【一六六《美味い飯》】:二

 恋人の聖地を訪れた後、俺と凛恋はせっかくだからと辺りを散策した。

 自然が豊かな場所だったこともあり、小川沿いの道路を散歩し、途中にあったうどん屋でお昼を食べて、うどん屋のお婆ちゃんに教えてもらった道の駅でソフトクリームを食べた。ソフトクリームは凛恋が二人で一つを食べることにこだわり、結局一つ食べた後にもう一つ買って、また二人で食べた。

 それから電車でいつも通り都心に戻った俺達は、いつも通り凛恋の大好きなウィンドウショッピングを始めた。


「もう冬なんだから、寒くない服が良いんじゃないか?」

「でも、タイツとか穿けばミニでも大丈夫だし」

「別にミニスカートじゃなくても、ロングスカートでもパンツスタイルでも凛恋は十分可愛いぞ?」

「でも、ミニの時はチョー見てくれるじゃん」

「俺はいつも凛恋のことを見てるつもりなんだけど……」


 凛恋がミニスカートを手に取って見ているのを横から見ながら言う。

 ウィンドウショッピングだから買うつもりはないのだろうが、もう寒くなってきた今の時期にミニスカートを穿かれると心配で仕方がない。


「それに、やっぱり他の男には見せたくないな、凛恋のミニスカート姿」

「じゃあ、家の中ではミニスカートにしよ!」

「いや、家の中ならもっと楽な格好が良いだろ」

「じゃあ、凡人を誘惑する時にミニスカートにしよー」


 横目でニタァーっと笑いながら、凛恋がラックにミニスカートを戻す。


「やっぱり、凡人と一緒に居ると楽しい」

「俺も凛恋と一緒だと楽しい。服とか興味ないのに、凛恋と一緒に見ると楽しいんだよなー」

「私が凡人だったらめちゃくちゃおしゃれするのに。身長高くて細いなら何でも似合うじゃん」

「俺には自分に何が似合うか分からないからな。だから、凛恋に選んでもらえて助かってる」

「まあ? 私は凡人に似合う服を選ぶの楽しいし、私好みに凡人を着飾れて嬉しいけど」


 凛恋と店を出ていつの間にか暗くなった空を見上げる。


「油断してるうちに夜になっちゃった」

「夕飯はどこかで食べよう。これから作るの大変だろ」

「うわーん。お小遣いが減るー」

「俺が出すよ」

「それはダメだし! 凡人がせっかく頑張って稼いだお金なのに」

「凛恋のために使わなかったら、使うところないからな。食べたいものはあるか?」

「凡人、ありがと。食べたいものかー。お昼はうどんだったから、お肉かな」

「じゃあ、焼き肉だな」

「ちょ、焼き肉って高いんじゃ……」

「二人だったらそこまで高くないって」


 さっきまでは俺が凛恋に引っ張られていたが、今度は俺が凛恋を引っ張って歩き出す。

 俺は凛恋と希さんと一度来たことがある焼き肉屋に入る。しかし、今日は個室にしてもらった。

 個室席に入ると、向かい側に座った凛恋がニコニコ微笑む。


「凡人のそういうところも大好き」

「そういうところ?」

「いざって時に、男らしくリードしてくれるところ。私、結構決められなくて迷っちゃうところがあるからさ。いつも凡人は気長に待ってくれるけど、こういう場所を決める時って男らしく引っ張ってくれるから」


 そう言った凛恋はニコニコ笑いながら、メニューを手に取った。

 結局、二人分のディナーメニューを頼み、凛恋が鉄板の上に肉を置いて微笑む。


「高校の頃はこんなデート出来なかったから嬉しいなー」

「高校の頃は、自由に使えるお金も少なかったし、あまり遅く出歩くことも出来なかったしな」

「遅くまで出歩けないのは今もでしょ? 凡人は遅くなるといけないからっていつも言うじゃん」

「それは、夜遅くに凛恋を連れ回すのは良くないからだ」

「私は、凡人になら連れ回されても良いんだけど。それに、時々ホテルに連れ込まれて遅くなることもあるじゃん」

「……語弊がある言い方だな」

「えー? 目がギラギラした凡人に手を引かれてホテルに連れて行かれるんだから間違ってないでしょ?」

「事実としてはあってるけど、連れ込むって言うと無理矢理みたいだろ?」

「あー、そっか。じゃあ、凡人にホテルへ連れ込んでもらってる、にしよ」


 クスクス笑いながら、凛恋が俺の皿に焼いた肉を置く。


「私が丁寧に育てたお肉!」

「ありがとう」


 凛恋が置いてくれた肉を食べると、凛恋は正面で優しく微笑む。


「凡人がご飯食べてる顔、チョー可愛い。美味しそうにモグモグ口を動かしてるのとか、ずっと見てたい!」

「そう言われると恥ずかしいな」


 俺が肉を食う様子を観察している凛恋に、俺は箸で肉を取り、タレを付けて凛恋に差し出してみる。すると、凛恋はすぐにパクっと俺の箸から肉を食べた。


「んー! 凡人に食べさせてもらうと、何倍も美味しくなるね!」

「凛恋が食べてる顔も可愛い」

「ありがと! 嬉しい!」


 個室だから、こういう恥ずかしい会話も行動も出来る。それに、やっぱり二人だけの空間というのは落ち着いた。

 焼き肉を食べ終えた俺達は、そのまま真っ直ぐ自宅に帰って風呂に入り、デートの疲れもあったせいかすぐに布団に入った。


 布団の中で隣に寝る凛恋に視線を向けると、凛恋が布団の中でモゾモゾ動いて俺に抱きついてくる。そして……押し付けるようにキスをした。


 昼間、鐘の前でしたキスよりも強く濃く熱く分厚い愛情のキスを受け、俺は必死に凛恋の背中に手を回して引き寄せる。

 自然と俺は凛恋に布団の中で覆い被さり、凛恋の腰や太腿を撫でながらキスを続けた。

 凛恋のキスからねっとりと絡みつくような凛恋の独占欲を感じた。でもその独占欲に、俺は自分から絡みつく。凛恋に独り占めされることに幸せを感じる。


 凛恋が周囲の人間からどんな人に見られているのかは分からない。でも、黒髪で落ち着いた化粧の見た目からは、清楚で優しい美人という印象しか持たれないだろう。特に、凛恋を外見しか知ることが出来ない俺以外の男達には。

 凛恋は清らかという意味では間違いなく清楚だ。でも、落ち着いているかと言われれば、そうではない。


 多分、同年代の女性に比べて喜怒哀楽ははっきりしている子だし、特に喜を表す時の凛恋は本当に弾けるような明るさを持っている。

 そして、俺を求める時の凛恋は、こんなにも綺麗で艶めかしい。でもそれを見ることが出来るのは俺だけだ。


 凛恋の艶めかしさは俺にしか向けられない。それが、凄く幸せだった。凛恋が独占欲を剥き出して求めるのも俺しか居ない。それが堪らなく優越感があった。

 凛恋が求めてくる度に嬉しくなる。そして厄介なことに、もっと求めてほしいと、もっと俺にがっついてほしいと欲が出る。


 凛恋のスベスベとした肌に触れて、さっきよりももっと凛恋の体を自分に近付けさせる。すると、薄暗い部屋の中でも分かるくらい顔を赤く上気させた凛恋が、艶やかな唇を動かす。


「大好き……」

「俺も凛恋が大好きだ」


 二人で抱き合いながらまたキスをする。そして、その脳が溶けるほど熱く幸せな時間に没頭した。




 凛恋とのデートから一週間後、週刊SOCIALに予告通り新しい記事が出た。

 先週までは、名前が書かれていたのは現文部科学大臣だけだった。しかし、今週号では俺の母親の名前と、俺の名前が出ていた。これで俺は、世間を騒がせているスキャンダルに巻き込まれた。

 大学の構内では周囲の人達が俺を遠巻きに見ながら何かを話している。何だか、高校以前の頃に戻ったような感覚だった。


 文部科学大臣の隠し子は塔成大学の秀才。その隠し子の壮絶なる人生。そんな煽り文句の記事には、俺が高校の頃に巻き込まれた事件がこと細かに書かれていた。

 そんなこと、どこから調べてくるのだろうと不思議に思えるくらいプライベートなことまであった。


「多野くん、お疲れ様」

「鷹島さん? お疲れ様」


 今日は食堂に居座るのも嫌で真っ直ぐ帰ろうと思っていた。しかし、大学の校舎を出る前に鷹島さんから声を掛けられた。


「多野、お疲れ」

「本蔵さん、お疲れ」


 鷹島さんだけでなく本蔵さんも声を掛けてきて、俺は戸惑いながら二人を見る。


「多野くん! みんなでご飯行こう!」

「空条さん!? いったい――」

「感謝しろよー多野。このハーレムは俺のお陰なんだからな!」


 宝田さんと一緒の空条さんに声を掛けられて更に困惑しているところに、ニタニタ笑いながら飾磨が現れる。


「別に飾磨に誘われなくても、私は多野くんに声掛けたし」


 空条さんが目を細めて、誇らしげに胸を張る飾磨に言う。


「飾磨は帰っても良い。むしろ邪魔」

「ちょっ! 佳純ちゃん! それは流石に酷い!」


 本蔵さんの辛辣な言葉に、飾磨が狼狽えながら答える。

 みんな俺に気を遣って、俺を元気付けようと集まってくれたらしい。


「気を遣ってもらってありがとう。でも、俺はみんなが心配してるほど気にしちゃ――」

「多野、勘違いするなよ? 別に俺は多野に気を遣ったわけじゃなくて、俺のハーレムに多野を加えてやろうという優しさで――」

「ほら、うるさい飾磨を放っておいて行こう。でも、飾磨の言う通りだよ」


 空条さんは後ろに腕を組んでニッコリと笑う。


「友達に気を遣ってご飯に誘うわけないよ。私達は多野くんと一緒にご飯を食べたいから誘ったの」


 ニコッと笑った空条さんの後ろで宝田さんが微笑む。その隣で、鷹島さんは小さく微笑み、本蔵さんはいつも通りの涼しげな表情をしていた。


「ということで、今から多野は凛恋ちゃんと希ちゃんを呼んでもらおうか。多野のせいで増えた野郎分を中和するには必要だからな」

「飾磨が減れば問題ないだろ?」

「なっ! 俺のハーレムを乗っ取る気か!」


 相変わらずうるさく女性に対して前のめりな飾磨に冗談を言い、俺は凛恋に電話を掛ける。


『もしもし凡人?』

「凛恋、今から空条さん達が飯食いに行こうって。残念ながら飾磨も居るけど、希さんも誘って一緒に行かないか?」

『分かった。希には私が聞いてみるね。希に連絡したらまた電話する』

「ああ。ありがとう」


 凛恋との電話を終えると、ムッとした表情の飾磨の顔が見えた。


「な~にが残念ながらだ!」

「じゃあ、行くか。店は飾磨に任せて良いんだよな?」


 俺が飾磨の反論を無視して尋ねると、飾磨はニヤッと笑って腕を組む。


「任せろ。とっておきの店に連れて行ってやる。でもまずは、凛恋ちゃんを迎えに行かないとな! んじゃ出発!」

「多野くん、置いてっちゃうよー」


 先頭に立って歩き出す飾磨を見ていると、空条さんが振り返り手招きをする。俺は先に歩き出したみんなを追い掛けるように歩き出す。

 週刊SOCIALの記者は、俺の人生を壊す代わりに美味い飯を食うと言っていた。でも、俺は……。

 俺の人生を壊して美味い飯を食えているとあの記者が思っている間に、友達と美味い飯を食えそうだ。

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