【一七《一番弟子》】:二
話を切り出した優愛ちゃんに、俺は自分の進行度を思い出して口にする。
「現状は最後までかな」
「はあっ!? 最後まで!? 最後までってことは、エンシェントドラゴンは倒してるってことですよね?」
「ああ、あのバカでかいドラゴンか。倒したけど」
「お姉ちゃん! この人凄いよ!」
突然指をさされ、そして褒められる。
ついさっきまで酷い言われようだった気がするのだが……。
「そのエンシェントドラゴンを倒してるのがすごいの?」
「凄いってものじゃないって! あれ、ネットで動画見たけどえげつないよ! 一人が動き止めて三人でボコボコにするんだけど、タイミングを少しでも間違えたら一瞬で全滅するんだよ! 私、今そこで詰まってるの! あんなの一人じゃ無理だって」
優愛ちゃんが興奮した表情で言う。まあ確かに、エンシェントドラゴンは一発のダメージがデカいから、キャラのレベルや装備を考えないとキツいかもしれない。
「ちなみに、多野さんはファンタジー側? フューチャー側?」
「ああ、俺はセーブデータ二つ作ってどっちもやってる。今はどっちも最後まで行ってるから、次のアップデートが来るまで装備集めとレベル上げかな」
ファンフューは魔法と剣を駆使して戦うファンタジー側と、銃とビームサーベルを駆使して戦うフューチャー側という二つのタイプを最初に選ぶことになる。
その最初に選んだタイプで攻撃手段が変わったり装備出来る装備が違ったり、あとはストーリー展開が少し変わったりする。
「お姉ちゃん、多野さんヤバいよ! どっちも最後までとか。一緒にやる人いる人が羨ましい……」
「ん? 俺もソロプレイだけど?」
俺が優愛ちゃんの呟きに答えると、優愛ちゃんがあははっと笑って手を振って否定する。
「四人でやらないと勝てないエンシェントドラゴン一人で倒すとかあり得ないあり得ない」
「優愛ちゃんの言ってる攻略法は多分ハメ技攻略だな」
ハメ技攻略は、システムの欠陥を突いて行われる攻略法のことを言う。
もっと詳しく言えば、特定の行動をすると、敵が一切抵抗出来ずに一定の攻撃パターンを繰り返しているだけで倒せる、という攻略法だ。
ハメ技攻略を嫌う人も居るが、ファンフューは対人戦のゲームではないし、俺は攻略法の一つだと思う。
しかし、ハメ技攻略は一つの攻略法であるように、ハメ技を使わない攻略法もちゃんとある。
「優愛ちゃんはどっちでやってる?」
「私はファンタジー側でやってます」
「じゃあ、自分にバリア張ってひたすら氷魔法で攻撃だな。ファンタジー側だと、ヒットポイントの回復薬よりも、マジックポイントの回復薬の量が重要だよ。ファンタジー側は自己回復出来るからね」
「氷魔法って、エンシェントドラゴンって火の玉を吐いてくるから水じゃないんですか?」
「エンシェントドラゴンの弱点は水じゃなくて氷なんだ。火球ブレスのモーションに入ったら、氷魔法を当ててみれば分かる。氷魔法なら怯んで火球ブレスが中断出来るけど、他の魔法じゃ出来ない。それはエンシェントドラゴンの弱点が氷だからだ」
説明を終えると、優愛ちゃんが目をキラキラさせて俺を見てくる。なんだか、落ち着かない視線だ。
「あの! 家に言ったら攻略法見せてもらっていいですか!?」
「ああ、キャラのレベルは上がっちゃってるけど、装備だけ合わせて立ち回り教えてあげるよ」
「やった! これで私もエンシェントドラゴン超えられる!」
俺がそう言うと、優愛ちゃんはピョンと跳び上がって嬉しそうに声を上げる。
その喜び方と笑顔が、凛恋によく似ていた。
家に戻ると、優愛ちゃんに急かされ俺はエンシェントドラゴンの攻略法を早速見せることになった。
ゲーム機の電源を入れると、隣に優愛ちゃんが並んで来て、反対側には凛恋が並ぶ。帰り道と違い今度は俺が中心になっている。
「うわー、レベル一〇〇だ。凄っ!」
「レベルは何度もやってればすぐに上がるよ」
「凡人、そのキャラクター黒髪ロングの女の子なんだけど。しかもどことなく希に似てる気もする」
横から頬を膨らませた凛恋が不満そうに言う。いや、別にそんなつもりは無いのだが……。
「メインで使ってる方が男キャラだからこっちを女キャラにしただけだ」
「じゃあ、金髪のキャラでも別に良いじゃん!」
「あーもう、痴話喧嘩は後にして」
優愛ちゃんにそう言われて、凛恋は「はいはい」と唇を尖らせて未だ不満げに言う。
最初は金髪のキャラにしようと思ったが、凛恋を連想してしまって気不味くなり、凛恋とは真逆のキャラにしたとは言えない。
ゲームのキャラを彼女に似せて遊ぶ勇気は出なかった。
「装備どれ使ってる?」
「えーっと、武器はこれで、防具はこのシリーズ一式を」
「なるほどね。防具は十分良い防具だけど、武器は氷魔法強化が付いてるのがあればそれがいいね。でも、今回はこの武器のまま行ってみよう」
俺はエンシェントドラゴンを倒すクエストを受けて、エンシェントドラゴンの棲み家に向かう。
道中の敵を手早く倒していると、横から優愛ちゃんの「上手い」という声が聞こえた。
「私の彼氏なんだから当たり前でしょ」
「それ、お姉ちゃんは関係ないし」
「なんですってー!」
俺を挟んでじゃれ合う二人に若干邪魔されながらエンシェントドラゴンの棲み家に到着する。
そして、エンシェントドラゴンの登場ムービーが入って、俺はエンシェントドラゴンの攻略を始めた。
エンシェントドラゴンの攻略を始めて一〇数分後、エンシェントドラゴンを倒してクエストクリアになった。
「エンシェントドラゴンは結構バリアが重要。バリアを張ってるだけで、ダメージの三分の一をカット出来るから。氷魔法強化の付いた武器だともっと早く倒せるよ。あとはまあ、エンシェントドラゴンの攻撃パターンに慣れることかな」
「…………マジ凄い! 凡人さんチョー格好良い! あんなに簡単に攻撃避けて!」
「こら! 人の彼氏を名前呼びすんな」
「じゃあ、お兄ちゃんって呼ぼうかな」
ニヤッと笑う優愛ちゃんに、思わず頭を撫でたい衝動が湧いて必死に抑える。
「凡人さんでいいよ。凛恋の妹さんだし」
「いえーい、ところで凡人さん、エンシェントドラゴンの後を手伝ってほし――」
「こら! 調子に乗らない! 私の彼氏を私の目の前で取ろうなんて良い度胸してるわね、優愛」
俺の腕を引ったくって凛恋が優愛ちゃんを睨む。睨まれた優愛ちゃんは少し強張った笑顔を浮かべて、テーブルの上に置かれたファンフュー同梱版の箱を指さす。
「ほ、ほら! お姉ちゃんもファンフュー始めるんだし、そのついでにさ!」
「凡人の代わりに私がやってあげるわよ」
そう言うと、優愛ちゃんが顔を逸らしてボソッと呟く。
「お姉ちゃんが私に追い付く前に全クリしちゃうと思うけど……イダダダッ! ごめんなさい許してー!」
容赦ないグリグリ攻撃にまた悶絶する優愛ちゃんと、姉の力をフルに活用して妹をもて遊ぶ凛恋を見て、やっぱり心にほっこりした気持ちがふっと湧いた。
「いやー、凡人さん他のゲームも上手過ぎ!」
「俺はやり慣れてるだけだって」
「そんなことないって! 動きが違い過ぎて真似も出来なかったし!」
「優愛、お昼も奢ってもらって、ゲームもさせてもらって、凡人に言うこと無いの?」
反対側から両手を組んだ凛恋が優愛ちゃんにそう言う。凛恋の言葉を聞いた優愛ちゃんはニコッと笑った。
「凡人さんありがとう! また遊んでね!」
「言葉遣いは気になるけど、まあ良し」
凛恋の家まで近付いてくると、凛恋が立ち止まって優愛ちゃん肩を叩く。
「優愛、先帰ってて」
「りょーかい! ファンフューの準備して待ってるね! 凡人さんバイバイ!」
「バイバイ」
敬礼をビシッと決め、ニコニコ笑って手を振って走って行く優愛ちゃんに手を振り返す。
優愛ちゃんの背中が見えなくなると、隣に居る凛恋が俺の顔を覗き込む。
「なーんか優愛には愛想良くない?」
「凛恋の妹をぞんざいに扱うわけにはいけないだろ」
「優愛ならテキトーでいいのよ、テキトーで」
凛恋は手を繋いで俺の腕を引っ張る。
「ちょっとそこの公園に寄ろう」
「ああ」
凛恋に連れて来られた公園は遊具がブランコとジャングルジム、そして滑り台しかない小さな公園だった。
その小さな公園の端にあったコンクリート製のベンチに凛恋が座る。その隣に俺が座ると、凛恋が体を寄せて来た。
「今日はホントにありがと。優愛と遊んでくれて」
「いや、凛恋の貴重な姿も見られたしな」
「貴重な姿?」
「お姉さんぽい凛恋が見られた」
俺がそう言うと、ツンと唇を尖らせて凛恋が不満そうに言う。
「ぽいじゃなくて、ホントにお姉ちゃんなんだけど」
そう言った凛恋はフッと笑みを浮かべて、俺の肩に頭を置く。
「あーあ、今日は凡人とイチャイチャ出来なかったなー」
「まあ明日も会えるし」
「そーだけどさー。凡人と優愛が二人で盛り上がってて、なんか凡人を優愛に取られた気分」
俺は凛恋の言葉の後、思い切り凛恋を引き寄せて抱き締めた。
拗ねたような声で言われて、凄く可愛くて凄く愛おしかった。
「焼きもち、焼いた?」
「もー焼いた焼いたチョー焼いた。でも、妹に焼きもち焼くとかみっともないから我慢した」
「良く出来ました」
俺が凛恋の頭を撫でながらそう言うと、凛恋がおでこをゴツンと俺の胸に当てる。
「からかうな」
「ごめんごめん」
お互いに目を合わせると、同時にフッと笑みが溢れて、同時に唇を合わせた。
そして、いつの間にかキスは激しく深くなっていて、凛恋の舌が絡む。
「ヤッバ! これ以上はダメダメ!」
真っ赤な顔して唇を離した凛恋が、自分の顔を手で扇ぐ。
「舌絡めたのは凛恋が先だろ」
「だっ、だって、凡人とイチャイチャ出来なかった反動が来たのよ。あれ以上やったら我慢出来なくなってた。今日はお爺さんとお婆さんも居るし、流石に今から戻るわけにもいかないし」
「まあそりゃあな」
「ホント、凡人のせいで私はとんでもない変態になっちゃったわよ」
理不尽な不満とともに、凛恋の拳が軽く胸を叩く。その拳を握り、俺は凛恋の背中を撫でる。
「大丈夫だ。俺も変態だしな」
「それ、なんのフォローにもなってないんだけど」
「すまんな。俺はそういうの苦手なんだ」
「そーね、そういう不器用な所も可愛くて大好きよ」
「俺は今までの凛恋も大好きだったけど、妹想いのお姉ちゃん凛恋も大好きだ」
もっと抱き締めて居たかったが、そろそろ凛恋も帰らないといけない。
だから、体を離して俺は凛恋と一緒に立ち上がる。
「とりあえず、今夜は優愛とファンフューやるわ。んで、早く優愛に追い付く! なんか悔しいし!」
「凛恋なら追い付くと思うぞ。ちゃんと敵の弱点を考えてるし、装備も敵に合わせて変えてるし」
俺がそう言うと、凛恋はニコッと笑って俺の頬をツンと突いた。
「当たり前よ! 私は凡人の一番弟子なんだから!」
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