【九五《大切が故に》】:一
【大切が故に】
「カズ、刻雨の一年に上西透(うえにしとおる)って男子が居るのを知ってるか?」
「知らん」
「モテるって噂は?」
「知らん」
「凛恋さんの妹さんは何か知らないかな?」
「知らん」
「どうにか――」
「知らんって言ってるだろう。一体何なんだよ、さっきから」
栄次から「折り入って相談がある。一人で来てくれ」と言われて呼び出されて来てみれば、さっきから聞かれるだけで相談話は一切出て来ない。
「話がないなら帰るぞ」
「待ってくれ! …………希が、上西透って男子から手紙を貰ったんだ」
希さんが手紙を貰った。そう言った瞬間、栄次は見るからに元気を無くしてシュンと俯く。
それを見て、俺はアイスコーヒーのグラスから一口コーヒーを飲んで視線を栄次に戻す。
「希さんが手紙を貰ったのは知ってる。でも、希さんは断り辛かったから仕方なく何もしないをするつもりだって聞いてたけど」
「カズの言う通り、希は自分から呼び出して断り辛いから、そのまま放置するって言ってた。それに俺以外と付き合う気はないって言ってくれた」
「それならもう解決してるだろ。なのに何の相談があるんだ?」
「心配なんだよ、希のことが」
「まあ、その気持ちは分からんでもない」
彼女が誰かから告白されたとか、ラブレターを貰ったとか、そもそも彼女のことを好きなやつが居ると言う話を聞くだけで心配になる。
もし彼女が他の男に取られたら、はたまた好意が実らないと知った男が手荒い手段を取ってきたら……心配が募ると、そう考えられてしまうものだ。
栄次はイケメンだからモテる。だが、彼女のことを心配する彼氏という括りでは、俺や他の彼女を持つ彼氏と変わらない。
「でも、俺は探偵じゃない。身元調査なんて出来ないぞ」
「上西って男が、希のことをすっぱり諦めてて、希にこれ以上ちょっかいを出さないって確信が持てれば良いんだ! 頼むよ、カズ。頼りに出来るのはカズしか居ないんだ」
「この話は?」
「希に話してない。難しいかもしれないけど、凛恋さんにもバレないようにしてくれ。それと、出来れば希の友達にも」
両手を合わせて拝む栄次の注文に、俺は露骨に眉をひそめる。
凛恋にも、凛恋や希さんの友達にも知られずに調べろとは難易度が高い。
「一応、少ない伝手を使って調べてみる。でも、凛恋も希さんも察しが良いからな。期待しないでくれ」
「分かった。希を誰かに取られるくらいなら、多少の恥くらい掻く」
「…………今言った言葉を、そっくりそのまま希さんに言えば、めちゃくちゃ喜んでくれるぞ」
そう言いながら、そんな恥ずかしい台詞、いくら栄次でも吐けないだろうと思った。
栄次からの依頼があった次の日、俺は目の前でキラキラと目を輝かせる小鳥に紙パックのジュースを差し出す。
「ありがとう凡人!」
「いや、頼み事をしたのはこっちだ」
「でも、凡人に頼み事なんてされると思ってなかったから嬉しかったよ」
「それで? 何か分かったか?」
「一年生の上西透くんは、良い意味でも悪い意味でも目立たない子みたい。でも、真面目で優しい性格だって話は一年の女の子からはあったかな~」
俺は小鳥に、希さんに手紙を渡した上西透という男子について調べてほしいと頼んだ。
小鳥は体育大会で応援団をやったことで、他学年に知り合いが出来ていた。しかも、小鳥は見た目も中身も無害そのもので、警戒心を持たれない。俺なんかが一年に聞いて回るよりも、よっぽど素直な情報が手に入る。
「真面目で優しい性格、ね」
真面目も優しいも、人を褒める時に使う言葉としては無難なものだ。本当に真面目で優しいやつも居るだろうが、大抵はあまり印象のない相手を褒める時に使われる。
俺は中学の時に『クラスメイトの良いところを一つずつ書く』という担任教師の思い付きによってやらされた苦行で、クラスのやつらから『真面目』と『優しい』の評価を集めた。
真面目に授業は受けていたが、俺はクラスのやつらに優しくした覚えはない。もちろん、優しくされた覚えもないが。
「よく四人組で遊んでるんだって。他の三人は騒がしいって言ってた」
「他の三人は騒がしいねぇ~」
上西という男子の情報を聞いて、その友達の情報が出て来るとなると、上西はよっぽど印象の薄い人間なんだろう。
「一応、どこのクラスかも聞いてるけど?」
「いや、大丈夫だ。迷惑掛けて済まんな」
「ううん、大丈夫」
ジュースを飲み始める小鳥の横で、俺は腕を組んでため息を吐く。
印象が薄いとなると、他人から上西の人となりを知るのは難しい。
そうなると、もっと上西に近い人物から情報を引き出すしかない。
しかし、そうなると「上西のことを嗅ぎ回って何してるんだ?」と、上西の周囲の人間から思われかねない。
そうなることを考えると、もう直接上西に「希さんのことは諦めたのか?」と聞いた方が早いし簡単だ。
「やべぇー、筑摩先輩めちゃくちゃ可愛くね?」
「だよなだよな。うわー、何色のパンツ穿いてるんだろ?」
「白じゃないか?」
「いや、結構エロいって噂だから黒とか赤じゃね?」
「さ、三人とも止めようよ。後を追い掛けるなんてストーカーだって……」
腕を組んで突っ立っていると、視界の中に並んで歩く三人の男子と、その後ろから困った表情でついて行く男子が見えた。
その男子達は、どこかで見たことがあるような顔の四人だ。
「凡人、あの一番後ろの子が上西くんだよ」
「ああ、そういえばそんな感じだな」
隣に居る小鳥の説明を聞いて、うっすらと希さんに手紙を渡した男子に雰囲気が重なる。
その上西の前を歩く三人も、あの時、上西について来ていた男子三人に重なる。
「三人が騒がしいってのは、オブラートに包んだ言い方だったみたいだな」
「凡人?」
俺は小鳥の側から歩き出し、そろりそろりと歩いている四人を通り越した後、筑摩さんの背中に声を掛ける。
「筑摩さん」
「凡人くん? どうかしたの?」
歩く筑摩さんの背中に声を掛けると、振り返った筑摩さんが首を傾げる。俺は、その筑摩さんに小声で言う。
「ファンの多い女子は大変だな」
「えっ? ああ、後ろをコソコソついて来てる一年生のこと?」
「やっぱり気付いてたか」
「うん、結構前からだよ」
クスクス笑っている筑摩さんは特に気にした様子もない。
「注意しなくても良いか?」
「大丈夫だよ。声掛けられるわけじゃなくて、パンツを見ようって頑張ってるだけみたいだし」
フッと笑うと筑摩さんは、手を前にして持っていたファイルを持ち上げる。
「キャッ!」
ファイルを持ち上げた瞬間、筑摩さんの自然な可愛らしい悲鳴が聞こえる。
筑摩さんが持ち上げたファイルの角が、器用に筑摩さんの制服のスカートの裾を引っ掛け捲れ上げる。
そして、周囲に筑摩さんのスカートの中が露わになった。
「「「ショートパンツ!?」」」
その声を聞いて、視線をその声の方向に向けると、サッと壁の陰に隠れる四つの人影が見えた。
「ご、ごめんね。凡人くん、はしたないところを見せちゃって」
焦ったようにスカートを整える仕草をしながら、照れたような声を出す。しかし、筑摩さんの顔はニヤッと笑っていた。
わざとスカートを捲るなんて……サービス心が旺盛なことで……。
「男子の夢を壊してごめんね?」
「いや、凛恋もショートパンツを穿いてるしな」
「なーんだ」
そう言った筑摩さんはさり気なく後ろを振り返ってクスッと笑う。
「後ろからコソコソつけてくることしか出来ない人には見せたくないから隠してるの。でも、そういう人から守ってくれる優しい人には見せても良いかなー?」
「そうか。まあ、俺は間に合ってるから、他のやつに見せてやってくれ」
「残念」
俺をからかう気満々の筑摩さんの言葉を受け流す。しかし、筑摩さんはからかって満足したのかクスクスと笑っていた。
「そういえば、筑摩さんはあの四人を知ってるのか?」
「うん、あの子達の一人に告白されたから。断ったけど」
「それって?」
「一番前の真ん中を歩いてた子。元気は良いけど、ちょっとうるさいし、見るからに下心丸見えだったからちょっと……ね」
振った男子に対してコメントする時は、筑摩さんも罪悪感に苛まれているのか困った顔をする。
「隠してない分、潔いのかもしれないけど、でもやっぱりあんなに露骨に下心を見せられても、困るかな」
「別に気を遣う必要はないんじゃないか? 気持ち悪くて迷惑だって言っても良いと思うぞ?」
俺がそう言うと、筑摩さんは口を手で隠して一頻り笑った後に、パチッとウインクをして手を振る。
「別に、あの子達に気を遣ってるわけじゃないよ。ごめんね、私ちょっと生徒会の仕事があるから」
「ああ、呼び止めてごめん」
歩いていく筑摩さんを見送った後、反対方向に歩いていく男子四人組の後ろ姿を見る。そして、大人しそうな雰囲気の男子を見つめてため息を吐く。
「これは、要相談だな」
放課後、ファミレスの席に座り、俺はあくびをしながら栄次が来るのを待つ。刻季は刻雨より終わるのが若干遅いから、待つのは仕方ない。
『カズ、少し遅くなる』
スマートフォンに映されたメールの文面を見ながら、俺はふと視線を前に向ける。すると、向かいにある仕切り用のガラスに見慣れた顔が映っていた。
「やっぱり怪しまれたか……」
俺はスマートフォンのカメラを起動して、内部カメラに切り替える。そして、そのスマートフォンの画面を見てため息を吐いた。
俺の座っている席から少し離れた席で、凛恋、希さん、萌夏さん、溝辺さんの四人が座っているのが見える。
身を乗り出して俺の方を見ようとする凛恋を、溝辺さんが引っ張って座席に座らせていた。
「栄次と俺が何をしてるのか調べてるのか」
凛恋が浮気を疑うわけはない。それに、希さんも萌夏さんも溝辺さんも、浮気をしてると焚き付けるとは思えない。
ということは、栄次と二人で何をやっているのだろう。という好奇心を、凛恋か希さんが持って、その他の人は付き添いで来ているのだろう。
まあ、凛恋の行動を見ると、凛恋が主導であるのは間違いないのかも知れない。
『栄次、希さんと凛恋達に怪しまれてる』
そうメールを送信して、俺はテーブルの上に置いたアイスコーヒーを一口飲む。
「すみません、ここの席良いですか」
「えっ?」
横から声を掛けられて振り向くと、全く面識のない女子高校生に話し掛けられていた。制服を見てもどこの高校かも分からない。
「いや、今友達を待ってるところなんで」
「そうなんですか? じゃあ、そのお友達も一緒にカラオケ行きませんか?」
見知らぬ女子高校生三人組の一人が、そう言いながら勝手に向かい側の席に座る。そして、それに続いて残りの二人も席に座る。
「いや、歌うの苦手なんで」
内心、なんで名前も知らない人とカラオケに行かなきゃいけないんだと思いながら、出来るだけ視線を合わせないようにアイスコーヒーのグラスを凝視する。
「じゃあ、ボーリング行きません?」
「スポーツも苦手なんで」
しつこいなと思って、少し突き放すように投げやりに答える。すると、俺に話し掛けてきた女子高校生が席から立ち上がり、俺の隣に座る。
「そんなこと言わないで行きましょうよ。遊び相手居なくて退屈してて」
「二人も友達が居るでしょ。二人も居れば十分だと思いますけど」
「じゃあ、連絡先交換しませんか?」
なぜ、遊び相手が居ないという話から、連絡先の交換になるのだろう。
この女子高校生には脈絡という言葉はないのだろうか?
「ちょっとあんた。私の彼氏にちょっかい出してどういうつもり?」
どうやったらこの女子高校生に日本語を伝えられるのだろうと悩んでいると、背筋が凍るようなドスの利いた低いその声が聞こえる。
声の方に視線を向けると、鬼のような形相で立っている凛恋の姿が見えた。
「彼氏?」
「ちょっ、ミホ! ヤバいって」
日本語の通じない女子高校生の友達が、向かい側から俺を視線で示しながら自分の左手の薬指を指さして、日本語の通じない女子高校生に目配せする。
「はぁ~……あんた達、どこ校? 左手薬指にペアリング付けた男に声を掛けるってどういうことか分かってやってる? しかも、そこに居る人、うちらの親友の彼氏なんだけど?」
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