第386話:魔導砲

-1.


 

 これと言った目的があるわけではない。

 ただ4年の間言い訳をするように、申し開きをするように、誤魔化すように大学へ通えばそれで良い。

 高校を卒業して働くと言った時、親代わりとなってくれた祖父母には猛反対された。


 別に二人に申し訳ないから、という理由で働こうと思ったわけではない。

 何もやりたいことがなかったからだ。

 何でも良かった。


 ただなんとなく金を稼いで、なんとなく生きて、なんとなく死んで。

 そんな人生で良かった。

 

 だがとにかく大学へは行っておけと言われたので東京の大学を受験した。


 何故東京にしたのかと言えば、ダンジョン管理局の本部が近いからだ。

 学生期間中にあと何回かダンジョン管理局の試験を受けて、それでも駄目だったら諦めればいい。

 

 卒業したら愛知で就職して、せめて祖父母が死ぬまでは恩返しをして――

 それから先は、それから先になった時考えよう。


 

 特に拘りなんてないので適当に取った、楽に単位が取れそうなよくわからない授業が始まるのを待っていると教室の真ん中の方で騒がしい連中がいるのが視界に入った。



「悪いけど、僕はそういうの話はしたくないんだ」

「はーっ!? イケメンはいいなぁオイ! オレごときの悩みなんざ聞く価値もねぇーってか!」

「いや、そうじゃなくて次元っていうのは……」



 坊主頭の強面と黒髪のイケメンがなにやら言い争っている。

 本気で言い争っているというよりはなんか小競り合いみたいなものにしか見えないので、詰め寄られている(?)イケメンを助ける必要もないだろう。


 ああいった手合とは一生関わることがないんだろうな。

 別に嫌悪感があるとかではなく、シンプルに合わなそうって感じ。

 そういうメンタリティではないのだ。


 俺は溜め息をついて前の方を向く。



「……うおっ」

 

 ――と。

 そこに日本人形がいた。


 いや、人形ではない。

 一瞬造り物かと思うくらい無表情かつ整った顔の、黒髪ショートな小さな女の子。


 じぃっとまるで心の内まで見透かすように、眠そうな目をこちらに向けている。


 いや、大学にいる以上は同年代か上かのどちらかではあると思うのだが。

 ぱっと見だと中学生くらいにしか見えない。


 彼女の名は永見知佳。

 大学へ入学した当日から、妙に絡んでくる子だ。

 何故か俺と取っている授業がほとんど被っている。

 趣味が合いそうな感じには思えないのだが……

 

「…………」


 ちらりと後ろを見る。

 しかしながら俺の裏には誰もいない。

 つまり、消去法で永見は俺に用があるということになる。


「あー……何の用だ? もしかしてこの席に座りたいとか?」


 窓際かつ教室の隅。

 大学生活で誰かと仲良くなったりする予定もないので、極力目立たない位置に座りたかったのだが。

 別にここでなくとも、一つ前に座るとかで全然俺としては構わないし。


「…………」


 永見は俺の問いかけに答えることなく、こちらのことをしばらくじっと眺めていると不意に呟いた。


「元気?」

「あ、ああ……元気だけど」

「そう。それは良かった」


 そう言った永見は、そのままてくてくとどこかへ歩いていく。


 なんて思っていると、長机を迂回してこちらへそのままやってくる。

 そして永見はなんの躊躇いも見せず、隣にちょんと座った。


「…………」

「隣、空いてなかった?」

「いや、んなことはないけど……」


 いつも思うんだが、何故永見はわざわざ隣に来るのだろう。

 あれだろうか。

 席とかが穴ぼこに空いていると気になるタイプだろうか。


 それにしたって隣に座る理由になるか?

 何日か前に会ったばかりのの隣に。



「隣に座られるのが嫌なら退く」

「……いや、別に嫌じゃないけど……」


 なんというか、気恥ずかしい。

 だってこいつ、普通に美少女だし。


 もしかしたら永見は俺のことを好きなんじゃ? とか勘違いしそうになるが、普通に考えてあり得ない。

 なにせ俺は彼女に何かをした覚えが全くない。

 

 気まぐれか、何か狙いがあるのか。


 いずれにせよ――

 悪い気はしない。


 何故かそう思っていた。

 



1.


 

 

「……なんちゅー馬鹿力だよ、ほんと」


 ちょっと頭がクラクラする。

 走馬灯みたいなものが見えた気がするのは、知佳と出会う前の自分を少し思い出したからだろうか。


 周りの瓦礫をのけて立ち上がる。

 フレアに念話を飛ばし、無事を伝えておく。


 多分意識が飛んでいたのはほんの一瞬だ。

 

 ベリアルが聖王に施したかのような変化を自ら起こした虚無僧。

 奴の変化に驚いている間に、一発入れられたのだ。


 それで脳が揺れてしまったのだろう。

 こればっかりは防御力とか関係ないからなあ。


 

「――ァ――ェ――ァ――」


 言葉のような何かを発しながらゆらゆらとこちらへ近づいてくる虚無僧――だったもの。 

 朽ちた悪魔とでも言おうか。


「……仕方ないか」


 得られた情報は無いようなものだが、これ以上粘ったところで意味はない。

 遅かれ早かれ殺すつもりではあったのだ。


 もう終わりにしよう。


 アスカロンの剣を手元に召喚する。

 消滅魔法ホワイト・ゼロを使うかどうか迷ったが、この程度の相手に切り札を使うまでもないだろう。



「来いよ」


 見た目に見合わぬ敏捷性。

 そして見た目以上のパワー。

 それがわかっている上で、俺は構えも取らずに挑発した。


 自我がなくなるみたいなことを言っていたが、あの状態ではより本能的になるのだろうか。

 一見無防備に見える俺に向かって、奴は高速で突進してきた。


 振り上げた腕――


 を、斬り落とす。

 

 痛みは感じないのか、そのまま振り下ろされたそれは避けるまでもなく。

 バランスを崩した肉塊の首へ蹴りを入れて地面に叩きつける。


 間髪入れずに、そのまま首を切断した。

 しかし、それでも奴は止まらない。


 頭部を失ったというのにまるで怯んだ様子もなく、そのまま奴は起き上がった。

 

 どこが動力源だよ、こいつ。

 なら――


「これでどうだ!」


 魔弾をぶちこむ。

 一発ではなく、大量に。


 連続で轟く爆発音と地響き。

 奴の体のほとんどが消し飛んでいた。


 しかしよく見ると、失った頭部を含め再生するような兆しを見せている。

 再生するやつの倒し方ってのは跡形もなく消し飛ばすことだと相場が決まっている。


 消滅魔法ホワイト・ゼロは必要ない。

 両手を合わせて魔力を練り上げる。



「――魔導砲!!」


 魔力の奔流が奴の体を飲み込む。

 地面を抉り、壁を穿ち、周囲を吹き飛ばす。


 少し執拗にも思えるほど長いその魔力の奔流は――


 跡形もなく、奴を消し去ったのだった。

 いや、跡形もなくとは言えないか。


 魔石が残っているからな。

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