第416話:脳筋女騎士

1.



 しばらくしてからアスカロンの剣を再召喚したところ、思惑通り剣に新しい手紙が括り付けられていた。


「……この匂いと筆跡はウェンディだな」

「筆跡はともかく、匂いでわかるのは変態の域を超えてるニャ」


 ルルに冷めた目で言われる。


 匂いって結構わかりやすいと思うのだが。

 目隠しした上で魔力も感じられなくても匂いだけで全員判別できるぞ。多分。

 みんな違う香水使ってるし。

 なんならシャンプーだったりコンディショナーだったりもみんな違う。

 それはともかく。


 手紙にざっと目を通した知佳が呟く。


「とにかくあっちも無事で良かった」

「だな」


 あちらの世界に置いてきてしまったのは気がかりだったが、どうやら無事だったらしい。

 俺たちのように魔法無効空間に放り込まれた上での転移だったりしたら抗えないからな。


 手紙には異変に気づいたあとすぐに突入したが、既にもぬけの殻だったと言う。

 どうやらオーバーは逃げおおせているらしい。

 いや、オーバーではない誰か、か。

 魔力の質からして変容していたので、確実に誰かが操っている……いや、成り代わっていたとさえ言えるだろう。


 ともかく。

 あの後、元の世界へ戻り手がかりを探していたところに俺たちからの手紙が来たらしい。


 で、手紙からわかった情報としては。

 こちらの世界とあちらの世界での経過時間は一致していること。

 既に送った情報はアスカロンにも共有して協力してもらっていること。

 その後オーバーに成り代わった誰か――恐らくはセイランの手の者からの追撃はないこと。

 全員無事であること。


 が主なところだ。

 どうやら召喚術でのリンク関係なのか、少なくとも俺とスノウが生きていることはわかっていたらしいが、どこからも気配を感じないのでどこか別の世界へ飛ばされたか、隔離されているかのどちらかの可能性が高いと踏んで元々あれこれ探っていたらしい。


 で、アスカロンがこの世界を知っている可能性もあるのでこちらの世界の特徴を教えてくれということだった。


 特徴と言ってもな。

 この世界の魔力測定機? みたいなので知佳がC級と判断されたことからもこの世界の魔力的な水準はそれなりに高そうということと……

 あとダンジョンから強力なモンスターが溢れているとかなんとか。

 それと攻略済みのダンジョンは存在していないとも言っていた。

 アスカロンが『反対側』から攻略している可能性はあるが。


 まあその辺の役に立ちそうな情報は俺よりも圧倒的に適任である知佳に任せるとして。

 

「ウェンディたちに全部丸投げってわけにもいかないからな。知佳が手紙を書き終え次第、手分けしてこの世界の情報と帰る方法を探そう」



2.



 最寄りのダンジョンまでの道中、現れる魔物は全てソレイユが倒していった。

 俺も比較的魔法が使えるようになってきたとは言え、やっぱり精霊になるようなレベルの人間にはまだまだ及ばない。


 目視できたかと思えば、次の瞬間には急所を光のレーザーが撃ち抜いている。

 飛んでいく様子が見えることから光の魔法だから光速です、というわけではなさそうだが、雷の速度で魔法を放てるシトリーに次いで『速い』魔法なのではないだろうか。


 ちなみに馬車だったり竜車だったりは借りずに走っている。

 俺とソレイユだけだったら全速力で走った方が速いからな。

 というかソレイユ、身体能力もかなりのものだな。

 騎士というだけあって魔法だけでなく体も鍛えていたのだろう。

 俺も7割くらいの力で走っているのだが平然と走ってついてきている。

 

 そしてしばらくして、ダンジョンがある平原までやってきた。

 簡単な地図でしか確認できないが、ここで間違いないだろう。


 なにせ――


「主、空気が変わった。気をつけてくれ」


 怜悧な瞳で辺りを見渡すソレイユ。


「ああ、わかってる」


 俺も気配とかそういうのに関してはまだ未熟なので具体的には言えないのだが、明らかに空気感が変わった。

 ダンジョンから強力なモンスターが溢れ出ている――そうギルドの受付の人は言っていた。

 シエルやルルのいた世界でも同じ現象は起きていたとは言え、それとは比べ物にならない威圧感だ。


 恐らく、俺たちの世界で言えば真意層一歩手前か真意層そのものクラスのモンスターがその辺をうろついている。

 なるほど、魔力を見れば一級探索者と遜色ない知佳でも立ち入ることができないランクに格付けされるわけだ。


 この辺りのモンスターに危なげなく勝てるのはうちの身内だとダークエルフ姉妹のナディアやライラくらいからだろう。


 とは言え、それくらいなら俺たちの敵ではない。

 というかソレイユの敵ではない。


 溢れているのは一層目のモンスターだけなのか、スライムとかゴブリンとかそういうポピュラーなやつばっかだしな。


 今まで通りこちらに害を加えることができそうな範囲にいるモンスターは軒並み光のレーザーが撃ち抜いて行くので、俺は未だに一切戦っていない。

 

 人の気配もなさそうだ。

 ここのダンジョンだけなのか、この世界の特徴なのかはわからないがダンジョンを資源として見ているわけではないのだろうか。

 リスクとリターンが見合っていないのか?


 ダンジョンの入口はよくある洞窟っぽい見た目のものだ。

 平原にぽつんとある大岩に穴があいているパターン。

 大岩そのものの大きさは大したことないが、ここからダンジョンは地下へと続いていくわけだしそもそも中と外見の大きさが一致しないことなんて普通だ。


 どれだけの規模かはここからでは推し量れない。


「私が先に入ろう。しばらくして安全が確認できたら一旦戻ってくるから、主は待っていてくれ」


 と当然のように一人で先に入ろうとする。

 確かに外へモンスターが溢れるほどなので、入口の時点でモンスターハウスみたいになっている可能性はあるが……


「いいや、一緒に行こう。危険があるかもしれないならなおさらだ」


 と言って、俺は無理やり一緒に入った。

 ここ最近はウェンディたちも俺の実力を認めてくれてあまり過保護にならないようになってきたと思っていたが、まさかより過保護……というか俺を守るという意識の強い騎士が加わることになるとは。


 騎士として守ってほしいのではなく、共に戦うパートナー。

 その意識を持ってもらうのもまた時間がかかりそうだ。

 

 入った直後から、やはりというかなんというかモンスターハウスのようになっていた。

 とは言え、外に溢れていたやつらと同じスライムだったりゴブリンだったりと持っている魔力はともかく戦闘スタイル的には苦戦のしようがない連中。


 ソレイユが動こうとするのを、俺は手で軽く制する。

 

「そろそろ俺にもウォーミングアップさせてくれ」

「む……承知した」


 ソレイユは多少不満そうな顔をしながらも頷く。

 やっぱりどうにも俺が前に出て戦うことに抵抗があるようだ。

 決闘で俺の強さはわかってくれているはずではあるのだが、まあ理屈じゃないものもあるんだろうな。


 さて。

 俺もスマートに光線でピュンピュンやって瞬殺したいところだが、そういうのはもちろん使えない。

 なので、雑に大技で終わらせよう。


「ソレイユ、耳を塞いでくれ」

「?」


 不思議そうにはしつつも、経験則でどんなことをしようとしているのかはわかったのだろう。

 言われた通り耳を塞ぐソレイユ。

 騎士のかっこよさを持つ彼女がどこか子供らしいその仕草を見せるのはギャップ萌え的なものがあるが……

 ともかくとして。


 俺は自分の前でパンッ、と強めに両手を打ち合わせた。

 その『音』を魔力で増幅、拡散させる。


 ぶわっ、と強めの風が辺りを通り抜け、後には無数の魔石だけが残った。

 やっぱり結構でかめの魔石ばっかり残るな。

 真意層一歩手前の大きさくらいか。


「今のは音……いや、その衝撃を大きくしたものか」

「そういうこと。聴覚器官を持たないスライムごと一掃するにはこれが手っ取り早いかなって」


 もちろん他の魔法でも一掃できるが、実際のところ広範囲を殲滅した時に『自分を起点に無差別に広がっていくもの』をリソースにと考えると音は結構優秀なのだ。

 もちろん雑魚狩りにしか使えない程度の威力ではあるし、場所が広すぎると威力は激減する。

 こうやってダンジョンの入口でちょっと狭めかつ、相手が密集している時に使うくらいだな。


「なるほど、流石だな主は」

「流石だなって……これくらいならソレイユもできるだろ?」

「いいや、私はそういう器用なことはできない。光を<収束する>、<放つ>こと以外は苦手なのだ」

「え、そうなの?」

「うむ。だからそのようなことができる主は凄いと思う」

「そ、そうかな」


 まっすぐな目でそう言われて少し照れてしまう。

 スノウたちがみんなどんな魔法でもある程度は使える上に、それぞれの属性のプロフェッショナルだったからなんとなくソレイユもそうなんだと思っていたがそういうパターンもあるのか。

 言われてみればレーザーも光を集めて放つだけの単純(?)な運用方法だったし、決闘の時の攻撃も光を集めてそのまま殴りかかってきたようなものだ。

 

 ただそれだけでも強いのだから問題はないと思うが。

 結構脳筋なんだな、ソレイユ。

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