勧誘

「……何やってるんだ、お前らは」


 呆れたような声が、不意に背後から掛けられる。


 その声に、「あはは、くすぐったいよー」と笑っているフレイヤの首元に顔を埋めて、夢中で噛み跡から滲む血を啄んでいたクリムが、パッと凄まじい勢いでフレイヤから離れた。


「ちょ、フレイなんで!?」

「そりゃお前、姿が突然見えなくなったら探すだろ」

「ふふ、見つかっちゃったから、今日はもうおしまい、ね?」


 そう言って、はだけていた法衣の首元までボタンを掛け、衣服を元どおりに整え直すフレイヤ。それにクリムは内心で、あぁ……、と情けない声を上げて名残惜しむ。


「はぁ……まあでも雛菊に見られてないだけ……」

「ん? いや、居るぞ?」

「え゛」


 クリムが安堵しかけた瞬間……フレイのそんな無情な言葉と、その背からピョコンと顔を出す、顔を真っ赤にした少女。

 慕ってくれている幼い子供になんてところを……と、さあっと蒼ざめるクリムをよそに、雛菊は真っ赤になった顔に手を当てて、恥ずかしそうに身をくねらせていた。


「はわ、2人とも大人です……これがお母様の言う『あいびき』というやつなのですね……」

「違う、たぶん雛菊が想像してるようなことはしてない! というかできないから!?」


 雛菊の勘違いを、必死に訂正するクリム。

 この『Destiny Unchain Online』はあくまで全年齢対象のオンラインゲームであり、一部成人向けVRゲームにある『そういうこと』を許可する倫理解除コードなどは無いのである。


 というか雛菊のお母さんは本当に、幼い娘に何を教えているんだと、内心で叫ぶクリムなのだった。


「まあ良かったじゃないか、あの可愛らしい姿からも戻……」


 そこでフレイは一度言葉を切り、まじまじとクリムを眺める。


「……なんだよ」

「戻れていないな。どっちにしろ可愛いぞ、クリム?」

「ぃやかましいわ!?」


 ははは、と笑っているフレイに、クリムはいつも通り、そう噛みつくのだった。





 そんな一悶着があったものの、ようやく皆揃って魔物をひたすら狩り続けてスキル上げに励み、早数時間。


 午後のティータイムとばかりに、風がよく通る高台に風呂敷を広げ、フレイヤが用意してきていたお茶とお菓子で休憩する中……クリムはPK戦からずっと考えていたことを、雛菊へと打ち明ける。


「……ギルド、ですか?」


 雛菊が、温かいお茶の入ったカップを両手で包み込むように持ちながら、首を傾げる。

 そう、これは……少女に対しての、クリムが自分で立ち上げようとしている新しいギルドへの勧誘だった。


「うん。雛菊ちゃんが、もし希望するならだけど……一緒にどうかなって」

「んー、つまり、お師匠になってくれますですか?」

「正直、お師匠というだけのことができるかは分からないけど……私が知ることであれば、なんでも教えてあげるよ」

「分かりました、私で良ければ喜んで入りますです!」


 もふもふとボリュームのある尻尾をわさわさと振って、喜びを体で表現しながら快諾する雛菊。

 その姿を……ひとまずPK相手の時の様子を記憶の奥底へと封印し……ほっこりと眺める一行であった。


「さて、そうなるとあと一人だがどうする?」

「街で募集をかけるです?」

「いや……やめたほうが良いな。今見たら掲示板にクリムの専用スレが立ってた、多分お前がギルドを立ち上げるって言ったら殺到するぞ?」

「え、何それ怖い。というか私の専用スレって何!?」

「良かったな、大人気だぞ、『ポテトちゃん』?」

「だからそのポテトって何ぃ!?」


 からかうフレイに、全力で突っ込みを入れすぎて息切れをしているクリム。


 ――意地でも見ないからな、その掲示板は。


 絶対に、精神衛生上良くなさそうだという予感がして、そう決心したのだった。


「でも、街で募集は却下だね……」

「ああ、間違いなくロクでもないのが混じるからな、直結厨とか」

「うげぇ……」


 クリムの今の体は少女でも、嗜好は中学生男子のままなのだ。男に求愛されるなど、想像するだけで鳥肌が立つ。


「ねえクリムちゃん。昨日の、あのリュウノスケって人はどうなの?」

「あ……そうだね、聞いてみよう」


 確かにリュウノスケは良い人に思えたし、もしギルドに所属していなければ話を聞いてくれるかもしれない。

 善は急げ、フレンドリストからリュウノスケ宛てのメッセージウィンドウを開く。


『ごめんリュウノスケ、今って大丈夫かな?』


 ……そう送信して、数十秒後。


『お、クリムか。今はのんびり絵描いてるからな、大丈夫だぞ』

『……絵?』

『っと、気にすんな。それで、用事ってなんだ?』


 どうやら大丈夫らしい。固唾を飲んで見守っている皆に頷いて、改めて用件を切り出す。


『その……リュウノスケって、まだどこのギルドにも所属していなかったよね?』

『ああ、まぁな』

『私たち、ギルドを作ろうとして、メンバーも四人まで集まったんだけど……』


 ここで一度、すぅ、はぁと深呼吸をして、続きのメッセージを送信する。


『……私たちのギルドに、リュウノスケも入ってくれませんか!?』


 言った。だが今回は、さすがに今までのようにすぐに返事が来ない。


 ギュッと手を握り、返信を待つ。すると……



『ま、正直に言えば君から勧誘は来ると思ってたし、来たら入ってやるつもりでいたしな……分かった、いいぞ』

『本当!?』

『ああ。だが、オレの戦闘力は皆無だ。ギルド対抗戦とかに駆り出されても、オレじゃはっきり言って足手纏いになるのは、君も理解してるよな?』


 それは、その通りだ。

 クリムは以前一緒に旅をした際にリュウノスケの構成を聞いているが、お世辞にも戦闘向きとは言い難い趣味的な構成をしていた。


『だから……ついでに、今度このゲームを始めるオレの娘も一緒に入れてやってくれ、それが条件だ』

『それはもちろん、こちら側としても願ってもないけど……なんで娘?』

『そりゃお前……変なギルドに入りでもして、オフ会だなんだとなって変な野郎なんかに引っかかったら困るだろうが! うちの子が可愛いからってその辺の年中盛った直結野郎なんかに目付けられたらたまったもんじゃねえ! その点、君ならオレも人となりは知っているし、安心して預けられる!!』


 凄い早く長文の返信が来て、少しビビるクリムだった。


『……親バカ』

『なんとでも言え、娘のためならその程度の謗り、オレぁいくらでも受けてやるぞ! 父親ってのはそういうもんだ!!』

『分かった、分かったよ!』


 この話題にはこれ以上触れないようにしよう……そう決心し、話を切り上げるのだった。


 ――疲れた。


 よもや、リュウノスケ相手にこれほど疲れる事態になるなどと思っていなかった。


「……で、クリムちゃん、どうだったの?」

「うん、入ってくれるって。ただし娘さんも一緒が条件だってさ。確か雛菊と同年代だったはずだから、きっと友達になれるよ……」

「本当ですか、楽しみです!」

「なんだ、都合良いじゃないか。なんでお前はそんな疲れているんだ?」

「うん、ちょっとね……」


 フレイの質問に、クリムは曖昧に笑って誤魔化す。

知人の新たな一面を知って、ぐったりと疲労を感じるクリムなのだった。

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