60秒の死線
ドレイク……この世界においては、竜の血族としての力を今なお引き継いだ、ドラゴニュートの上位種である上級魔族。
彼らは、己が竜の力を封じた竜石を体内に取り込むことで、一時的に本来の力を振るうことができると伝えられていた――……
◇
先手を取り、踏み込んだクリム。
その両手に構えた刀を、全身を使い更には落下の勢いを乗せて振り下ろし――
「……くっ!?」
そのまるで巨岩に斬りかかったような、小揺るぎもしない手応えに、咄嗟に危機を感じ反動で退く。
直後――ほんの一瞬前までクリムのいた場所を閃く、ソールレオンのもう片手の刃。
すぐさま流れるように構え直したソールレオンの背後で、まるで翼を広げるかのように吹き上がる炎。
来る、と咄嗟に身構えたクリムだったが――
「は……」
ほんの一瞬。
瞬きする程度の時間で、クリムのすぐ眼前にソールレオンの姿があった。
爆発の勢いを利用した超加速だという理解だとか、その速さを制御できるということに驚愕するよりも早く、半ば本能的な条件反射により横へ跳ぶ。
ヴォッ! という空気を引き裂く音と共に、繰り出された刺突。
ヂッ、とプレストプレートを掠め、クリムの右肩が浅く切り裂かれ、HPが僅かに減少する。
その剣閃には、こちらの準備ができるまで待ってやろうなどという甘さは存在していない。
……つまり、そこまで辿り着けない力になど興味は無いということ。
つくづくムカつく奴と、心の内で悪態を吐きながら反撃しようとした瞬間――頭上から、断頭台のような斬撃が降ってきた。
――あと、40秒。
交差させた二刀で辛うじてその斬撃を止めるも、膂力の差は如何ともし難く、クリムが膝を突く。
――違う、本命は下だ。
チリチリと脳裏を灼く焦燥感に駆られ、強引に鍔迫り合いを切り上げて後方へと跳んだ瞬間、眼下からすくい上げるようなソールレオンのもう一刀による斬撃が飛んできた。
「――『エッジランチャー』」
ソールレオンがボソリと呟いた、その
ドンッ、と衝撃に宙へ浮かぶ、クリムの小さな身体。
咄嗟に下方へのガードを固めた腕が頭上に打ち上げられ、手にしていた刀は衝撃に感覚を喪った手から離れて飛んでいく。
更には、ヂッと左目に感じる熱。クリムの視界の端に『左眼球欠損」のアイコンが点灯すると共に、刃が掠めた左側の視野が急激に狭まる。
――あと、30秒。
腕をかち上げられ、無防備を晒したクリムの腹部に――
「が、は……っ」
ゴリュ、と深々とめりこむ剣の柄頭。
たまらず膝を突いて崩れ落ち、身体をくの字に丸め咽せる。
「う……やっぱり女の子のお腹を殴るのは、たとえゲームでも気分が良くないな……」
「て、め……っ」
腹部、内臓深くに伝わった衝撃に蹲り、いまだ咳き込むクリムの小さな身体を、ソールレオンが掴んで持ち上げ……その小さな身体を、崖目掛けて投げつけた。
――あと、20秒。
「……がっ!?」
衝撃に、肺の空気が全て持っていかれる。
視界がチカチカと明滅し、意識が朦朧としかける。
背中をしたたかに打ち、クリムが今度こそ力を失って、ずるずると岩壁に沿って崩れ落ちる。
自然の反応として涙が溢れ、滲む視界の中で、ソールレオンが眼前に立ち、剣を振りかぶったのを感じる。
本能的な恐怖から、身体を捻って危機から脱しようともがいた瞬間……
――あと……
ザンっ、と肉と骨を立つ音が、やけに近くに聞こえた。
辛うじて身体を捻り、ソールレオンの剣を躱したクリムだったが……
「……うっ、あ゛っ……ッ!」
激痛に蹲る中で、視界の端を飛んでいく白い棒みたいな物体……それは、二の腕から切断されたクリムの左腕。
同時に、点灯する部位欠損の状態異常アイコン。左腕から先の感覚が完全に消失する。
それでも、もはや明らかにまともな動きができるようには見えないクリムに再度避けられたことで、驚愕に目を見開くソールレオン。
だがクリムのほうも、イエローからレッドゾーンへ突入したHPへのダメージより、精神的な痛手のほうが大きく……ほんの一瞬だけ、その場に呆然と佇んでしまう。
次の瞬間、肩を踏み付けられたクリムは仰向けに転がされ、身動きを封じられた。
「……残念だ」
そうボソッと呟かれた、こちらを冷たい目で見下すソールレオンの言葉。
介錯だとばかりに、その刃が硬直したクリムの首へ迫る。
――負ける?
引き延ばされ、止まったような時間の中で、迫り来る刃。何度もリフレインするその疑問。
――嫌だ、負け……たく、ない!
喉元へと迫る終焉の時。
だが……クリムの心は、それを強く拒んでいた。
――負けて、たまるか!!
ならば、どうすれば良い……などというのは、決まっている、無理だろうがなんだろうが、やるしかないのだから。
――あいつを、負かす!!
「……『
カッと、死に体だったクリムの目が見開かれた。
半ば直感任せのまま、突き出されるソールレオンの剣を、咄嗟に首を捻って躱す。ピッ、と薄皮一枚裂かれるが……まだ、生きている。
心臓が激しく脈打ち、高速で体内を巡る血が全身に力を満たしていく。
真っ白だった肌には、血による真っ赤な模様が。
真っ白だった髪は一瞬で真紅に染まる。
燃焼した血が、霧となって体の周囲に漂う。
ソールレオンと同様に異形に姿を変じたクリムの目は、勝利への渇望による爛々とした光を取り戻していた。
「負っ……け、る、かぁぁぁあああアアッッ!!」
「……何っ!?」
咄嗟に、偶々すぐ側にあった漆黒の両手斧を握りしめ、勢い任せに思い切り振り抜く。
技も何もない攻撃だったが……だがそれは、加速したクリムの動きにより破格の威力となって、咄嗟に剣を引き戻しガードしたソールレオンを弾き飛ばす。
重石が無くなったクリムは、先程の瀕死の体から一転、素早く跳ね起きて、その手を眼前へと掲げた。
――あと、0秒!!
「『シャドウ・ヘヴィウェポン』……ッ!」
手の内に現れた、漆黒の大剣。
だが今までと違い、その漆黒の内から溢れ出るように、輝きが発せられ始める。
そして……それは、周辺に散らばる今までクリムが生成してきた影の武器たちにも、伝播するように起きていた。
――準備は、完全に整った!
「――
大剣を大地へと突き立てて、残る右手を天に掲げ叫んだその始動の声に、クリムの周囲、計十二本の影の武器たちから突如まばゆい光が立ち昇る。
「破軍剣聖、剣軍跳梁、此処に来れ、『刹那幽冥剣』……ッ!!」
依代となったその武器たちは、光の中で姿を変化させながらひとりでにふわりと浮かび上がり、クリムの周囲を旋回し始める。
その時には既に、周囲に浮かぶ影の武器だった物たちは精緻な装飾の刻まれた、統一されたデザインながらそれぞれ個性を持つ、十二本の深紅の騎士剣へと変化していた。
それはまるで……王に付き従う、円座を拝する騎士のように。
紅のオーラを周囲に纏い。
真紅の髪を焔の如くたなびかせ。
真珠の白い肌を真紅の模様で染め上げて。
紅蓮の外套を己から溢れた魔力ではためかせ。
そんな姿で数多の剣を従えて、片腕と片目を失い全身傷だらけになりながらも『最強』相手に一歩も退かず、真っ直ぐに睨んで凄絶に笑うその様を……中継で観戦していた視聴者たちは、やがて口を揃えてこう呼んだ。
――赤の魔王、と。
「……っ、それは、
何かに驚愕したように、目を見開くソールレオン。
だがそれはすぐに、実に愉しげな笑みへと変化する。
「そうか、それが君の奥の手か、はは、面白い!!」
歓喜と、微かな恐怖を滲ませた表情で笑うソールレオン。そんな彼へと向けて、クリムは周囲を飛翔する剣のうち一本を残る右手で掴み取り、構える。
「さて……待たせたな。今から我、クリム=ルアシェイアの全力をもって、貴様を討つ……ッ!!」
「良いだろう! 私、ソールレオン=ノールグラシエが、全霊で受けて立つッ!!」
互いにギルド名を背負った名乗りを上げ、対峙する二人。
この争いの終焉へと向けて、十二本の真紅に輝く剣を従えたクリムが、咆哮をあげるのだった――……
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