【一五三《不覚》】:二
おそらく、石川が恐れていたのはこれだ。
内笠はコンピューターに強い。だから、俺じゃ真似出来ないような方法で、石川の自作小説のデータを手に入れたのだ。
それで、その自作小説の流出を交換条件に出されたのだろう。だから、警察にも通報しようとしなかったし、嫌っているはずの俺の家に来た。
結局、人の弱みを握って脅す。二年経っても全く成長していない。
『さて、次は秘蔵コレクションの方を見てみようか』
元のページに戻ってから、今度は秘蔵コレクションの方を見る。しかし、そっちの方は冷静には居られなかった。
『この前の盗撮画像サイトの画像、石川くんは保存してたみたい。八戸さんの画像を全部。こんなエッチな画像、何に使ってたのかな~』
ページには、一枚一枚画像が並べられて、その一枚一枚を見ていられなくなって視線を逸らす。
『京くん、保存出来ないようにしてたんだけど、わざわざパソコンのモニターをスマホで撮って保存してたみたい。恋する男子ってそこまでするんだね。気持ち悪い』
内笠が二年前に作った盗撮画像サイトの画像をスマートフォンで撮影して石川は保存していた。つまり、凛恋の画像が拡散してしまっていたのだ。たとえ、サイト上で保存出来なかったとしても変わらない。
『凡人くん悔しい? ねえ、凡人くん悔しいよね? 彼女が他の男の子のいやらしい目に触れたんだもんね? 悔しくて堪らないよね?』
「…………俺に何をさせたい」
『とりあえず、京くんの言うことを聞かないと、石川くんの傑作と一緒に、凛恋の恥ずかしい画像がネットに広まっちゃうってことは分かってくれた?』
「俺に何をさせたい」
『京くんは凄く怒ってるの。京くんは悪くないのに犯罪者と一緒に生活させられて。それで、多野くんは八戸さんと幸せそう。それが凄く凄く、胸糞悪いんだって』
俺はすぐに表示したページを閉じて、マウスを操作し右手だけでキーボードのキーを打つ。
「それで、俺にどうしてほしい」
『そうやって冷めた感じで絶対に京くんに勝てるって思ってるところが…………京くんは嫌いだって』
「萌夏さんと露木先生の声だけ使って悦に浸ってるやつに言われてもな。俺に言いたいことがあるなら、直接言いに来ればいいだろ」
『多野くんみたいな底辺の人間とは会ってあげないんだって』
よっぽど俺のことを警戒しているらしく、直接出て来る気はないようだ。
石川の自作小説の方は見なかったことにすれば良いし、たとえインターネットに拡散されても俺には関係ない。しかし、凛恋の画像だけは絶対に阻止しないといけない。
「次はどうしてほしい」
『じゃあ、次のURLを言うね』
露木先生の声で指示されたURLをまた打ち込む。
表示されたホームページは、さっきのページよりもシンプルで、真っ白い画面にこう書かれていた。
"多野凡人くんが一番大切な物ってなーんだ?"
『凡人くんが一番大切な物を、そこの入力フォームに入力してね』
俺はその声に反応は返さず『命』という一文字を入力してエンターキーを押す。すると、画面が切り替わり、真っ黒の背景に赤いバツマークが点滅している画面が写った。そしてその画面には『ブッブー、不正解。多野凡人くんの大切な物は八戸凛恋さんです』とメッセージが表示された。
「内笠、さっきも言ったが、凛恋に手を出したら許さない」
『無理だよ凡人くん。京くんは凡人くんじゃ太刀打ち出来ない存在なんだから』
「内笠、本当に良いのか? これ以上罪を重ねたら、お前の人生潰れるぞ」
『もう多野くんのせいで潰されてるよ。本当に京くんが可哀想。でもね、多野くんに報復が終わったら、京くんの人生は生まれ変わるの』
ずっとバツマークが表示されていたページが切り替わり、今度はさっきよりも手の込んだサイトが表示される。
「アトランティス計画、ね……」
デカデカと金色の派手なそのタイトルを読み上げて、俺は小さくため息を吐く。
アトランティスは、古代ギリシャの哲学者が自分の本に書いた架空の王国の名前だ。
高度な文明と強大な軍事力を持っていたアトランティスは、世界の覇権を握ろうとしていた。しかし、その傲慢さがギリシャ神話に登場する全知全能の神ゼウスの怒りに触れて、滅亡させられたという話がある。
アトランティスはよくファンタジー小説で題材にされ、その中では財宝が沢山眠っているユートピア、理想郷として描かれることが多い。
「内笠が作ろうとしてるのはディストピアだろ。ユートピアのアトランティスの名前は合わないんじゃないか?」
そう言いながら、内笠がアトランティス計画という計画で作ろうとしている国の法律や社会のシステム等がこと細かに書かれたホームページを流し見する。何か、ゲームか小説の設定資料集を読んでいる感覚だ。
『凡人くん。私達にとっては理想郷だから、間違ってないんだよ。それに、凡人くんの仲の良い女は、全員京くんの物になるの。でも、凡人くんなんかと一緒に居るより幸せだから、全員喜ぶよ』
「そんなに女の人にちやほやされたいなら、そういう店に行けば良いだろ? 酒は飲めないけど内笠も一八超えてるんだし」
『違うよ、多野くん。対価を払うのは京くんの方じゃなくて女の方なの。女が京くんに愛してもらうために、人生を捧げるんだよ?』
「なるほど、そういう話は俺より石川と話した方が話が盛り上がるんじゃないか? 妄想の傾向が似てると思うが」
よく考えたと思う。それは内容がよく出来ているということではなく、こんなに大量の設定をよく飽きもせず考えられたものだということだ。
法律とされているのは色々とか書かれてはいるが、結局は、内笠のアトランティスに属する女性は内笠の言うことを無条件で聞いて、内笠の管理下に入るということだ。
社会システムの方も、結局は、内笠に都合良く女性を内笠の言いなりにするためのものでしかない。
「前の失敗で分かっただろ? 人は人の思い通りには動かない。内笠が何をやって人をコントロールしようとしても、人は人でコントロールなんて出来ない」
『話は終わり。じゃあ、ネカフェを出て次は駅に入ろうか』
次の指示を受けて、俺はインターネットカフェを出て駅の建物の中に入る。
『適当に乗車券を買って一番ホームに入って』
券売機で一番安い乗車券を買うと、俺は建物の中を歩いて一番ホームに上がる。そして、電車待ちをしている人達の後ろ姿を見ながらホームを歩く。
『黄色い線のギリギリに立って、そのまま待っててね』
俺はホームに引かれた黄色い線の内側に立って視線を前に向けて言われた通り待つ。しかし、その後しばらく電話からは何も声が聞こえなかった。
『何かしたな』
「やっと本人か」
かなり間を置いてスマートフォンから聞こえたのは、さっきまでの不自然な萌夏さんと露木先生の声ではなく、聞き覚えのある男の声だった。
『質問に答えてもらおうか。何をした』
「何かトラブルでもあったのか?」
『今からお前を、お前の女達の前で殺そうと思ってたんだ! ホームの向かい側に女達が居るはずだった! それなのに、誰一人立ってない! 何をした!』
「殺人予告だけでも犯罪だぞ」
『ふざけるな! 何をしたか言えっ!』
「最初に全員に何があっても外に出るなって言ったからな」
『お前の命がないと脅迫したんだ! 絶対に出て来るに決まってる』
「居ないってことはそういうことだろ」
俺は黄色い線から離れて、ホームにあったベンチに座る。
「内笠、俺はお前が嫌いだ」
『僕だってお前なんか死ねば良いと思ってる!』
「お前は萌夏さんと露木先生を傷付けて、他にも沢山、お前の馬鹿みたいな妄想のために傷付いた人が居る。そういうこと分かんないやつが、萌夏さんと露木先生に好かれるわけないだろ」
『萌夏も真弥も僕の物なんだ!』
「人を物扱いしてる間は、お前も物扱いしかされない。そんな状態で好かれるわけないだろ」
俺は視線を向かい側のホームに向けた後、線路の先にある歩道橋に向ける。そこには、ホームの方を見て右手でスマートフォンを持って電話をしている人が見えた。
「内笠、橋の上に居ないでホームに来いよ。それとも俺が行ってやろうか?」
『なっ!』
橋の上に立つ人物は慌てたように橋の上から移動しようとする。しかし、橋の両脇から制服姿の警察官達に挟まれていた。
『なんで警察が……通報なんていつ……』
電話を使えなくして、GPSで行動を監視すれば俺は警察に頼れないと思ったのだろう。そして、警察に頼れなければ俺は無力だと。
警察に頼れなければ無力ということは否定しない。でも、電話が使えなくて自分から警察署に行けなくても警察に頼ることは出来る。
メール一一〇番。それは、言語や聴覚に障害のある人でも通報出来るためのサービス。それに頼れば、"インターネットが使える場所"ならどこでも使える通報手段だ。
俺は内笠が誇らしげにインターネットカフェでサイトを見せていた時に、メール一一〇番で通報をした。それを見た警察が駆け付けてくれたのだ。
歩道橋の上で暴れる内笠が警察官に取り押さえられるのを見て、俺はスマートフォンの電話を切る。そして、その画面には膨大な量の不在着信の通知があった。
凛恋、希さん、栄次、萌夏さん、理緒さん、里奈さん、瀬名、ステラ、栞姉ちゃん、爺ちゃん、そして露木先生。みんなから、何度も何度も電話が掛かってきていた。
俺はすぐに凛恋に電話を掛ける。すると、呼び出し音が鳴るか鳴らないかという早いタイミングで電話が繋がった。
『凡人ッ!? 無事なの!?』
「大丈夫。何ともないし何もされてない」
『だって! 凡人の命がないって手紙がきてて!』
「ただの脅しだって、何もない」
『良かったぁ……』
安心する凛恋の声を聞きながら、俺は視線を駅のホームに入って来た電車に向ける。
『凡人! 今すぐに行くから場所を教えて!』
「凛恋、後で行くからさ。少し待っててくれないか?」
『えっ?』
「萌夏さんのところに寄って行きたいんだ」
『私も――』
「ダメだ。ちゃんと警察から安全だって言われるまで、絶対に外へ出るな」
内笠が捕まったからと言っても安心は出来ない。ちゃんと安全が確認されるまで、外を出歩かない方が賢明だ。
せっかく乗車券を買ったが、使うことなく俺はホームから出て駅の建物からも出る。そして、萌夏さんの家を目指した。
萌夏さんは、二年前の内笠の事件にトラウマを持っている。きっと、今回の件で内笠の話が萌夏さんにも行ってしまったはずだ。だとしたら……そのトラウマを思い出してしまったかもしれない。
二度目の罪を犯した内笠は、前よりも更に重い刑罰が下るだろう。しかし、あいつの場合には心に問題があるのだと思う。だから、その心の問題が解決しない限り、また同じことを繰り返す。
俺は歩きながら、露木先生に電話を掛けた。萌夏さんもトラウマがあるが、露木先生もトラウマがある。それに俺より年上でも、露木先生は女性だ。きっと、怖かったと思う。
『多野くん!?』
「露木先生、俺は大丈夫です。怪我もしてませんし何もされてません」
『…………警察が来た。私の住所にマークが書かれた地図が送られて来た人が居るけど、何か事情を知らないかって』
「そうですか」
『それに、ついさっきまた警察から電話が来て……内笠京って名前に心当たりはないかとも聞かれた』
やっぱり、警察官は事件が内笠が関わっていると調べが付いていたのだ。短時間で内笠だと断定出来たことは凄い。でも……もう少し露木先生の気持ちを考えてほしかった。
『その後、郵便受けを見たら駅に来ないと多野くんを殺すって書いた手紙が来てた。朝は来てなかったのに』
「ただの脅しです。結局、内笠は警察に捕まりました」
「誰が捕まったって?」
「――ッ!」
萌夏さんの家に向かって歩いていた俺は、背後からその声を聞いて頭に鈍い痛みを受ける。ふらふらと揺れる頭を押さえながら後ろを振り返ると、目の前にグレーのパーカーを羽織りフードを被った内笠の顔が見えた。
『多野くん!? どうしたの!? 多野くん何か――』
「みんなに……絶対部屋から出ないようにって言って伝えてください……。露木先生も、絶対に外へ――」
その言葉を言い掛けている時、俺は二度目の鈍い痛みを受けて意識を失った。
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