第408話:出会えて

1.



 同棲しているのにデートは現地集合って、知佳にしちゃちょっと非効率的だよなあ。

 なんて事を考えつつ俺は電車に揺られていた。

 

 しかしこうして見ると――

 ちょっと見ない間に流行りのファッションや流行りの音楽が移り変わっているのがよくわかるな。

 色々と忙しくてあんまりそういうのに触れてこなかったから、こうしてただ電車で移動しているだけでも新鮮な部分がある。


 そんなことを考えつつ上野駅で降りて、徒歩で5分ほど。

 上野公園に到着した。

 で、待ち合わせ場所は……


「お、いたいた。上野動物園なんて久しぶり……に……」

「どうしたの」


 公園の中を少し歩いて、上野動物園の東園表門前。

 そこが待ち合わせ場所だったのだが、そこには美少女がいた。


 いや美少女というか知佳なのだが。

 いつも美少女ではあるのだが。


 何がいつもと違うのかはすぐに気付いた。

 髪型だ。

 巻いてあるんだ。


 ただそれだけなのにいつもよりも可愛く見える。

 いやいつも可愛いのだが、ほら。

 なんか違うとドキッとするじゃん。

 そういうあれだ。


 パステルピンクのカーディガンの下には軽やかな白いブラウス、白い膝丈のフレアスカートがふんわりと揺れている。

 なんというか、普段とは違った印象を受ける。

 すごく可愛いとしか言いようがない。


 語彙力の貧弱さを恨むばかりだ。


「……いや、可愛くてびっくりしてた」


 なので素直にそう伝えることにした。


「そ」


 いつもの澄まし顔で知佳は頷いて手を差し出してくる。

 俺たちの身長差は優に30cmを超える……というか魔力の影響か単に親父の遺伝か、俺は今も若干身長伸びてるっぽいし、下手したら40cmくらい差があってもおかしくはない。

 つまり手を繋ぐのも俺はともかくとして知佳からしたらそれなりに大変なのだとは思う。

 それをいつだったかでかけた時に言ったら「それで言ったら身長差がなくても手を繋ぐのは非効率的でしょ」とぐうの音も出ない指摘をされてしまった。

 

 手は繋ぎたいから繋ぐというものらしい。

 あ、でも今日はヒール履いてるのか。

 なんかこう、今日はいつもと違う雰囲気を徹底してるな。


 使ってる香水も多分いつものと違う。

 バニラみたいな香りがいつもはするのだが、今日は……ヒヤシンスかなこれ。

 香水関係はフレアが結構拘っているので一通り知識を聞き流したことはあるのだが、あまり自信はないな。


 知佳がこちらを見上げる。

 う。

 やっぱり可愛い。

 というかそれで気づいたが、メイクの仕方もいつもとちょっと変えてるな。


「何から見る?」

「え? あ、ああ……上野に来たらとりあえずパンダじゃね?」


 いかん。

 知佳との会話なんてほとんど毎日しているはずなのに(ここ数日はなかったとは言え)なんかドギマギしてしまう。

 あ、こいつ。

 数日ぶりで俺がこうなることをわかってていつもとちょっと違う感じに仕上げてきたんだな。

 ……わかってても抗えないから気付いたところでなんの意味もないが。


 しかし平日とは言え流石に上野動物園。

 人が多い多い。

 家族連れからカップルまでわんさか人がいる。


 パンダはそれを意にも介さないで寝ているが。

 

「……パンダってなんで白黒なんだろ。目立ちそうなもんだけど」

「標高が高いところに住んでて、雪で擬態するからっていう説がある」

「へえ……パンダって寒いところに住んでるのか。なんか暖かい竹林の奥深くにいるイメージだったな」

「むしろ暑さには弱い」


 そうだったのか。

 多分普通に一般常識レベルの話なんだろうなこれは。

 

 しかしパンダって強そうだな。

 二級探索者でも苦戦しそうだ。

 

 それこそ動物モチーフのモンスターなんかもいるし、大抵それぞれ厄介な性質を持っていたりする。

 パンダモチーフは流石に見たことないが、熊とかはやはりそれなりに強いし。


 どれくらいまで身体強化の出力を抑えたらパンダと同じくらいの力で格闘できるかな……


「パンダと喧嘩しちゃ駄目だよ」

「す、するわけないだろ」

「そう?」

 

 こっちの考えを見透かしているようなタイミングでそんなことを言われる。

 ……敵わないな。


 その後もトラだったりゴリラだったりホッキョクグマだったりと強そうな動物を見つつ(合間にカワウソやフクロウがあるので全部強そうだったわけではないが)、ところどころで写真なんかを撮りながら軽く園内を一周ところでちょうど昼時になった。


 上野から浅草まで歩き、雷門の近くにあるうどん屋に入ってうどんを食べる。


「前に綾乃と来た」

「綾乃と?」

「会社の仕事で近くに来たことがあるから」

「へえ……そういや会社の仕事ってどんなのやってんの?」


 うどんを食べながら知佳がジト目でこちらを見る。


「社長の発言とは思えない」

「うっ」

「まあ悠真も悠真で忙しくしてたから仕方ないけど。お疲れ様」

「いや、俺は別に忙しくしてたとかじゃないけどな……」


 で、会社の仕事だが。

 どうやらダンジョン攻略のノウハウを他の攻略会社にレクチャーしたり、魔法や魔道具の取引だったり魔石関係の商談だったりをしているらしい。


 基本は綾乃かレイさんがやっているのだが、たまにそれに知佳が同行したりしているのだとか。

 俺の知らないところで妖精迷宮事務所は結構色んなことをしているようだ。


 にしても、綾乃と知佳が商談に来たら相手の会社の人も面食らうだろうな。

 どっちも美少女だからという意味ではなく、どっちも見た目が幼い寄りな上に女性だ。

 初見でナメた態度を取られたり……しても問題ないか。綾乃と知佳だし。

 二人の優秀さは俺がよく知っている。


「しかしこのうどん、美味いな」

「良かった。悠真と一緒に来たいと思ってたから」


 知佳が薄く微笑む。

 それにやはりガラにもなく――というか、本当に今更やっぱり知佳が可愛いということを認識させられる。

 なんか今日はやりにくいな。

 いややりにくくはないんだが。

 調子が狂うというか。

 いや悪くはないんだけど。


 昼食後は電車で移動し、お台場へ。

 そこで知佳のショッピングに付き合うことになった。


 いつだったかパソコンのパーツを一緒に買いに行ったこともあったなあ。

 会社の備品扱いで。

 今回は完全に知佳の私物だが。


「これどう思う?」

「……コースターってこんなすんの?」

「本革だから」

 

 4枚セットで8000円て。

 コップ置くだけなのに。

 

「でも値段聞いた後だとなんとなくお洒落に見えるな」

「単純」


 単純です。

 まだ金銭感覚に微妙に慣れないんだよな。


 数百万するダンジョングッズを安いと思ったかと思えば、数千円のちょっとしたものを高いと思ったり。

 仮に今どこかの企業から俺への指名が入ってダンジョン攻略を手伝いにいったりしたら時給換算で数百万円じゃきかないレベルなので、数千円を高いと思うのは明らかにおかしいのだが……


 まあ俺はこれくらいが身の丈にあっているんだろうな。


「これ買お。2枚は悠真にあげる」

「1枚2000円のコースターか……大事に使うわ」

「私からのプレゼントだから大事に使うんじゃなくて?」

「……それもそうだ」


 くそ。

 可愛すぎるだろこいつ。

 その後もあれこれ買ったり冷やかしたりして、夕方頃にスカイツリーへ登った。

 ちょうど夕日が沈む頃でかなりの絶景である。


「……綺麗だな」

「びっくりした。お前の方が綺麗だけど、とかくさいこと言い始めるのかと」

「い、言うわけないだろ」


 ちょっと言おうかなって思ってたけど。

 まあそもそも知佳は綺麗というよりは可愛いだし。


 ……この世界は綺麗だ。

 俺が守らなくては――


 ぱっと手が握られる。


「この後はご飯食べて、夜景を見に行くから」

「お、おう」


 知佳の手は小さかった。



2.



「今日のデートに点数をつけてみましょう」


 ベッドに二人並んで座って、少しおどけた様子で提案してくる知佳。

 やっぱり可愛いな。


「……文句のつけようもなく100点満点だけど、点数をつけられるのって普通嫌じゃないか?」

「満点の自信あったから別に」


 しれっと言うなあ。

 まあ実際満点だったけど。


 夕食をとって夜景を見て、そのまま帰ります……とはなるはずもなく。

 俺たちはカップルのデートが最終的に行き着くことがままある宿泊施設へ来ていた。


 で、まあそんな感じの雰囲気になるまでなんとなくだべっているのだが。

 

「楽しかったでしょ。デート」

「? ああ、もちろん」


 普通の、というところをやけに強調するな。

 別に普通じゃないデートなんてあんまりないような気もするが。


「普通に楽しんでいい。悠真は普通の人間だから」

「普通って……」


 ――ああ、そうか。

 普通ってのはそういう意味か。


 知佳とはなんだかんだ付き合いも長い。

 俺が何に思い悩んでいるのかもお見通しってわけか。


「……俺さ」

「うん」

「もっと上手くやらなきゃなんだよ」


 俺は魔力がべらぼうに多い。

 スノウたちやアスカロンですら比べ物にならない程に。

 自分が特別な存在だとは思わない。

 だが、ではある。

 俺が世界の命運を握っている。

 俺だけがなんとかできる。


 中国で起きたあの大災害は――


 俺なら。

 もっと上手くやれば。

 止められたはずなのだ。


「それは違う。私は悠真がどんな人間かを、知ってる」

「…………」

「頑張った。悠真はよく頑張ってる」 


 小さい手が俺の頭の上に置かれる。

 そしてそのままぽんぽんと撫でられた。


「力には責任が伴う。それは悠真の強さの上に、否応なくのしかかる」

「……ああ」

「それでもと何も変わらないで、自分以外の誰かの為に頑張れる悠真が私は好き」

「……ああ」

「でもたまにはこうやって甘えて」

「わかったよ」

「泣かないの」

「泣いてねえよ」



 ああ、そうか。

 俺は本当に――

 知佳と出会えて良かったんだな。

 

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