【二五八《意固地な好きの攻防》】:一

【意固地な好きの攻防】


 大学の食堂で、理緒さんは女子学生から鋭い視線を向けられている。

 ハロウィンパーティーの抽選会で、俺はパイをぶつけられて視界を遮られていたから直接見た訳じゃないが、理緒さんはロニーを平手打ちした。そのせいで、ロニーファンの女子学生からの視線が鋭くなっている。ただ、本人はその視線を全く気にしている様子はない。


「多野くん、今度みんなで鍋パーティーしない? 前にうちで飲み会した時凄く楽しかったし」

「鍋パーティーか、いいね」


 向かいに座る空条さんの提案に乗ると、空条さんが俺の隣に座る理緒さんを見る。


「筑摩さんも来る?」

「凡人くんが行くなら行くよ」


 机の影で俺の手を握ろうとした理緒さんの手から逃れると、理緒さんが隣で僅かに唇を尖らせた。


「でも、飾磨くんは誘わないでもらえると助かるかな。私、凡人くん以外の男の人の前でお酒は飲みたくなくて」

「うん。八戸さんが男の人苦手だし、飾磨は誘えないからそのつもり」


 今、この場に飾磨は居ない。だから、空条さんも鍋パーティーの話を提案したのだろうが、女性に関する信頼がないのは飾磨の自業自得だ。

 どうやら飾磨は先日のハロウィンパーティーで随分友達を増やしたらしい。そして、その増えた友達との進展を明け透けに色んなやつへ話した結果、その話を又聞きした空条さん達の表情を曇らせている。


 男の俺も飾磨の女性に対する奔放さには色々思うところはあるが、それは空条さん達が滲ませている嫌悪ではなく呆れだ。

 男だから、一応は飾磨の好みの女性と仲良くなりたいという気持ちは分からなくはない。ただ、だからと言って、実際に色んな女性と深い仲になたことをオープンに語る飾磨の気持ちは分からない。


「今度、八戸さんと赤城さんも交えて計画を立てよう」


 楽しそうに微笑む空条さんは、すっかり飾磨に対する嫌悪を消して、隣に座る宝田さんと鍋パーティーの話について盛り上がり始める。

 俺は空条さんと宝田さんから視線を隣の理緒さんに向ける。

 理緒さんはハロウィンパーティーの日に凛恋にもう会いたくないと口にしてから、本当に凛恋と顔を合わせていない。いや、正確には言葉を交わしていない。


 凛恋は、アルバイトがない日は俺を大学まで迎えに来ることが多くなった。その時に大学前まで一緒に出て来る理緒さんは凛恋と顔を合わせるのだ。俺は、その時の二人のやり取りが好きじゃない。


 互いの顔を見た瞬間に顔を背け、まるでお互いの世界に相手が居ないかのように振る舞う。それは直接接して無用なトラブルをお互いに避けているだけなのだろうが、友達として笑って話していた頃を見ている俺は辛い気持ちがあった。でも、今日、理緒さんは凛恋が参加する鍋パーティーに参加すると言った。それはもしかしたら、凛恋と仲直りをするつもりなのかもしれない。


「その鍋パーティー、お泊まり会にしない?」

「「「えっ?」」」


 視線を向けていた理緒さんが、空条さんに向かって微笑みながら言った言葉に、俺、空条さん、宝田さんは戸惑った声を発する。


「いや、流石に男の俺が居るのに泊まりは――」

「でも、前に空条さんの家に凛恋と二人で泊まったんでしょ?」

「それは事情があったからで」

「泊まりの方が次の日のことを心配しないで良い分、リラックスして楽しめると思うけど?」


 飲み会をより楽しむ方法の話としては、理緒さんの話は間違っていない。でも、男女が一緒の飲み会の話としては間違っている。


「凡人くん、女の子を襲うような人じゃないよ?」

「それは私も分かってるけど……」

「空条さんも宝田さんも時間制限がある飲み会よりも、好きなだけ楽しめる飲み会の方がやりたくない?」


 困惑する空条さんは、理緒さんの言葉に俺の目から見ても分かるくらい迷っている。いや……泊まりがけの飲み会に男を参加させるかで迷う要素はない。


「今回は女性陣だけで楽しんだら良いんじゃないか?」

「ええぇ~……凡人くんが居ないなら私はいいかな」


 テーブルに頬杖を突いた理緒さんは、わざとらしく唇を尖らせて不満を言う。


「参加するメンバーが固まったらみんなで相談してみるね。多野くんが居た方がより楽しいのは間違いないから」


 空条さんは迷った末にみんなで話し合うという答えを出した。だがしかし、たとえ空条さんが首を縦に振っても他の人が良いと言う訳がない。




 昨今の女子会ブームで、色んな業界が女子会を使って利益を得るために多種多様なサービスを展開している。そのサービスを全部網羅しているのなんて、テレビのコメンテーターで出て来そうな『女子会評論家』なんて肩書きが付く人くらいだろう。

 俺は男だから、当然女子会に詳しくはないし女子会評論家なんて肩書きも持っていない。まあ、レディーナリー編集部で働いていることを考えると、同じ男子大学生の中では女子会に詳しいかもしれない。


 そんな、男子大学生の中では女子会に詳しい程度の知識しかなかった俺は、ホテル業界が女子会に関するサービスを出しているのは知らなかった。

 ホテルの中には自炊が出来るキッチンが備わったホテルが存在する。そのキッチン付きの部屋を利用した女子会プランがある。

 ただ、その女子会プランはほぼ全て"女子限定"という条件が付く。


 女子会なのだから当然男が参加出来る訳がない。

 女子会プランを使えばお得にサービスが利用出来るのだが、男一人居るだけでそれが出来なくなる。そうなると、誰だって女子会に男を混ぜようとは思わないはずだ。だが、俺の周りの"女子達"は違った。

 レンタカーを駐車場に停めて下りると、空条さんが頭を下げた。


「多野くんにずっと運転してもらってごめんね」

「運転するくらいはしないとね。場所の確保とか準備関連はやってもらったし」


 駐車場から並んでいる戸建ての建物を見て小さく息を吐く。

 今回の女子会は、少し車で移動した場所にあるコテージを借りて行われることになった。

 車から、空条さんに続いて、凛恋、希さん、理緒さん、宝田さんの四人が下りてくる。

 俺は車のバックドアを開いて、来る時に寄ったスーパーで買い込んだ鍋の材料にお菓子、そして当然のように酒の詰まったビニール袋を取り出す。


「凡人、私も持つ」

「じゃあ、お菓子の袋を持ってくれ」

「うん」


 隣に凛恋が立って可愛い笑顔で両手を差し出す。その凛恋の手に一番軽いお菓子の袋を持たせた。


「凡人くん、私達も手分けして持つから」


 希さん達も袋を持ってくれて、俺は空条さんが予約してくれたコテージへ向かう。

 清潔感のある綺麗な外観のコテージに入ると、広いリビングダイニングが見える。そこには六人で使える大きさのテーブルが置かれ、奥に見えるキッチンも統一感があって、手入れも綺麗に行き届いている。


「じゃあ、早速鍋の準備しようか。野菜を切るだけだから私がちゃちゃっとやっちゃうね」

「凛恋、私も手伝う」


 凛恋が鍋の材料をキッチンで取り出して下ごしらえを始め、それを希さんが手伝う。

 持って来たエプロンを着けてキッチンに立つ凛恋を眺めていると、その凛恋の目が鋭くなった。


「凡人くん、運転お疲れ様」

「あ、ありがとう」


 隣に座った理緒さんが俺の目の前に、ホットコーヒーを置いてくれた。いつの間にか、ポットでお湯を沸かしてコーヒーを入れてくれたらしい。


「凡人、手伝って」

「分かっ――」


 キッチンから凛恋の若干苛立った声で呼ばれ立ち上がろうとする。しかし、その俺の腕を理緒さんが掴んだ。


「ずっと運転してたんだから、ゆっくりしてて」

「いや、凛恋を手伝う」


 理緒さんの手が外れるのを確認してから立ち上がって凛恋の隣に行くと、隣に並んだ凛恋が体をピッタリ付けて寄り添う。

「凡人、いつも通りに野菜切ってくれる?」

「了解」


 凛恋に指示をされて、大根、白菜、水菜、それからきのこ類を慎重に切る。凛恋は、俺よりも遥かに手際良く肉や魚介の下ごしらえを済ませていった。

 食材の準備が終わると、俺は卓上のINクッキングヒーターの上に鍋の素を入れた鍋を置き、クッキングヒーターの電源を入れる。


「やっぱり男の子が居ると、重い物を持つ時に頼りになるよね」


 鍋を置いた俺を見て宝田さんがそう言うと、宝田さんの隣に座る空条さんがウンウンと頷く。


「それに、やっぱり女子だけよりも安心感あるし」


 俺はそんな話をする二人に笑顔を返しながら、内心ではやっぱり俺は来るべきじゃなかったのではないかと思った。

 今回、俺が泊まり掛けの女子会に参加することを、当然みんなが了承したから俺はここに居る。でも、そうだとしても、泊まり掛けの女子会に男が参加するのはどうなんだろうと思う。


 元々、空条さんの提案は俺も一緒に鍋バーティーをしようというものではあった。だから、そこから俺抜きで泊まり掛けの鍋バーティーをし辛いのは分かる。でも、だったらわざわざ泊まり掛けに拘る必要はなかったと思う。ただ、それも来てしまってから何を思っても仕方がないことではある。


「多野くん、飾磨に秘密にしててくれてありがと」

「まあ、言ったら俺が飾磨から非難囂々(ひなんごうごう)だっただろうし」

「空条さん、ごめんね。私のわがままのせいで」

「いや、私も泊まり掛けの女子会に飾磨を誘うなんて思わなかったから、筑摩さんが謝ることじゃないよ」


 謝った理緒さんにそう言った空条さんは顔をしかめる。その表情が、飾磨に対するものなのは明らかだ。ただ、飾磨の女性関連に対する軽さは今に始まったことではないから、今みたいに空条さんが顔をしかめるのは不思議だった。


「多野くんは知らないんだっけ?」

「ん? 何が?」


 スーパーで買ったジュースが残るペットボトルを持った宝田さんがそう話し出す。その宝田さんの表情も、空条さんと同じように渋いものだった。


「飾磨くん、この前のハロウィンパーティーの後にちょっとね……」


 話し出した割りに、宝田さんの話は要領を得ない話だ。しかし、宝田さんは話すのを躊躇っている様子だった。


「飾磨くん、ハロウィンパーティーの夜に女の子をホテルに連れて行ってエッチしたらしいんだけど。その子はお酒に酔ってて記憶がなかったらしいの。つまり、エッチの同意がない子に無理矢理したってこと」


 平然とした顔で淡々と言ったのは宝田さんではなく理緒さんで、その理緒さんの言葉に部屋の空気がキンと冷えた。


「まあ、きっと相手の子も酔ってたって言ってるから、酔っててエッチしても良いみたいな話をしたのかもしれない。それにしても、酔ってる女の子をホテルに連れ込んでる時点であり得ない」


 話していた理緒さんは、淡々とした口調のまま目を細めた。しかし、すぐにニコッと笑って俺を見る。


「私は、凡人くん以外の男の人の前では意識が無くなるくらい飲むなんて危ないって思ってるから、その子も悪いと思うけどね。飾磨くんなんて、典型的な女たらしだし」

「まあ、飾磨が責められても仕方ないな」


 相手が塔成大の人か成華女子の人かは分からないが、飾磨の女性関連での軽さは有名だ。だから、そんな飾磨に付いていけばそうなるのはほぼ間違いない。

 世の中で、酔っている女性に対する痴漢や暴行は何度もニュースになって問題になっている。もちろん、そういうことをする男側に問題がある。でも、やっぱり十分な警戒をしてトラブルに巻き込まれないようにすることは出来たはずだ。


 男女関係なく、この世に存在する全ての人が聖人君子な訳がないのは、大学生にもなれば分かり切っているはずだ。それに、やっぱり意識が曖昧になるまで飲むというのは危な過ぎる。


「そのことを飾磨は何も多野くんに話してなかったんだ」

「ああ。そんな話は全く聞いてない。昨日大学で会った時は、普通に話してた」


 昨日、大学で会った時に飾磨はニコニコ笑って「この前のハロウィンパーティーで出会った成華女子の一年生に遊びに誘われた」と楽しそうに話していた。しかし、そのことをこの場で口にするのは止めた。

 別に、飾磨を庇った訳ではない。その飾磨の話をそのまま話して、これ以上この場の雰囲気を変にしたくなかっただけだ。


「それにしても、どうして男の人ってみんなああなんだろう」


 鍋が出来るのを待っていて、まだ酒は入っていない。しかし、空条さんは唇を尖らせてそんな話をした。

 どうしてああなんだろう。そういう言葉でぼかしてはいるが、飾磨の話から発展した話だから、聞いている全員が何を指しているかは分かっている。

 どうして、男はエッチしたがるのか。と、空条さんは言いたいんだと思う。


「まあ、飾磨くんみたいに色んな子とエッチしてる人は男の人でも特殊だと思うよ。流石に、あそこまで見境がない人は少ない」

「じゃあ、筑摩さんは飾磨に限らず、男の人はなんで女の人とエッチしたがると思う?」

「う~ん、気持ち良いからじゃないかな? 色々、子孫を遺すっていう意識が遺伝子レベルである、みたいな綺麗事は結構言う人が居るけど、極論は気持ち良いからって理由だと思う。まあ、私の経験も入ってるから偏ってるけど」


 平然と言う理緒さんは、そう言って俺の方をチラリと見て微笑んだ。


「男の人の立場から聞いてみたいな」

 唯一、この場に居る男として意見を求められた俺は、どう話して良いやら困った。隣には凛恋が居るし、正解としては――。

「多分、凡人くんからの立場だと、好きな人以外とはエッチしたくないって言うと思う。だから、凡人くんから見ての男の人はこう思ってるだろうなって意見を言ってほしいの。特に、凡人くんは飾磨くん以外にも男友達とそういう話をする機会はあると思うし」

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