間話:雛菊の挑戦/『北』から来た青年

 シュヴァルツヴァルトから出たところにある峠……そのエリア名『鬼鳴きめい峠』という。


 大陸中心の山脈を水源とする河を挟んだ向こう側、崖道を北上して行った先、コロセウムのような円形の崖が広がる空間の内部には、頭の角と、やや大柄でがっしりとしている以外は人とほぼ同じ姿をした種族『鬼人族』が集落を形成していた。


 そんな魔族の集落では今……多数のプレイヤーが、長蛇の列を成していた。


 しかし集まったプレイヤーの中には付き添いや野次馬も多く、そうした者たちはバトルフィールドの外周に座って挑戦者の奮闘を見学している。


 更にその周囲では、商魂たくましい生産職の者たちがここぞとばかりに出店を開いており、鬼人のNPCにすら呆れられているというこの様子は……まさに、お祭り騒ぎ。


 何故このようなことになっているかというと……この場所が、上位武器スキル『刀』の習得イベント発生場所となっているからだった。





「うわぁ、結構並んでるです!」

「うん……リュウノスケが情報を拡散したそうだから、居るとは思ったんだけど……ここまで盛況なのは予想外だったかな」


 それでもここまでの道中自体が大変だから、その過程で脱落した者も多いだろう。

 にもかかわらず行列ができているということは、それだけ刀スキルを渇望していた者が多かったのだろう。


 予想以上にごった返している行列ではあったが……案外と、進むのが早い。

 それもそのはずで、実力不足のプレイヤーが次々と敗れ、退出させられているからだ。


 雛菊は、そんな長蛇の列の最後尾へと並ぶ。


「それじゃ、私は外周で、上から見守っているよ」

「は、はいです……」


 微かに緊張が滲む、固い声。

 無理もない、雛菊にとっては念願の、刀スキル習得のチャンスだ。


「雛菊……相手は確かにボスエネミーだ、大変な戦闘になるだろう」

「はい……」

「だけど……私が保証する、雛菊なら……落ち着いて戦えば、必ず勝てる!」

「……はい、行ってきますです!」


 クリムの励ましにそうパッと花が咲くような笑顔を浮かべ、雛菊が元気に返事をする。

 それを見届けたクリムは一つ満足げに頷いて、その場から離れるのだった。





 そうして雛菊と別れたクリムは、バトルフィールドを覗き見ることができる外周の崖に腰掛け、他の人の挑戦を見学していた。


 クリムの目から見て……皆、ここまで来る実力は確かだが、それでもまだ少し足りない。善戦した者でも三体目でほぼ例外なく敗退していた。


 そんな中、観客、あるいは野次馬から一際大きな歓声が上がった。

 バトルフィールドには、狐耳と尻尾の可愛らしい少女の姿……とうとう、雛菊の出番が来たらしい。


 決して見逃すまいと、クリムが身を乗り出したその時。


「隣、いいかな?」


 不意にかけられた声。

 隣を見上げると、そこに居たのは……銀の長髪から角を覗かせた、黒コートの青年。背中には、二本の長剣を背負っていた。


 ……ひと昔前に、とある人気アニメキャラクターの影響によってネトゲ内でやたら流行った感じの格好だが、不思議とその青年には身の伴わぬ痛々しさは無く、様になっていた。


 ――あるいは、二振りの剣を背負っているにもかかわらず自然体であり、その姿勢に力みや歪みが無いせいだろうか。


 そんなことを、なんとなしに考える。


「えっと……座っていいかな?」

「あ……ごめんなさい、構いませんよ?」

「それじゃ、失礼して」


 そう言って、背中の剣帯から剣を鞘ごと外して横に置き、やや離れた隣に腰掛けるその青年。その対応はナンパの類ではなさそうで、クリムも内心ホッと安堵する。


「今戦っているのは、君の仲間?」

「うん、そうだけど……」

「へえ、あの子、やるね」


 そう感心した様子の青年の視線の先では、早くも、雛菊と戦っていたはずの一体目のオーガが地に倒れ伏していた。


 クリムの言葉通り、一体目と二体目は、今の雛菊の実力であれば、問題なく突破できるだろう。


 だが、問題は、次。


 そこが、雛菊が今まで練習してきたものが問われる時になる。





 ついには二体目のオーガをほぼ無傷で制した幼い狐の少女。

 その番狂わせに周囲がざわつく中、雛菊の前に新たなボスが現れる。


 三体目、『ソードマスター:ヤ族のマ=トゥ』


 一際大きな体躯を持つ、黒髪の鬼人が雛菊の前に立ち塞がった。




「今までと、あまり変わらないな。このままあの女の子が押し切れるかな?」


 戦闘開始からおよそ十分。

 皆が固唾を呑んで見守る中、戦闘は雛菊の優位に進んでいた。


 その様子を見て、思わずと言った様子で呟く銀髪の青年だったが……クリムは、その言葉に首を横に振る。


「いや、どうだろう」

「……へぇ?」


 クリムの発言に対して興味深そうに、片眉をひくり、と動かす銀髪の青年。


 ……あのボス、マ=トゥは、前半は隣の青年の言った通り少しステータス的に強いだけで、今まで戦った二匹とあまり変わらない。

 事実、雛菊はここも危なげなく敵を制し、そのライフを半分近くまで削っていた。


「……だけど、真の試練はここからだよ」

「そうなのかい?」

「うん、ここから、向こうの攻撃パターンが変わるんだ。えぇと……」




 HPが半分を切った時にあのボスが使ってくる、秘剣『九重ここのえ』。


 それは、ここまでの三体のボスが使用してきた剣技『臨』『兵』『闘』『者』『皆』『陣』『列』『在』『前』、計九つの戦技を連続で繰り出してくるというもの。


 まずは『臨』、極端に小さな初動から、瞬時に相手の懐へと飛び込む突進技。

 隙が小さいが威力も相応にしかなく、今の雛菊であればたとえ受けてもダメージは大したことではない。

 だが……この『臨』は、いつでもキャンセルして別の技へと接続が可能となっている。


 そうして繋げられたのが、次の『兵』……一息に袈裟斬り・横薙ぎと繋がる神速の二段攻撃。


 そしてどうにか凌いだところに放たれる『闘』、全周囲なぎ払い。

 後退して下がるべきなのだが、そこで次が『者』……高速の居合斬り。

 前方正面180度と広範囲、しかも前方向の範囲が強く、下手に中途半端な距離を下がるとバクステ狩りに遭う。


 更に……




「……というように、非常に意地の悪い連撃となっているんだよ」

「なるほど……それは確かに、薄氷の泉を渡るような繊細な処理が必要そうだね」

「うん……だけど、大丈夫みたい」


 クリムの言葉通り、バトルフィールド内では雛菊が、まるでひらひらと舞踏を舞うかのように、それら全てを落ち着いて捌き切っていた。

 そんな幼く可憐な少女の目にも鮮やかな奮闘に、周囲の観客は歓声と声援を上げている。


「へぇ、凄いね、君のところの女の子。まだ攻略情報は出てなかったはずだけど」

「うんうん、わざわざ再現して見せて、事前に予習しておいた甲斐があったというものだよ」

「ふぅん……」


 青年の目が、スッと細められる。

 だがクリムは、クライマックスを迎えているバトルフィールド内に集中していて気が付かなかった。


「それで、その全てを再現できるくらい理解している君は? 多分だけど前情報なんて無い状況で、どうやって捌き切ったんだい?」

「……うぐっ」


 弟子の戦いぶりに熱中していたクリムが、冷や水をぶっかけられたようなうめき声を漏らす。


 ――しまった、弟子を褒められて余計なことを喋った。


 そうクリムは思ったが、口に出してしまったものはもう飲み込めない。


「ま、いいさ。ちょっと話をしてみたかっただけで、尋問したいわけじゃないからね」


 そう言って立ち上がり、服に着いた草を軽く払って踵を返す青年。


「答えは……相対した際に教えてもらうことにする。その時を楽しみにしてるよ」


 彼は、端正な中にもどこか隠し切れていない獰猛なものを含んでいる顔でそう笑い、立ち去っていくのだった。






 ◇


「あ、見つけた!」


 不意にかけられた、いつも側にいる幼なじみの少年の声。


「全く、いつも振り回される僕の身にもなってほしいんだけど、レオン?」

「はは、すまないなラインハルト。それでもこうしてついてきてくれる君には、いつも感謝しているよ」

「……まあ、君の叔母上に頼まれているからね。僕の母上がと親友じゃなければ、こうして幼なじみとして振り回されることも無かったのに」

「だから、本当にすまないって」


 すっかり拗ねてしまった幼なじみを、苦笑しながら宥める。本当に、こちらにまでわざわざ同行してくれた彼には頭も上がらない。


「……それで、様子を見たかった彼女は?」

「さあ、会話しただけだと分からなかったな。普通にしている分には可愛い女の子だよ」


 もっとも、見た目通りの可憐なだけの少女では、まずあり得まいが。


「だけど、見に来て良かった。彼女の仲間の剣士の子も、結構やるね。知らなかったら危なかった」


 背後、バトルフィールドの周りの野次馬たちから、一際大きな歓声が上がる。どうやら戦っていたあの小さな女の子が勝ったらしい。


「へぇ、凄いね、あんな小さな子が」

「だろう? 私の慧眼を褒めてくれても良いんだぞ?」

「はいはい……」


 胸を張り、ドヤァ……という擬音が付きそうな顔をする銀髪の青年と、そんな彼に呆れたように肩を竦める金髪の少年。


「こほん。それはさておき……一週間後の『暫定ギルドランク決定バトルロイヤル』……俄然、楽しみになってきたな」

「はあ……君なんかに目をつけられて、あの子たちも可哀想。好きなものは真っ先に食べに行く君のことだ。きっと、真っ先に潰しに行くんだろうなぁ……」


 そう、肩を竦めてみせる金髪の少年に……


「はは……よくわかっているじゃないか」


 銀髪の青年は、珍しく年相応の満面の笑顔を浮かべ、そう答えるのだった。

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