【二七七《夢境》】:一

【夢境】


 アルバイトの休憩時間にスマートフォンで、夢占いについて調べてみた。

 夢占いは、夢に出てきた人や物、状況から夢に隠された今の自分の精神状態や未来を予想しようとする占いのことだ。

 世の中には沢山の占いがあり、沢山の占い師が居る。俺はそういう人達の力をあり得ない話だと馬鹿にしているわけじゃない。でも、心酔するくらい信じているわけでもない。

 信じたい人は信じれば良い。でも、俺は占いという不明瞭な力に自分の人生を委ねようとは思わないだけだ。だけど、そんな俺は今、丁度夢占いのサイトを開いたところだった。


 とりあえず、まずキーワード検索で『中学校』というキーワードを検索してみる。すると『中学校の頃の思い出やイメージが夢に反映されています。良い夢なら、中学校の頃に学んだことをこれからの生活に活かそうというポジティブな心理が表われています。もし悪い夢なら、中学校に対する良くないイメージが表われていて、日常の生活に対するネガティブな心理が出ているようです』という説明が出た。その説明を見て、全てが漠然としていてぼんやりして分かりづらいと思った。


 夢自体がぼんやりしたものなんだから、その夢から想像しようとすることも当然ぼんやりするに決まっている。そんなぼんやりしたものから、何か明確な答えを得ようとした自分が馬鹿だった。


 次に、俺はキーワード検索で『同僚』というキーワードを検索した。

 俺が昨日見た夢には、田畠さんが出てきた。だから、アルバイト先の同僚である田畠さんが出てきたことも一応検索しようと思った。ただ、中学校を検索した時に出てきた説明から、今度もあまり明確な何かは得られないと思う。


 同僚に関する説明は『同僚本人に対するイメージが反映されています』という、さっきの説明より短く、更に漠然とした説明だった。

 夢の中の田畠さんは、中学で孤立している俺に笑顔で声を掛けてくれていた。それは、田畠さんの優しくて真面目な性格から想像すると、きっと夢の通りに優しくしてくれるだろうと想像出来る。でも、だからどういう意味なのかと結局は自分で意味を想像するしかない。


 ただ漠然としていて何の実りもない説明を読み終えて、俺は夢占いのサイトを閉じようとした。でも、その閉じようとする指の動きを止める。

 俺が最近見た夢は、昨日の夢以外にもう一つある。あの……池水が編集部で田畠さんに乱暴しようとする夢。


 池水が出てきた夢を思い出して、俺の体には寒気と重く何かがのし掛かる錯覚を抱いた。でも、それを強く手を握って振り払い、メモ帳のアプリケーションを開いて検索するキーワードを考える。


 まずは、池水について検索しないといけない。でも、池水に関しては『嫌いな人間』や『犯罪者』なんて言葉が浮かぶ。

 次に田畠さんに関してだが、田畠さんに関してはさっきの『同僚』について調べたことで終わっている。あとは、俺が『銃を撃ったこと』を検索するくらいだ。


 銃を撃ったことをどう捉えるかによる。でも、俺はそれを『殺す』というキーワードに設定した。他には池水を殺そうとした道具が包丁ではなく『銃』だったことにも何か意味があるのかもしれない。


 最初に『嫌いな人間』で検索する。それで出てきたキーワードは『嫌いな人』だったが、間がなくなっただけで何も意味は変わらない。

『嫌いな人が夢に出てくるのは、心の中にあるその人に対する怒りや憎しみの表れです。嫌いな人が死ぬ場合は、その人が目の前から居なくなってほしいと心から願っていることの表れです』

 その説明を読んで、そっちは納得出来た。


 俺は今でも池水がこの世から消えてほしいと思っている。俺の大切な凛恋を傷付けて、一生消えない心の傷を負わせた。その罪は、どんな償いをしたとしても償い切れないものだ。他の誰かが、全世界のみんなが償えたと認めるようなことをしたとしても、俺は絶対に認めない。だから、そういう憎しみが表われているのは納得出来た。


 次に『殺す』と検索してみたが、殺すでは何も出て来なかった。だから、銃を“撃った”ことから『撃つ』というキーワードを検索してみたら説明が出た。

『撃つという行動には、怒りと敵意という攻撃的な感情と、不安や恐怖という感情という意味があります。他者に対する攻撃的な面と自身を守ろうとする防御的な面の二面性が表われています』


 撃つということに関する説明も、やっぱり漠然としていた。でも、俺の中に怒りと敵意以外に、また凛恋が同じ目に遭わないだろうかという不安や恐怖はある。でも、夢の中で池水に襲われているのは凛恋ではなく田畠さんだった。


 最後に『銃』を検索してみたが、銃については何も出て来なかった。それで、俺は夢占いのサイトを閉じて小さく息を吐く。

 やっぱり、夢占いで調べても何も実りのある何かは得られなかった。


 憎くて仕方がない池水を殺した夢。それだけ考えれば、俺の心が池水に対する黒い感情を発散したがっていると思える。でも、そこに田畠さんという要素が加わると、途端に意味が分からなくなる。


「おっ、多野くんもやっと休憩入ったの?」


 俺がスマートフォンをポケットに仕舞った直後、編集部へ戻ってきた平池さんに声を掛けられた。


「あれ? 田畠さんは一緒じゃないんですか?」


 隣に田畠さんの姿がないことに首を傾げて尋ねると、平池さんがニヤッと笑って俺に近付いて来る。そして、俺の真横から顔を近付けた。


「何々~? 美優のこと気になるの~?」

「いつも一緒に居るイメージがあるから、平池さん一人だけって珍しいなって」

「そりゃあ、トイレから出るタイミングまで一緒のわけないでしょ?」

「……平池さん、そこはせめてお手洗いって言ってくださいよ。お花を摘みに行ってきたって言ってほしいとまでは言いませんから」

「別に良いじゃん。トイレはトイレなんだし。あっ、チョコ!」

「食べます?」


 俺が休憩中の糖分補給に出したチョコレート菓子を見て、平池さんが目の色を変える。その平池さんにチョコレート菓子の箱を差し出すと、ニコッと笑った平池さんはチョコレート菓子を一粒摘まんだ。


「ありがとう。いただきま~す。んん~! 心に染みる~」


 大げさな言葉を言った平池さんは、自分の席ではなく俺の隣にある巽さんのスツールの上に座って手に持っていたコーヒーカップからコーヒーをすすった。


「そういえばさ。最近、巽さんと何かあった?」

「巽さんとですか? いや、何もないですよ? なんか喧嘩してるように見えました?」

「いや、その逆かな。最近、巽さんの多野くんに対する距離が近いから」

「そうですか? 俺は特にそんな感じはしませんけど?」

「まあ、多野くんって鈍感だしね~」

「サラッと傷付くこと言わないで下さいよ。……あれ? 鈍感って、もしかして――」

「そうよ。巽さん、多野くんのこと好きになったんじゃない? だから、多野くんとの距離縮めて自分をアピールしてる。そう私からは見えるかな」


 俺はその平池さんのサラリと流れるように放たれた言葉に、巽さんが俺のことを好きかもしれないという事実よりも、平池さんがかもしれないという仮定でしかない他人の気持ちを俺に話したことに対する驚きが大きかった。


 平池さんは時々適当なところのある大雑把でサバサバとした性格だが、他人の気持ちを考えない人じゃない。だから、俺の知っている平池さんなら、たとえ確信があったとしても他人の気持ちを軽々しく口にする人じゃない。でも、視線の先に居る平池さんはまるで世間話をするかのように巽さんの仮定の話を俺に話した。


「平池さん、何かあったんですか?」

「何かって?」

「だって、人の気持ちをそんなにサラッと言う人じゃないでしょ、平池さんは。それなのに今、巽さんの仮定の話をしたじゃないですか。そういう無責任で不誠実なことを平池さんがやるなんて、何かあったんじゃないかと思って」


 その俺の問いに、平池さんはニヤッと笑った後、わざとらしく俺の机に両腕を置いて斜め下から俺を見上げた。


「口説かれるのって久しぶりかも」

「いや……全く口説いてないんですけど」

「あ、この前の合コンで口説かれたから久しぶりじゃないわ。ごめん」

「いや……謝られても困るんですけど」


 その平池さんとのやり取りを通じて、俺は平池さんに『話をはぐらかされた』と思った。でも、そう思っても俺は追及をしようとは思わなかった。平池さんがはぐらかすということは、はぐらかさないといけない理由があるのだろうし、露骨にはぐらかして俺に追及するなと言っているのだ。気にはなる気持ちはあるが、そういう話に首を突っ込んで良いことはない。


「んで? 多野くんは巽さんのことはどう思ってるの?」

「どう思ってるって、アルバイト先の後輩ですよ。それ以上のことは何も思ってません」

「まあ、多野くんにはあの八戸さんって美人の彼女が居るからね。巽さんくらいの可愛さじゃ太刀打ち出来ないな~」

「そもそも巽さんが俺のことを好きだって決まったわけじゃないでしょ。全部平池さんの想像の話なんですから」

「そりゃそうだけど、十中八九当たってると思うけど。ところで、今度のセックス特集の座談会で使う店が決まったって。女子会で使えそうなおしゃれなフレンチの店だってさ」

「そうですか。……結構不安なんですよね」


「何? 今更恥ずかしくなってきた?」

「そりゃあ、帆仮さんと平池さん、田畠さんの前でそういう話をするのは恥ずかしいですよ」

「いつも私の下ネタ回避してるじゃん」

「いや……回避したら記事に出来ないでしょ」

「それもそうね。でも、選ぶ質問も多野くん個人の話じゃなくて、男性と女性の立場からどう思うかって質問だし、二一の男子大学生が今更赤面するような話はないでしょ。それに、多野くんは童貞じゃないんだし」


 まあ確かに、セックス自体は平池さんの言う通り今更恥ずかしがるようなことでもない。ただ、それを話す相手が凛恋ならともかく、仕事の同僚というのはどうしても気まずいものだ。


「じゃあ軽く練習してみる?」

「練習、ですか?」

「そうそう。今軽く下ネタ話すれば本番で変に緊張しないで出来るでしょ?」

「それはどうなんですかね……」

「良いから良いから。じゃあ、昨日八戸さんとエッチした?」

「それのどこが軽い下ネタ話なんですか。どストレートの重たい話じゃないですか。軽いのは平池さんの言い方だけです」

「ちなみに私はしばらく彼氏居ないからご無沙汰。結構溜まってるから、多野くんに誘われたらしちゃうかも」

「冗談でもそういうこと言っちゃダメですよ。それと誘いませんから」

「もー、多野くんって堅くて真面目過ぎ」


 ケタケタ笑いながらコーヒーを飲み、小さく首を傾げた。


「でも、真面目な話、やっぱり長い間エッチしてないと人肌恋しくなるものよ?」

「その気持ちは分かります。俺も凛恋となかなか会えない時にそうでしたから」

「男は女より性欲強いからね。それは仕方ないわ。それに相手があの美人の八戸さんなら彼氏の多野くんはたまらないわよね~」

「それにしても、よくお酒なしでそうペラペラと下ネタ話が出来ますね?」

「さっき言ったじゃん。ご無沙汰で私も欲求不満なのよ」

「それを仕事場の年下男で発散しないで下さいよ……」


 最早誰のための下ネタ話なのか分からなくなってきた頃、編集部に田畠さんが戻って来て俺と平池さんを交互に見てキョトンとした顔をした。


「多野くんと絵里香が並んで話って珍しいね。何話してたの?」

「ん~? 多野くんと猥談してたの」

「言い方が嫌です」

「間違ってないでしょ?」


 サラッと田畠さんに暴露した平池さんに抗議するが、確かに意味は間違っていないからそれ以上抗議を続けられなかった。


「で? 美優は最近エッチした?」

「えっ!?」


 またサラッと放たれた平池さんの言葉に、田畠さんは真っ赤な顔して俺を見た。まるで、俺が田畠さんに尋ねたみたいな反応で心外だ、


「そんなこと全然ないよ! 大学卒業してから男の人と全然接点ないし!」

「それはそれで寂しくない?」

「私はそういうのは良いの」


 平池さんのからかいに怒り出してしまった田畠さんが自分の席に座ると、平池さんはニヤニヤ笑いながらコーヒーを飲む。

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