死合わせな魔王
レイス、人狼という強力な兵を手に入れた。
土方歳三という頼りになる指揮官も手に入れた。
アシュタロト軍はやっと軍団という単位になったことを実感する。
土方歳三を手にいれたことはそれくらい重要なのだ。
古来より指揮官の重要性を問うた格言は多い。
一匹の獅子に率いられた羊の群れは、一匹の羊に率いられた獅子の群れに勝つ。
勇将の下に弱卒なし。
兵士の質も大事であるが、それを率いる指揮官の質はもっと大事であった。
それを証拠に、歳三が魔物たちを率いるようになってから、魔物たちの動きが変わったような気がする。
皆、きびきびと動き出し、サボることを止めた。
鬼の歳三が目を光らせているということもあるが、兵士の誰よりも働き、誰よりも修練する歳三。その姿を見ていると触発されるのだろう。
あのサボり癖の塊のようなオークたちでさえ、自主的に槍を振るうようになった。
もしかしたらこの男ならば数週間もあれば、役立たずのオークを優秀な兵に変えてしまうかもしれない。
そうイヴに話しかけたが、彼女も肯定する。
ただし、という言葉も付け加えるが。
「我々に来週があれば、の話ですが」
それはどういう意味だ、と問い返すほど俺は無能ではなかった。
彼女は近いうちにサブナクが攻め込んでくると踏んでいるのだろう。
「御主人様はサブナクに大恥をかかせました。サブナクは面子を守るために、近いうちに攻め掛かってくるでしょう」
「鋭い指摘だ」
たしかにそうだろう、と続ける。
「本拠を奇襲し、宝物庫を奪うという打撃を与えた。やつはイスマリア伯爵との戦いで疲弊しているが、それでもやつは攻撃してくるだろう。なぜか、やつにも面子があるからだ」
「御意」
「俺に手玉に取られたからこそ、今攻撃を仕掛けるしかない。もしもここで指をくわえ、陣容が整うのを待てば、部下に舐められるからな」
「殿方は面子を大事にいたします」
「アホな考えだが、サブナクのように個人的な武勇頼りの魔王ならばそうするしかないのも分かる。ならばこちらはそれを利用するまでよ」
「御意。城に籠もって撃退しますか?」
「そうだな。せっかく堀を作ったのだ。それがいいだろう」
籠城策を受け入れる。
「ただし、ただ籠城するのではつまらない。相手を引きつけ、さらに弱らせたところで打って出るぞ」
「良い考えかと」
イヴが首肯するのを見ると、土方歳三を呼ぶ。
彼に作戦の概要を伝えるのだ。
呼び出された歳三は、冷静、冷徹に俺の話を聞いた。
俺の作戦を聞いた歳三は、「やるねえ、お前さん」と己の顎を掴み、賞賛してくれる。
「それならばこのいくさ、勝ちは疑いないだろう。ただし、その作戦にはひとつだけ弱点がある」
「弱点?」
「それは部隊をふたつに分けるということだ。ふたつに分けるには指揮官がふたりいる」
「指揮官ならばふたりいる。俺とお前だ」
「お前さんは俺を信じてくれているようだが、もしかしたら、土壇場で裏切るかもしれないぜ」
「そうしたら俺の負けだな」
「負けなのは構わないが、なにか対策はあるのかい?」
「ない」
きっぱり言う。
「一応考えたが、なにを考えても駄目だ。歳三、お前が裏切ったら俺の負けだ」
「ほう、つまり俺を頼りに作戦立案すると?」
「まあな」
「正気の沙汰じゃない」
「元々正気の沙汰じゃないんだよ。俺は生まれたばかりの魔王。本来ならばサブナクに頭をこすりつけて、やつのケツを舐めるような勢いで媚びを売らなければいけない存在。それをいきなり喧嘩をふっかけて、戦争を始めるんだ。戦略の常道を完全に逸している。そんな喧嘩を始めるんだから、正攻法じゃ駄目なんだ」
「……なるほどね。つまり俺を信頼するのではなく、信頼せざるを得ないと」
「まあな」
「はっきり物事を言う魔王様だ。最後に聞くが、本当にお前さんは俺に最高の死に場所を用意してくれるのかい?」
「歳三、お前は異世界で、函館と呼ばれる地で銃弾を浴びて死んだそうだな」
「ああ」
「新政府軍と呼ばれる軍団は一万に満たなかったそうじゃないか。俺ならばもっと壮大で華麗な戦場を用意してやる。この世界を二分するような大会戦。この世界の歴史に残るような大いくさ。それの指揮を執らせ、1万の銃弾ではなく、10万の矢玉を浴びさせてやろう」
「……十万の矢玉か。っへ、こう言っちゃなんだが、あんた、榎本さんや近藤さんよりも気宇きうが壮大だね。大王になるか、詐欺師になるかのどちらかだ」
「是非、大王になりたいものだ」
「いいだろう。気に入った。俺は気にくわない大将はいつでも後ろから斬りかかるタイプだが、それでも良ければ俺に部隊を任せな。少なくとも今回だけはあんたの大口に乗せられてやる」
「絶対に後悔はさせないよ」
そう言い切ると、歳三は下がった。
さっそく、部隊を編成するようだ。
口達者な男であるが、行動は迅速、そつがない。
彼のような男を部下にできた魔王は幸せものだろう、そう思った。
いや、死合わせかな。死と隣り合わせということだ。扱いにくさに掛けては英雄の中でも上位だろう。
他の英雄は知らないが、それだけは確信できた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます