第376話:9択問題

1.


 100メートル程度だろうか。

 周囲が全く見えない程の暗い中、スノウが使う魔法の灯りを頼りにしながら風でゆっくり降りていった。


 本来、ダンジョン内は光源がなくともそれなりの明るさを保っている。

 それはとしか解明されていないのだが、ダンジョン特性によってはその明るさが作用しないこともあるのだ。

 

 簡単に言えば、敢えて暗くしている場合があるということ。

 特に意味もなかったり、あったり。

 様々なパターンがあるがこの場合はどちらだろうか。


 なんてことを考えていると、ティナがなにかに気付いた。



「ウェンディさん、スノウ、モンスターがいる!」

「スノウ、やれますね?」

「当然でしょ、ウェンディお姉ちゃん。ミンシヤ、鈴鈴、なるべく悠真の裏にいなさい」


 直後、風を切るような音と共に3匹の大きな鳥――プテラノドンっぽいやつが超スピードで突っ込んできた。

 体の各所が魔石化しているのはで見たモンスター達と同じだが、感じる魔力は段違いだ。


 他ダンジョンで言えば余裕で真意層相当だぞ。

 しかし、ボスですらない普通のモンスター相手にスノウが苦戦するはずもなく。


 スノウがぱっと右の掌を開くと俺たちに辿り着く前にプテラノドン(仮)3匹は空中で凍って、慣性の法則などまるで無視したかのようにその場で静止した。

 開いた掌をぐっと握ると、今度はまるで強い力に圧し潰されたかのようにその場で砕け散って魔石だけが残る。


「……何が起こったネ?」

「鳥……? みたいなのが飛んできたのは見えたけど……」


 どうやら今のは鈴鈴とミンシヤでは捉えきれないほどの速度だったようだ。

 そうなると当然ティナにも見えてはいなかったのだろう。

 赤いオーラが接近してきているのだけ分かった、みたいな感じかな。


 しかし、鈴鈴はともかくミンシヤでもちゃんと見えなかったのはちょっとやばいな。

 既にこの段階で出るモンスターの強さが、少なくともスキルなしのミンシヤでは簡単には倒せないレベルに達しているということだ。


 降下速度を少し下げつつ、突っ込んでくるプテラノドンたちを処理しながら更に50メートル程下って行くと。

 ようやく地面が見えた。

 

 地面に降り立つまでの間にも更に2匹のプテラノドンを倒し、ようやく降り立つ。

 ざっと……200メートル以上は降りたと思う。


 プテラノドンがあの強さだったということは、今の穴は十中八九階層をぶち抜いているタイプの罠だったのだろう。

 俺が落ちたダンジョンも似たような感じだった。

 まあ、あれは罠とかではなく単にダンジョン生成時の事故みたいなものなのだが。


 

 降り立った先は上とさほど変化のない炭鉱風のダンジョン。

 ……ではあるのだが。

 通路の広さなんかは10倍くらいになっているし、何より……



「凄い数のモンスター……!」

「……だな。俺でもわかるぞ、これは流石に」


 ティナの顔が青ざめている。

 俺が感知できる範囲だけでも通常の3倍くらい湧いているように感じる。


 しかも、感じる魔力からして真意層相当。

 新宿ダンジョンで言えば真意層3層目から4層目くらいと言ったところだろうか。


 このレベルになると、まともに戦えるのは最低でも未菜さんやローラクラスになってくる。

 平たく言えばミンシヤはともかく、鈴鈴でも足手まといだ。


「……どうする? 一度引き返すか?」

「問題はないでしょう。マスターが三人の守りに専念していただければ、私たち二人で殲滅します」

「じゃあそれで行こう」


 魔石粒子は鈴鈴がとりあえず吸うことになった。

 別に誰でも良かったので、普通に順番通り。


 鈴鈴やミンシヤのスキルは強力だ。

 今ここで強化しておくことで何かが有益に働く可能性だって十分ある。


 ちなみに守りに優れているスノウが防衛側に回らない理由は単に俺が広範囲の敵を殲滅しつつ自分たちに影響を及ぼさない、という器用なことができないから。


 やっぱり魔法関係の器用さで言うとまだまだ及ばないんだよな。

 スノウの力は防御に寄っている。

 なので瞬間火力では流石に今の俺の方が上だとは思うのだが……


 魔法は威力の強さよりもそれで何ができるか、の方が重要だからな。

 

 先へ進む。

 俺たちが会う前にモンスターが殲滅されているお陰で全く感じないが、明らかに難易度は跳ね上がっている。

 

 なにせ出てくる魔石がもはや弱めのボスが落とすそれよりちょっと小さいってくらいだ。

 ここでこんなサクサクモンスターを狩れるようになると億万長者どころの騒ぎじゃないな。


 これ、管理局買い取ってくれるかなあ。

 いや、中国政府に売りつければいいのか。

 ていうかここで手に入れた魔石の権利ってどうなってんだろ。

 後で綾乃に詳しく聞いておくか。



 しばらく歩いていると、別れ道に遭遇した。

 それも、ただの別れ道ではない。



「……おいおい」


 ざっと数えてみると、9パターン。

 別れ道が存在するのだ。


 面倒なんてもんじゃないぞ。


「ティナ、どうだ?」

「うーん……ここか、ここか、ここ……だと思う」


 左から2番目、5番目、6番目を順番に指差すティナ。

 

「3つか」

「うん……ごめんね、もっとちゃんとわかればいいんだけど……」

「いや、十分すぎるくらいだ。なんせ3分の1だからな。凄いじゃないか。大助かりだよ」

「う、うん」


 ティナが顔を赤くして俯く。

 鈴鈴がこそこそっとスノウの方へ近寄って、小声で「……あんたらを見てやっぱり違うと思たアルけど、もしかしてゆうまってロリコン?」とか聞いている。

 違うわ。

 どうせ知佳と綾乃を見てそう思ったんだろうけど。


「……さて、どうする? 3択はどうすればいいかなんて履修してないぞ」

「どうするも何も、一つずつ試すしかないわね。最悪5番目と6番目は違っても横に壁をぶち抜くって手もあるし」

「それは流石に強引すぎないか……?」


 でもまあその手もありっちゃありか。

 となると、最初に行くのは……


 左から2番目、かな。




2.



「……マジか」


 左から2番目を選んだ俺たちを待っていたのは、30分程かけて元の場所へ戻るというまさかのループだった。

 似たような光景だという可能性も考えたが、ウェンディとミンシヤが全く同じだと断言したのでそれを信じている形である。


「この手のダンジョンではありがちなやつよ。面倒ったらありゃしない」

 

 スノウが小さな礫を作り出したかと思うと、左から2番目の通路に向かってそれを高速で打ち出した。

 何をしているのだろう、と思ったがその答えはしばらくしてスノウが自分で呟いた。


「戻ってくる様子はないわね。どこかで空間がねじまがってるような感じかしら」

「空間がねえ……残りの2つはどうする?」

「……彼女鈴鈴のスキルなら、まずループしているかどうかを確かめることができるのではないでしょうか」


 ウェンディの提案に鈴鈴が目を丸くする。


「へ? 鈴鈴アルか?」

「ああ、空間的に密閉されてなければそこを繋げることができるんだっけ? だとしたら残りの2つがここに繋がってるかも確かめられそうだな」

「わかったヨ、人使いが荒いネ……」


 そう言って鈴鈴は左から5番目の方へ両腕を向ける。

 体の前でハートマークを作るみたいな感じで三角形を作っているが、気功○でも撃つつもりか?


「んー……ここは繋がってるヨ」

「おお」

「……こっちは多分繋がってないネ」

「おお……」

「何アルか、その反応」

「いや、まともに役に立ったなと」

「失礼アル!!」


 結果、左から6番目の通路が選ばれることになった。

 こんなのがこれから先たくさんあるんだとしたら大変だな。


 殺意の高すぎる罠と言い、この複雑な別れ道と言い。

 モンスターの強さもそうだし、粒子化した魔石なんてのもそうだ。

 

 明らかに普通のダンジョンに比べて難易度が高い。

 ……かと言ってキーダンジョンかと言われると、アスカロンから聞いていた程の難易度には感じない。


 とは言え、何かがあるのは間違いないのだろう。

 この先すぐなのか、もっと先なのかはわからないけどな。

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