の髪をたなびかせた女騎士。

 彼女は同じく真紅の素材で出来た佩剣を地面に突き立てて、威風堂々と佇んでいた。



 ……綺麗だ。まるで天使のように。



 思わずクリムがそう見惚れてしまうほどに、彼女は神々しく美しかった。


 そして――その佩剣に、見覚えがある。先日、ソールレオンとの決戦で使用した『刹那幽冥剣』の剣のうち一本にそっくりなのだ。


『我が名はアドナメレク。獅子赤帝十二剣、第十席にして、騎士長エフィエの妹。魔を滅する光の騎士である』

「……は?」


 その名前は、ジョージから聞いたことがある。



 獅子赤帝十二剣。

 それは確か、この『Destiny Unchain Online』において、最初に帝国を拓いた獅子赤帝に生涯付き従ったという、十二人の忠騎士たちだ……と、憧れの存在を語るように興奮した様子で教えてくれた。



 ……この、天使と言って過言ではなさそうな、稀なる美貌の女騎士が?


『魔族の少女よ、あの方の遺志を継ぐその外套を纏う君を、私は拒絶しない。君には我らが十二の試練を受けるに足るだけの清廉さを有していると認めよう……だが、


 そう言って、悲しげに目を伏せながらその佩剣を抜くアドナメレク。瞬間……


「うぐ……っ!?」


 凄まじい重圧に、クリムがひとたまりもなく膝を突いた。同時に、ビリビリと肌を焼く痛み。HPゲージが毒々しく赤点滅し、僅かずつ削れていく。


 いや、これは重圧というか……


「私の、弱点が全部オンになっている……っ!?」


 バトルフィールドでは本来免除される、クリムの日光弱点。それが今、剥き出しになってクリムの全身を刺していた。

 いや、それだけではない。まるで教会内のような、神聖な空気……否、教会などと生温い。これは言うなれば、悉く魔を滅する神域だ。


『我が庭では、魔なる者の正体は全て白日の下へと晒されて、その身を縛られる。君では我には勝てない』


 そう言って、突き出されたアドナメレクの赤剣。


「っの……こんな状態で……どうしろとッ!?」


 それを、半ば意地で手を動かして腰から投げナイフを抜き、それを両手で構え、首を貫かれる寸前で受け流した。


 火花を散らし、首を掠めていく赤剣。


 ……だが、そこまでだった。


 全ての精神力を動員しても、一度腕を上げるのが精一杯。たったそれだけで精魂尽きたクリムの手が、がくりと地に落ちる。


 それでも、一撃は凌いでみせたその光景をアドナメレクは驚いたように目を見開いて眺め……次に、ふっと相好を崩した。


『……強き少女よ。今度来る際には、必ず信頼できる仲間を伴って来るのですよ』


 再度、切っ先をクリムにピタリと据えて構えられる、アドナメレクの赤剣。

 だがしかし、クリムの腕はもう上がらず、HPはスリップダメージに侵食されてもう残り僅かしかない。



 ――あぁ、無理ゲーだこれ。



 おそらく、

 そんな理不尽を前にさすがに諦めたクリムに向けて、いっそ優しい表情を浮かべたアドナメレクの剣が、その心臓を貫いたのだった――……








 ◇


「……ということだったんじゃよ」


 城での経緯を語り終えた時……部屋の中は、シンと鎮まりかえっていた。


「あー……悪かった。クリム、正座を解いていいぞ」

「よいのか!?」

「ああ。偵察としては大成功だ、よくやってくれた」


 バツが悪そうに謝罪しながらそう言うフレイに、クリムはいそいそと看板を外し、正座を解いて脚を揉みほぐす。仮想空間で実際に痺れたりしたわけではないのだが、そこはそれ、気分の問題だ。


「まず、そのアドナメレクな。正直、事前に情報が手に入って本当に良かった」


 心底頭が痛いと言うように、フレイが重々しい息を吐いて語り始める。


「そいつとの戦闘、おそらくはお前、そしてソールレオンとシャオは戦力外だ」

「……だよな」


 あれは、おそらく

 一戦交えて痛感していたが、はっきりと言葉にされると少しショックがある。


「おそらく皆が頼りにしていたお前たち三魔王全員が戦力外となると、戦術の根本からの見直しが必要となるな……」


 そう告げるフレイだけでなく、この場で話を聞いていた皆の表情が、かすかに強張った。



 ――クリム、ソールレオン、シャオの三人が皆仲間なのだから、なんとかなる。



 そう、皆心のどこかで根拠無く盲信していた感は否めなかった。だからこそ、皆が感じたショックは甚大なものだった。


 おそらくは……この情報無しに突入していた場合、皆心折れていたのではないかというほどに。


「だが、問題はだ……多分、先には逆の能力を持つ奴が居るんじゃないか、これ?」


 15人制限のレイドダンジョン。その中で特定の種族のみ役立たずになるボスがいるなどというのは、あまり考えられない。考えられるのは……



「……アドナメレクの逆、魔族系種族を無力化するボスが居る可能性」


 クリムが、ポツリと呟く。


 魔族系の種族は少ない。基本選択種族の中ではドラゴニュートしかおらず、他はレア種族ばかりなのだ。


「そういえば、アドナメレクは名乗る際にこう言っておったな…… 『騎士長エフィエの妹』と」

「その騎士長が怪しいな……ひとまず警戒しておこう」


 そう言って、さらさらとメモを取り始めるフレイ。


「お前ら魔王三人が集まればなんとかできそうな気がしないでもないが……それでも今度の話し合いの際に相談するため、少し情報を纏めておこう、集まるのはいつだ?」

「あー、毎週日曜日だな、明後日だ」

「そうか、結構すぐだな。悪いが皆、今日の狩りは無しにして、クリムは貸してくれ」

「うん、フレイもクリムちゃんも、頑張って!」


 そう言って皆に断りを入れると、フレイヤがそう快諾してくれる。


 そうしてクリムとフレイは二人、この新たな問題について、この日の夜を全て対策会議で費やすのだった――……

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