【七六《良い関係》】:三

 昼食の時間、テントの脇にブルーシートを敷いてみんなで座ると、凛恋がバッグから弁当の重箱を出して広げる。それを見たみんなが、口々に感嘆の声を漏らした。


「相変わらず凛恋は、ハイスペックよねー」

「同じ女子だけど、これ見せられると張り合う気も起きないのよね」


 おにぎりに唐揚げ、一口ハンバーグに卵焼き、タコさんウインナー、アスパラの肉巻き等々、沢山のおかずが詰められている。これを一人で作ってしまうのだから本当に凄い。


「栄次」

「何だ?」

「栄次は昼飯抜きだ」

「何でだ」

「男に凛恋の手料理を食べさせるわけ無いだろ」

「凡人はそのお弁当食べちゃダメよ」

「えっ!?」


 俺が栄次とワチャワチャやっていると、凛恋のその言葉が隣から聞こえる。

 俺が凛恋の方に視線を向けると、凛恋が両手で弁当包みに包まれた弁当箱を差し出した。


「凡人のは愛情入りの特別弁当があるからよ」

「凛恋……」

「うわー、凡人くんズルいー。私も凛恋の愛情ほしいー」

「私の愛情は凡人だけのものよ。萌夏にはあげませーん」


 からかうように言った萌夏さんに、凛恋はニコニコ笑いながら言う。

 俺は弁当を開いて中を見ると、みんなの弁当のおかず以外に、一口サイズのコロッケやアルミ製のお弁当カップに入ったグラタン等のおかずがプラスされていた。


「さ、食べよ食べよ。凡人、さっきのは冗談よ。足りなかったらこっちも食べて良いからね。いただきまーす」

「「「いただきます」」」


 凛恋がそう言った後、一斉に弁当へ箸を伸ばす。俺は、凛恋が用意してくれた特製弁当に箸を伸ばした。

 凛恋の料理は本当に美味しい。何度食べても飽きないし、いくらでも食べられる。だから、ついついいつも食べ過ぎてしまう。


「そういえば里奈、今度の合コンどうする?」

「あー……今回パスしようかなー」

「里奈も? まあ、この前のが酷かったからねー」

「何かあったの?」


 溝辺さんと萌夏さんの話に、凛恋が卵焼きを箸で挟みながら首を傾げる。


「いやさー、この前友達に誘われて他校の男子と遊びに行ったんだけど、そこでお化け屋敷に行こうってなってさー。面倒くさかったんだけど、断るのも白けさせるだけだしみんなで入ろうって言ったら、男女でペア組んで入ろうって向こうの男が言い出して」


 その話を聞いた瞬間、女性陣全員が顔をしかめる。


「んで、まあ……向こうの男子がお世辞にもいい男って言えない奴らでさー」

「一人は明らかに不摂生で太ったデブで、もう一人は高二には到底見えない老け顔の奴で」


 萌夏さんが顔をしかめてそう言うと、溝辺さんがウインナーを咥えながら呆れた顔で話す。


「向こうの面子集めた男が、明らかにモテない奴で固めてんの。どーせ、ブサイク集めたら自分が引き立つと思ってるんでしょうけど、あいつも大して良い顔してなかったし」


 辛辣な言葉を吐く溝辺さんだが、凛恋の友達と接する機会が多くなった俺は、その言葉にも慣れてきていた。

 男でも女でも、大体異性のことを話せば同じだ。特に、愚痴になると辛辣な言葉は飛び交うものだ。


「それで、どうしたよ」

「里奈はデブと、私は老け顔とお化け屋敷デートよ。……はぁ~」


 皮肉たっぷりにデートと口にした萌夏さんは、大きくため息を吐いた。


「デブの方は体は大きいのにビビリまくってさー。もう無理って言い始めて、最初のギブアップポイントで外に出ちゃったわ」

「里奈は運が良かったわよ。さっさと終わらせられたんだから。私は災難だったんだから。手を繋いで来ようとするし、肩組もうとしてくるし、最後のところでお尻触ろうとしてきたのよ。それでふざけんな変態って思って平手打ちしたんだけどさー」


 萌夏さんは乱暴にアスパラの肉巻きを食べて飲み込むと、嫌そうに言葉を吐いた。


「満面の笑みで、打ってくれてありがとうって言われた……」

「「「うわぁ……」」」


 それを聞いた全員が苦い顔でそう反応する。しかし、その老け顔男子はかなりレベルの高い変態のようだ。


「帰りにすぐ除菌用のウエットティッシュ買って、あいつを平手打ちした手を擦ったわよ。そういうのがあったばかりだからさー、男が混ざった遊びには当分行きたくないのよ」


 まあ、萌夏さんにとって良い思い出とは言えない経験になっているのは間違いない。


「それにそもそも、男とか当分要らないし。こうやって友達と遊んでる方が楽しいしね」


 溝辺さんがそう会話を締めくくる。その溝辺さんの言葉で、女性陣全体に暖かい空気が流れる。

 凛恋の友達グループは本当に仲が良い。喧嘩して分裂し掛けたこともあったが、それでもこうやって仲良く弁当を囲んで愚痴を言う仲は続いている。


「あっ! そうだそうだ!」


 パッと手を合わせた萌夏さんが、ガサゴソと自分のバッグから綺麗にラッピングされた箱を取り出し、凛恋に手渡す。


「えっ?」

「昨日、里奈と一緒に買ってきたのよ。凛恋と凡人くんへプレゼント」


 パチッとウインクをした萌夏さんと目が合いニヤッと笑う。俺はその笑みを見て、嫌な予感しかしなかった。


「本当に? 開けていい?」

「いいよー、開けな開けな」


 溝辺さんはニヤニヤしながらラッピングを開けようとする凛恋を見ている。

 凛恋はラッピングを開けて、出てきたそれを見て、真っ赤な顔で萌夏さんと溝辺さんを睨み付ける。しかし、二人は真っ赤な顔をしている凛恋を見て、腹を抱えて笑っていた。


「萌夏! 里奈! どういうことよ!」


 そう怒鳴りながら、凛恋は手に持ったコンドームの箱を二人に突き出す。

 そう、綺麗なラッピングの中身はコンドームだったのだ。


「店員さんに可愛い包装紙に包んで下さいって言ったら苦笑いされたのよ。そこまでして買ったプレゼントなのに酷くない?」


 酷くない? と言っているのに、溝辺さんは笑いを堪えている。


「日本製は品質が良いのよ。向こうで変なの買うより安心でしょ?」

「余計なお世話よ! ちゃんと切らさないように買い足してるし!」


 凛恋がプンプン怒って言った後、周囲の反応を見て首を傾げた。

 栄次は苦笑いをし、希さんは頬を赤くして俯き卵焼きを食べることに意識を向けている。そして、その他の人達は凛恋を見てニヤニヤしていた。

 俺はというと、凛恋の特製弁当を一心不乱に食べている振りをする。つまり、凛恋の話は聞かなかったことにした。


「へぇー」

「ふぅーん」


 溝辺さんと萌夏さんのその声が聞こえる。


「凛恋はしっかりしてるよねー」

「そーよねー、切らしちゃったら大変だもんねー」

「えっ? ……あっ! そ、そういうわけじゃなくて!」


 自分の失態に気付いた凛恋が必死に弁明しようとする。しかし、どうやってこの状況を覆すつもりなのだろう。

 しかも相手は溝辺さんと萌夏さんだ、無理に決まってる。


「そりゃあ彼氏と同居してたら、そういう機会も増えるしねー」

「使う頻度が多いと、買い足してないと困るわよねー」

「里奈、萌夏、違うの!」

「えー? 何が違うのかなー?」


 からかう気全開の萌夏さんに追及されて、凛恋は俺に視線を向ける。

 俺に何とかしろということらしい。……いや、無理だろう。


「萌夏さん、溝辺さん、プレゼントありがとう。凛恋とありがたく使わせてもらうよ」

「もー、凡人くんはもうちょい恥ずかしがってよ。からかい甲斐がないじゃん」

「恥ずかしがったら二人の思う壺だろ」

「多野くんは相変わらず手強いなー」


 そう言った溝辺さんは、視線を凛恋に戻す。そして、また萌夏さんと一緒に凛恋をからかい始めた。

 それを、見ながら唐揚げを放り込み、俺はつくづく思う。

 本当に良い関係だなと。

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