「第7章 大人達はすぐに騙される」

「第7章 大人達はすぐに騙される」(1)

(1)

 菱田の運転する車は、カーナビ通りに進み、内田透の自宅前に来た。その間、倉澤は車に積んであるノートパソコンで、彼についての簡単な情報を本部にいる同僚にメールで送ってもらった。


 三人家族。両親は至って普通。


 父親の職業は会社員、出版関係に務めている。母親は専業主婦。子供が透一人で兄弟はいない。中学校までは公立校に通って、高校からの私立校へ通っている。


 問題らしい問題は一切ない。


 父親が県外へ転勤した事もない。


 内田家の正面を通り過ぎてから、横に曲がった細道で停止した。この辺りは実に住宅街らしく、買い物帰りの主婦やランドセルを背負った子供が歩いている。


 サイドブレーキを引いて、一息ついた菱田が倉澤に調査具合を尋ねる。


「どうですか?」


「どこにでもある平均的な家庭。問題らしい問題はデータからでは見えないな」


 ノートパソコンを開いたまま菱田に渡す。彼はそれを受け取り、文面を熱心に読んでいた。倉澤は細道から車が通らないかサイドミラーで確認する。


 先程、内田家を通り過ぎたのは理由がある。家の駐車場が空だったのだ。


 この時間帯で運転をしているのは、おそらく専業主婦をしている内田家母。


 夕食の買い物にでも行っているのだろう。時間帯的に先に内田透が在宅している可能性は高い。(無論、二人で車に乗った可能性も捨てきれない)


 なので、いきなり入る事はせずにまず、内田家の基本情報を覚える事から始めた。そしてその作業は、僅か五分弱で終了する。


 隣の菱田がパタンっとノートパソコンを閉じた。


「じゃ行くか」


「はい」


 倉澤と菱田は車を降りた。しばらく停車していたが、車の交通量は多くない。ココに駐車しても迷惑にはならないだろう。


 二人は、内田家の門の前に立つ。


 赤い屋根の一軒家。小規模の庭と車一台入れるのが精一杯の駐車場。まだ、内田家母が乗ったと思われる車が帰って来る様子はない。それを確認してから(帰って来られると一々説明が面倒である。警察として自殺と断定した以上、捜査は最低限で行いたい)倉澤がインターホンに手を伸ばす。


 その時だった。土を踏む音と共に少年の声が二人の耳に入った。


「ウチに何か?」


 振り返ると、そこにいたのは立林から貰った画像と同じ顔の男子生徒、内田透だった。先程の佐野と同じブレザーを着ている。


 内田の顔を見て、間違いないと確信した倉澤は、内ポケットから警察手帳を取り出す。横にいた菱田も彼に倣って同様に取り出した。


「H県警の倉澤と申します。突然の訪問、失礼しました」


「同じくH県警の菱田と申します。内田透さんですよね? 今日、学校で聞かれた自殺された森野詩織さんについて、お話を窺っても宜しいでしょうか?」


 倉澤と菱田は素早く用件を述べる。こういう時、相手に余計な思考時間を与えると厄介だと知っているからだ。


「内田透と言います。ええ勿論。僕で良かったら何でもお話しますよ。どうぞ、上がってください」


 礼儀正しく頭を下げて自己紹介する内田。彼の背丈は倉澤より少し低く、声色は幼かった。ただ、それはまだ十代の成長期だからで、自分の歳になる頃には、程良く成熟している事だろう。


 目上の大人に敬意を払える点で、きちんと社会性を兼ね備えている。だからこそ、倉澤は緊張感を彼に持たせ続ける為に自身の口調を緩めなかった。


「いえ。そこまでお時間を取らせるような事は致しません。そこに我々の車を停めてあります。出来れば車内でお話をお願いしたいのですが……」


「構いませんよ」


「ありがとうございます。どうぞ、こちらに停めてありますので」


 内田透を自分達の車へと誘導する。このまま内田家に上がっても、良い事はない。いつ内田家母が帰ってくるかも分からないからだ。


 何より慣れた自宅に入って、彼の緊張感を解かせる訳にはいかない。


 学校の応接室のような環境があれば尚の事良いが、現状は車内で充分だ。


 内田透を後部座席に座らせて、隣に倉澤。運転席には菱田が乗った。


「軽くこの辺りを走りながらでも?」


「僕もその方が助かります。こんな場所に停めていたら、母さんに見つかっちゃうので」


 こちら側の意図を理解しているかのように微笑みながら、内田はそう言った。


 高校生にしては、妙に達観している雰囲気が気に入らない。


 普通なら佐野のように警戒心を持つか、それを紛らわすように興奮しているかのどちらかだ。なのに内田は、まるで普段から乗り慣れた車でも乗っているかのように、落ち着いてシートに背中を預けている。


 その態度は決して虚勢ではない。その程度ならすぐに倉澤はすぐに見破れる。


 車は住宅街から駅へと目指して法定速度通りのスピードで走り出す。


 一つ目の信号で停車した際、倉澤が口火を切った。


「では早速ですが、森野詩織さんについて聞かせてもらいます」


「なんなりと」


 余裕の表情を決して崩さない内田。


「私達が知っている段階では、貴方と彼女はとても仲良しだったとか?」


「放課後によく勉強を教えてもらっていました。と言っても、最近ですけど」


「亡くなった森野詩織さんは、よく沢山の方に勉強を教えていました。でも貴方は、教えてもらう程成績は悪くない。最近教えてもらい始めたというのなら、その理由はなんでしょうか?」


 下手な小細工をせず、正面から切り込む。少しでも相手が動揺する表情を見せたら、儲けものだと思いながら。ところが、内田はそんな倉澤の狙いを知っているの上で弄んでいるように、顎に手を当てて呑気に唸っていた。


 まるで、今その理由を作っていますとでも言いたそうだ。何より緊張感を持たせて思考する余裕を奪おうとしているのに、一切彼には通じていない。


「まあ、成績が良いのは事実ですが、やはり年度が上がる毎に内容は難しくなっていきますよね? なので、自分より頭の良い人に教えてもらおうかと思いました。それが理由ですね」


「……本当に?」


 間を作って念を押す倉澤。


「ええ。本当です」


 しかしこれもまた、内田には一切通じなかった。


 倉澤は静かにため息を吐いて、口を閉じる。それを合図に車内は言葉が走らなくなり、沈黙が漂う。彼は、黙りながら頭の中で自分が高校生の時を考えていた。もう、化石化している記憶だが、どうにか掘り起こす。


 こういうタイプは当時周りにいたが、どう対処していたかまでは記憶がない。実に面倒だ。何にも出来ない癖に何でも出来ると思っている。


 まさに典型的なガキ。


 警察として、大人として、本気で対応すれば本心を暴き出すのは容易である。ただ、それをしてしまうと結果的に負けとなるのは、こちら側なのだ。


 

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