暫定ギルドランキング決定戦・本戦④

 ――同時刻……北街区、市街地外れの開拓区画。



 森を切り開く最中という風情の、あちこちに切り株が点在する荒地でもまた、一つの戦闘が発生し、また終結しようとしていた。


「シャオ様、もうすでに前衛二人が落とされました!」

「敵『北の氷河』、もうこちらに来ます!」


 そんな二人のギルドメンバーの報告を受け……一人、開拓中の森に転がる切り株の一つの上に悠然と座って黙想していた道士服姿の少年が、ゆっくりと顔を上げる。



 彼の名は、シャオ=シンルー。この『嵐蒼龍(ランツァンロン)』を率いるギルドマスターにして……現在、DUOにおける最強のスペルキャスターであると噂される少年だった。



 そんな彼が口を開くのを、生き残りのギルドメンバーたちは、ゴクリと唾を呑んで耳をそばだてる。


「あはは、まいったねこれは。ちょっと正攻法じゃ勝てる気がしないなぁ」

「……は?」


 あっけらかんと放たれた言葉に、嵐蒼龍のメンバーが硬直する。


「あの、し、シャオ様?」

「だって、今から挽回って無理でしょ。だから……か?」

「……は?」



 そんなシャオの言葉に、呆然と立ち尽くす『嵐蒼龍』の副官。


 だが当のシャオは、頭上を指差して、上を見ろと促す。


「それに、まぁ、もう手遅れだしね」


 そこには……六つの属性色に輝く光の球が、螺旋を描くように収束を始めていた。


「あの……シャオ様、あれは……?」


 顔を真っ青に染め、固唾を呑んでその光景を見つめる嵐蒼龍の生き残りたち。その中の一人が、耐えかねたように疑問を絞り出す。


「極大魔法。要はスキル熟練度100で習得する最強魔法ってやつ。滅多に喰らえる物じゃないから君たち得したね?」


 何故か手を叩いてまで楽しそうなシャオのその言葉に、嵐蒼龍のギルドメンバーが絶望の表情で膝をつく。


「いやぁ……凄いね、んだ、もうあれが使えるの。北の氷河のラインハルトね、覚えておこう」


 そう、シャオが楽しげに呟いた直後。


 ラインハルトの放った全属性複合精霊魔法『カオスフレア』が、嵐蒼龍本陣へと襲いかかり――空を貫く巨大な光の柱の中へと、全ては飲み込まれていった。


 優勝候補の対抗馬と見做されていた嵐蒼龍は、この時点でバトルフィールド上から姿のだった。






 ◇


 光は天を灼き、熱と衝撃によって地は破壊され、豊かな森の一角は瞬く間に、岩と炎が支配する荒地と化す。


 これがこの決勝限定のインスタンスエリアで、全て終われば破棄されて、元の姿をした同じ街に戻れるのでなければ……それは、大惨事と言っても過言ではない事態であろう風景が繰り広げられていた。


「……とんでもないな」


 そんな場面に居合わせたフレイが、冷や汗を流しながら呟く。


 その、広範囲にわたる破壊跡は、彼……北の氷河の少年が使用した魔法の、恐るべき威力を物語っていた。


 この場に居合わせたのは、偶然。

 だがしかし、『北の氷河』を討つならば、絶好のタイミングでもあった。


 何故ならば……




「はぁ、はぁ……へぇ、ここで来るのかい、『ルアシェイア』の皆さん」


 そう、真っ青な顔でフレイたちのほうを見る、金髪の少年。彼は今、極大魔法の消費でその全てのMPを絞り尽くしていた。


 それでも健気に杖を構えた少年だったが……すぐ横に控えていた灰色の髪の青年が、その肩を掴んでぐいっと下がらせる。


「ラインハルト、お前は下がっていろ」

「いや、でも……」

「お前は、シャオとの戦いですっからかんだろうが。さっさと戦えるまでMPを回復してこい」


 無愛想にそう告げながら、弓を構える青年。


「……分かった、ごめんシュヴァル」

「気にすんな、シャオに極大魔法を撃ち返される可能性を考えると、お前の判断は間違っていない」


 そんな弓を持つ灰色髪の青年の言葉に、金髪の少年は踵を返して戦線から離脱していく。


「逃しは……」

「待て、雛菊!」


 即座にラインハルトを追って飛び出そうとした雛菊だったが……そんな雛菊の前へと、右手側に聳える崖上から飛び降りてくる、やや小柄な人影があった。



「……『ナイアガラフォール』ッ!!」



 涼やかな、女性の声。

 その人影は、落下しながら手にした長柄武器……ハルバードを振りかぶると、その刃に青く光が灯る。

 そして、まるで技名の通り大瀑布のような勢いで、地面へと叩きつけた。


 周囲に派手に響き渡る、岩が砕かれるけたたましい破壊音。

 砕かれ、周囲に撒き散らされた岩塊によって、雛菊が後退を余儀なくされた。


 そこへ、更にもう一人。ズン、と重量を感じさせる音を響かせて、こちらは長身の男性らしき人物が降りてくる。


「……失礼致しました。私、北の氷河所属のエルネスタと申します。一手、お手合わせ願いますわ」


 そう言ってサーコートのフードを取り、丁寧に頭を下げてきたのは、先程崖上から雛菊を足止めした、やや小柄な少女。

 薄紫色の、腰までなびく長髪を持つ可憐な少女だったが…… 身の丈以上のハルバードを携え、黒のブレストプレートとガントレットを纏ったその出で立ちは、まさか見た目通りのか弱いご令嬢ということはあるまい。


 彼女は、フレイ……そしてフレイをカバーするために間へと割り込んだフレイヤに向けて、ハルバードを優雅に構えながら、嫋やかな所作で一礼する。



 そして、少女に代わり雛菊と対峙した、大楯と長剣を携えブレストプレートを纏った重装姿のドラゴニュート……肌のあちこちに鱗と背後に太い尾を持つ竜人である黒髪の青年も、口を開く。


「リューガーだ」

「申し訳ありません、この方、口数が少ないもので」


 こちらはハスキーな美声ながらも簡潔極まりない自己紹介をする、彼……リューガーの様子に、苦笑しながらフォローするエルネスタ。


 だが、雛菊も彼……リューガーを警戒してか、額に汗を浮かべて慎重に構えを取る。



 ……この二人も、強い。



 おそらくは雛菊も、それを敏感に感じ取ったのだろう。


 確かにこの場には目下最大の強敵、団長であるソールレオンは居ない。魔法使いの少年も一時撤退したため、数の上でもルアシェイアのほうが有利ではある。


 だが……だからといって決して侮れない相手なのは間違いなかった。



 一方で……


「逃がしません……っ!」


 崖の上、身を潜めた岩陰から、退却するラインハルトの背中を狙いスコープを覗き込むリコリスだったが……そのトリガーに、指を掛けた瞬間。


「……い゛っ、た……っ!?」


 周囲に展開した『アインシェトラーゼ』を貫通し、彼女のその左肩に矢が突き立つ。


 慌てて刺さった矢を抜き、岩陰に隠れるリコリス。元々守備力に優れた種族なのと、減衰した矢には大した威力が残っていなかったのが幸いし、大したダメージにはなっていない。だが……


「おっと、あんたに好き勝手動かれるわけにはいかねーんだわ。悪いが相手してもらうぜ、お嬢さん!」

「……っ!?」


 リコリスが岩陰から顔を出そうとした瞬間、すぐ横の岩に矢が突き立ち、彼女は慌てて顔を引っ込める。

 矢を放ったのは……彼女から二百メートルは離れているであろう岩陰に身を隠し次の矢を弦に番えている、先程金髪の少年を逃した灰色の髪の青年。


「俺はシュヴァルってんだ。上に居るロボのお嬢さんよぅ、弓と銃って違いこそあるが、こっちは狙撃手同士で仲良くしようぜ……!」

「くっ……こんな場合じゃないのに……!」


 焦った様子のリコリスに、チッ、とフレイは舌打ちする。


 あのシュヴァルという男は、何がなんでも狙撃持ちなリコリスをフリーにはしないつもりだ。

 だが一方で、リコリスが同じく狙撃持ちの彼を釘付けにしてくれれば、フレイ達の負担も減る。


 つまり……現状、彼女はこの場で生きていることにこそ最大の意味がある。


「リコリス、決して無理はしないで、あいつを自由にさせないよう妨害してくれればそれで良い」

『り、了解です……!』


 通信を使用し小声で指示を出すと、緊張に強張り、不安からか僅かに震える声で返事が返ってくる。


 だがそれでも、彼女が状況観察用のマギウスオーブを足元に転がしたのを確認し、フレイは目下問題となる眼前の女性……エルネスタに向き直る。




 ――タイムリミットは、あのラインハルトとかいう魔法使いが戻るまでかな。


 それまでに誰か一人でも減らしておかなければ、彼の極大魔法を防ぐ手段は今のルアシェイアには無いと、フレイは唇を噛む。




 だが、眼前のエルネスタという少女にも隙は無い。

 こちらに来ないよう押さえてくれている姉には悪いが、精鋭ギルドのレギュラーメンバーである彼女と、あくまで後衛として敵の攻撃に耐えるために硬いの姉では、近接戦におけるプレイヤースキルが違いすぎる。


 一方で頼みの雛菊も、あちらのリューガーというドラゴニュートの相手に手一杯だ。

 睨み合いの最中であるフレイたちと違い向こうはすでに交戦開始しているが、堅実な立ち回りで盾を操り雛菊の猛攻を凌ぎながらも、時折鋭く長剣による斬撃を挟み込んでくる。

 それを捌く雛菊の表情には一片の余裕も無く、険しい。



 ――残念ながら、自分たちが勝利するのは厳しいと言わざるを得ない。


 そう、フレイはそこまで俯瞰で戦況を見つめ、結論付けた。




 ――仕方ないか、本当はもうちょっと隠しておきたかったんだけど。


 でなければ、絶対に勝てないという予感に、フレイはギリっと拳を握りしめる。


 チラッとフレイヤに視線を送ると、姉である少女は、分かっている、と頷き返してくる。


 なかなかハードな状況だとは思いつつ……フレイは、そんな今の状況を楽しんでいるなと、今はここに居ない親友、兼、ライバルに影響されている自分に苦笑するのだった――……






 ――――――


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