【七二《趣味嗜好》】:二
ブブッとスマートフォンが震える音に目を覚まし、俺は手探りでスマートフォンを手に取って電話を受けた。
「もしもし……」
『凡人、会いたい』
「……んあ?」
『凡人に会いたい』
俺は目を擦って電話の主であるステラに話し掛けた。
「ステラ……もうちょっと説明を増やしてくれ……」
『凡人に話がある。凛恋にも話があるから凛恋も連れて来て。それと優愛にも来てほしい』
「…………いつもの時間に凛恋と優愛ちゃん連れて、公園に行けばいいんだな?」
『そう』
あくびを噛み殺しながらステラの話を要約して補完しながら聞き返すと、ステラの短い返事が聞こえた。
「分かった。俺は間違いなく行くけど、凛恋と優愛ちゃんは話してみないと分からないぞ」
『分かった』
「じゃあ、また後でな」
電話を切ってスマートフォンを置き、重い右手をベッドの上に載せて長く息を吐く。
とりあえず二人に話してみないと分からないが、恐らく二人共来てくれるはずだ。
俺は流石に二度寝する気も起きず、あくびを一つして目の前で可愛らしい寝顔で小さな寝息を立てる凛恋を見詰める。
小さくて整った顔の凛恋は、すべすべとした頬を無防備にも俺に向けている。
「はぁ……めちゃくちゃ可愛い……」
ついため息を吐いてしまうくらい可愛い。
こんな可愛い女の子が俺のことを好きで、俺と付き合ってくれていて、予約としても結婚の約束までしてくれている。
…………正直、これが全て長い長い夢でした。なんて言われたら、俺はもう二度と立ち直れなくなりそうだ。
凛恋の鼻は呼吸をするために規則正しく動く。その動きも、小動物が鼻をヒクヒクと動かしている様子と同じように愛らしさを感じる。
凛恋は何をしても、どんな状態でも可愛いというとんでもなく卑怯な存在だ。
怒っても可愛いし泣いても可愛い。
俺をからかっている時も可愛ければ、優愛ちゃんと喧嘩をしている時も可愛い。
しかし、やっぱり男としては、凛恋の女の子としての魅力にいつもドキドキさせられる。
その女の子の魅力には可愛さも当然含まれるのだが、凛恋には色気がある。
今も、寝息を立てて口から小さく息を漏らす瞬間も色っぽいが、凛恋の色っぽさはそれだけじゃない。
凛恋はスラリと細いが、胸は結構ある。でもそれは、体のバランスを崩すほどに大きいというわけではなく、凛恋の体型に合った絶妙な大きさなのだ。
やはり女性らしさ、色っぽさを感じる上で凛恋の胸は外せない。
他には凛恋の唇だ。
柔らかくて瑞々しい光沢を放つ凛恋の唇は、話していても何かを食べていても周囲に色っぽさを振り撒く。
特にキスをする時のねだるようにすぼめた凛恋の唇は色っぽさを最大限に引き出す。しかし、それを見られるのは俺だけだ。
更に、凛恋の声も色っぽい。
普通に話している時はキャピキャピと明るく元気な声だが、眠る前や寝起きは少し声のスピードが落ちて舌足らずになる。
それは幼さを感じて愛らしく思えるが、凛恋の場合だと色っぽくも感じる。それに何より凛恋とエ――。
俺はそこで思考を止められた。少しベッドの上で凛恋が体を動かした拍子に、凛恋の着ているシャツの胸元がたわんだ。
学校から帰って来て、短パンにTシャツというラフな格好をしている凛恋。しかも凛恋の着ているTシャツは大分ダボッとしていて全体的に緩い。
それは襟元も例外ではなく、通常のTシャツなら少したわむだけの襟元が、凛恋の着ているTシャツだと大きくたわむ。
そのたわみのせいで……いや……おかげで、凛恋の胸元は大きく見えていた。
日頃、凛恋はいわゆる柄物の下着は好まない。
凛恋はレースやリボンがあしらわれた控えめな下着が好きだ。それに柄と言っても刺繍が控え目にあしらわれたものを着けていることが多い。
だがしかし、凛恋が柄物の下着を全く着けないというわけじゃない。今日はその柄物下着の日だった。
シャツの襟元からチラリと見えるブラの柄は、白地に控え目にピンク色の小さなハートが散りばめられたドット柄。
かなり卑怯だと思った。
久しぶりに見た柄物の下着がハートのドット柄なんて卑怯過ぎる。
人によったらこういう柄物は子供っぽくて嫌だと言うのかもしれないが、俺は有りだ。
むしろ好きだと言っていい。ただし、凛恋に限る。
それにしても、ブラがチラチラと見え隠れするのがまたいじらしい。
凛恋のたわんだシャツの襟元を覗き込むように見ると、可愛いブラに包まれた胸が作る谷間が見え、俺は慌てて頭を引いて小さく息を吐く。
見たいという欲求と見たことによる興奮と罪悪感。
何とも言えない複雑な感情を抱き、結局は罪悪感が勝って後悔する。
単にブラを見る、ということよりも過激な、エッチをする、は何度も経験している。
それこそお互いに誘い合えるくらいお互いの愛を確かめ合う大切な方法になっている。でも、今俺がやっているのは覗きだ。
いくら相手が彼女である凛恋だとしても、凛恋に黙って下着を覗くなんて、凛恋に失礼なことをした。
「う、う~ん……ん? ちょっ!? 凡人!? どうしたの!? なんかあったの!?」
目を覚ました凛恋が、寝起きなのに目を見開いて俺の頬に触れて親指で俺の目を拭う。そして、俺のことを抱き締めてくれた。
「どうして泣いてるの!? 何か嫌な夢でも見た!?」
「いや……違うんだ。ごめん……俺、凛恋に黙って凛恋のブラを覗いた。本当にごめん」
「…………私に黙って見たから悪いことしたって思ったのね」
「……ああ」
凛恋に言われて頷くと、凛恋は俺に顔を近付けてクスッと笑った。
「凡人は真面目よね。私達が付き合う前、ボウリング場に付いて来てくれた時も、跡をつけてるみたいで嫌だって言ってたし。今日も悪いことしたって辛くなっちゃったのよね? でも、そういう真面目な凡人、本当にチョー大好き!」
「凛恋、許してくれる?」
「許す許す! そもそも私全然怒ってないし。ただ、私の方は黙って見られるよりも見せてって言われた方が嬉しい。見たい?」
凛恋が真剣な顔で俺に尋ねてきて、俺は少し躊躇いながらも正直に答えた。
「見たい」
「上だけでいいの?」
「…………下も見たい」
「はーい」
凛恋はそう言うと、横になりながらTシャツと短パンを脱いで俺に近付く。
「どう?」
「凄く可愛い」
上下揃いのハートのドット柄をした下着だけの凛恋は、可愛らしくて綺麗で魅力的だ。やっぱり、凄く凛恋は色っぽい。
「それにしても、凡人チョー可愛過ぎる!」
「えっ?」
「だって毎日下着なんてすぐに脱がしてエッチするのにさ。今更、下着が見たいなんて」
「だって……凛恋がそういう下着を着けてるの珍しくて」
「あー、確かに私はこういうの着けないわね。これも私が選んだわけじゃないし。これね、希が選んだのよ」
凛恋は少し顔を赤くして、自分の身に着けた下着を見る。
「凡人と別れてる時にね。希と気分転換に買い物に行ったの。その時も私、凹んでてさ。二人で買い物してたんだけど本当に空気重くしちゃって。希に悪いことしちゃった。でもね、希が私に下着選び合いっこしようって」
「また、希さんにしては大胆な話だな」
「女子同士だから出来るのよ」
クスクスと思い出し笑いをした凛恋は、胸の前で両手を組んではにかむ。
「私は結構早く希の下着を選んだの。でも、希が凄く悩んでさ。そんな真剣に悩むことでもなくない? って言ったら、希なんて言ったと思う?」
「うーん、凛恋はどれでも似合うから、どれにしようか迷ってる?」
「違う違う。希ったらさー、凡人くんなら絶対に凛恋に一番似合う下着を選べるから、私もそれに負けない下着を選ぶって」
凛恋はプッと笑って、その後は声を上げてケタケタと笑う。
「私はその凡人と別れて凹んでるって言うのにさ。凡人のこと思い出させる上に、なんか知らないけど張り合ってるの。でもさ、嬉しかったんだ。希は私のこと大切にしてくれてるって凄い伝わってきて」
「それで選んだ下着がこれか」
「そう。ちゃんと希に言っとくね。凡人がちゃんと見たいってお願いしてくるくらい凡人をメロメロに出来たよ。ありがとうって」
「…………俺が見たいって言ったくだりは伏せてもらえると嬉しいんだが」
「言うに決まってるでしょー。希、きっと飛び上がって喜ぶわよ」
ニコニコ笑う凛恋は、下着姿のまま大きくあくびをした。
「シャワー浴びた時にこの下着にして良かった。あっ、凡人、今からスマホで凡人の好み選びね」
凛恋がスマートフォンで手早くランジェリーショップのサイトを開き、俺の腕を引っ張って一緒に見るように促す。
若干躊躇いつつも凛恋の隣にピッタリくっ付いて、凛恋のスマートフォンを見る。すると横から凛恋の嬉しそうな声が聞こえた。
「なんか、凡人と下着選んでるみたいでドキドキするー」
選んでるみたいではなく、選んでいる、で間違いない。まあ、俺の方は選ばされているに近いが。
「凡人はどんなのが好み?」
「あまり派手なのは好きじゃないな。かと言って地味過ぎるのも好きじゃないな。結構、凛恋がよく着けてるような下着が好みだ」
「えー、それじゃあつまんないじゃん。ちゃんと選んで選んで」
凛恋からスマートフォンを差し出されて受け取り、俺は自分の状況を再確認してみた。
下着姿の彼女の隣で、彼女のスマートフォンで、彼女の下着を選ぶ。……とんだ変態野郎だ。
画面をタッチして様々な下着を見るが、正直案外直視出来てしまうものだった。
確かに、宣伝用でモデルが着用している画像もあるが、凛恋が着けていなければただの布切れにしか見えない。
流石に、下着の画像でドキドキするほどの純情さはもう俺にはないようだ。
「凡人って薄い色が好き?」
「ああ、淡いピンクとか好きかな」
「じゃあ、色は淡いピンクで、後はデザインね」
凛恋に見られながらページを見ていると、一つの上下セットのページで指を止める。
「このセット、チョー可愛い! 凡人はこういうの好き?」
「凛恋が着けたら堪んないかも……」
淡いピンクで、大小様々な花柄の刺繍があるが、派手というより華やかさがある。
それにブラの方には薄めのレースもあしらわれていて、上品さも感じた。
色んな女性らしさを感じて、可愛さと綺麗さと色っぽさを兼ね備えた凛恋にはもの凄く似合いそうだった。
「へぇー堪んないかもなんだー。…………私が着けてるの想像した?」
「い、いやぁ、そんなことは――」
「分かりやす過ぎ」
凛恋にプッと笑われて、ばつが悪くなって視線を逸らす。すると、凛恋は俺の腕を引っ張って甘えた声を出す。
「かぁずぅとぉーごめんってばぁー。許してよぉー」
凛恋がわざとそんな声を出しているのは分かる。なんてあざとくて、なんて可愛いんだ。
俺は、俺の腕を掴んで揺する凛恋の体に、サラサラとしたガーゼケットを掛ける。
すると、肩まで掛けたガーゼケットは凛恋のスベスベとした背中を滑ってブラの紐に引っ掛かって止まる。
「凡人、ありがと」
「もう服を着てくれ、凛恋が風邪引くと困る」
「はぁーい」
凛恋がモゾモゾと動いて服を着るのを見ていると、凛恋がクスッと笑う。
「凡人くん、偉いですねー。ちゃんと我慢出来ましたねー」
また笑いながら俺をからかった凛恋は、チュッと軽く頬にキスをしてニコッと笑った。
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