第375話:殺意の高い罠

 粒子ダンジョン、第4層。

 

 ティナのスキルは既に広範囲探索が可能になっているということもあるのでここではミンシヤがスキル強化を行った。


 本当にそうなのかどうかはともかく、大抵のゲームではレベル3から4に上げるよりもレベル1から2に上げる方が必要経験値量が少ないだろう?

 その理屈で、これ以上ティナのスキルレベルを上げるのは効率が悪い可能性があるのでミンシヤに強化してもらうことにしたのだ。


 実際、俺たちのスキルは最近ではもうあまり変化が見られないからな。

 多分一番スキルを鍛えているのは未菜さんだが、彼女も似たようなことを言っていたし。


 直ちに何かが変化したような自覚はないらしい。

 次に強化が必要になったら鈴鈴が使う予定だ。


 この二人のスキルは普通にどちらも強力だからな。

 


「……あれ、ちょっと待って」



 ティナが立ち止まる。

 炭鉱型のダンジョンにありがちな別れ道だ。

 2択ではあるのだが、基本的に俺たちはこの2択を外すことがない。


 この手の2択は、外れると大抵の場合は罠にかかる。

 まあ基本的にはモンスター部屋だな。

 たちの悪いのだと、ちょっとした落とし穴があって周りにモンスターが配置されていて……みたいなその層が適正の探索者だともうほぼ確実に死んでしまうようなものもある。


 だが、ティナはモンスターの位置を探ることができるのでその手のモンスターボックスは回避できるのだ。

 それに合わせてウェンディの風による物理感知もあるので、言ってしまえば俺たちはほぼ無敵である。


 だが、そのティナが立ち止まった。

 戸惑ったような顔でウェンディの方を見る。


「マスター、この先はどちらも行き止まりになっています」

「どっちも?」

「しかも、どっちも凄くたくさんのモンスターがいるんだよね」


 ウェンディとティナによる報告は、つまるところこの2択は両方が罠である可能性を示唆していた。

 だが、そんなことがあり得るのか?


 ちょっと考えてから、俺は壁をちょっと探ってみる。

 ティナはそんな俺を不思議そうに俺を見る。


「どうしたの?」

「壁になにかしらのギミックが仕込んである場合もあるんだよ。この手のシンプルなダンジョンは特に」


 俺の場合は全くの偶然だが、それでスキルブックを手に入れ――

 スノウと出会ったのだから。


 それを俺の記憶を読むことで知っているスノウは、ふん、と鼻を鳴らす。

 どういう感情なのかまではわからないが。

 まあ照れ隠しが近いんだろうな。


 で、俺たち総出で壁を探った結果。

 

「結局何もないアル」

「べ、別に確実に何かがあるって言ったわけじゃねーし」


 しかし、この2択直前の壁に答えがあるわけではないということは……

 それこそ左右の2択どちらかが正解ということになる。


 あるいはここまで来る前に道を間違えているパターンだが……

 まあその可能性は考えなくても良いだろう。


「どっちにするべきだと思う? スノウ、ウェンディ」

「こういう時は右が良いって言ったのはあんたでしょ」

「……厳密には漫画で読んだ知識だけどな」


 また懐かしいことを持ち出してくるな。

 そういや、最近例のあの漫画が再開しそうかも、みたいな感じで界隈がざわついていたな。

 早く続きが読みたいもんだ。


「私はマスターの決定に従います」

「なるほど……ミンシヤと鈴鈴はどう思う?」


 ウェンディがそう答えるということは、普通にどちらが正解かわからないのだろう。

 わかっていれば助言してくるからな。

 

「僕はこういう時、なんとなく左を選んでる……かも」

「鈴鈴は断然右ネ。初めて読んだ日本の漫画で学んだヨ」


 お前も知ってるんかい。

 いや、鈴鈴の場合は喋り方からして多分日本のカルチャーに触れているんだろうなとは思っていたが。

 余談だが、親父は自分がいなくなってから10巻分も進んでいないことを知って割とショックを受けていた。

 完結までは行かないでももうちょっと進んでると思ってた、とのことである。

 

「ティナは?」

「うーん……どっちでもいいんじゃないかな? もし間違えてても引き返せばいいし」


 という身も蓋もないがある意味最適解を出したティナの意見により、とりあえず先に右へ進んでみることにした。

 こういう場合は答えは沈黙ってわけにもいかないからな。

 黙ってりゃ別の道が開くこともない。


 

 しばらく歩いて行くと、ボス部屋を彷彿とさせるような広い空間に出た。

 感覚的には東京ドームくらいかな。

 だが――


「ボスの気配は感じないわね」


 スノウの言葉にウェンディも頷く。

 どうやらティナの感知にも引っかからないようだ。


 てことは、十中八九罠だろう。

 

「ティナ、念のため手を」

「う、うん」


 ロサンゼルスの時を思い出すな。

 あの時は為す術もなくスーツマンにやられたが、今ならティナと手を繋いだままでも俺が勝つだろう。

 圧勝……するかどうかは、当時の力量差が離れすぎていてちょっと判断できないが。


 どのみち魔力の糸で常に俺たちは触れていることになっているので、突然の転移でてんやわんやということはないのだが。

 

「さて、どうなるかな……お?」


 モンスターが湧き始めた。

 その場で湧いたのを見たのは初めてかも――と思ったが。


 多分これ、湧いたんじゃなくて別のところから転移してきたんだな。

 なんかそんな気がする。


「とりあえず凍らせるわよ」


 と宣言する前に既に湧くたびにスノウが凍らせていっている。

 ゴブリンだのオークだのオーガだの色々いる上になんか一回りずつくらい大きいような気もするが、まあ容赦のしないスノウ相手に何か抵抗できるわけもなく。


 で、しばらくモンスターは湧き続け――

 20体、30体、50体、100体……


「……ちょっと湧きすぎじゃないか?」

「このトラップ、殺意高すぎネ。これ普通だったら10回は死んでるヨ」


 どんどん増えていく氷像をウェンディが刻んで処理し始める。

 かき氷だ。

 全然美味しそうには見えないが。


 綺麗な光景ではある。


「キリが無いわね。侵入者が死ぬまで続くタイプのやつかしら」

「……そんなのあるのか?」

「まあ、リソースには間違いなくキリがあるはずよ」


 ――で。

 しばらくちょっと過激なダイヤモンドダストを楽しんでいると、やがてモンスターが湧かなくなった。


 大量に落ちているそれなりのサイズの魔石をウェンディが風で集めて保管する。

 

「……こういうのは切り抜けたら大体次への道が開けたりするもんだと思ったけど、何もないのか?」


 手を繋いでいたティナがちょっとだけ俺の手を引きつつ、


「じゃあ、一旦戻ってもう一つの方の道に行――」


 

 その瞬間。

 足場がした。


 東京ドーム1つ分の床が一瞬で。

 普通ならあり得ない光景だ。


 だが、ダンジョンならそれがあり得る。


「――――!!」


 ティナが声にならない声をあげて俺に抱きついてくる。

 しかし。


 俺たちが重力に従って落下することはなかった。


「……先にウェンディに来てもらっておいて良かったな」


 風による浮遊。

 もはや普通にやっていることなので驚きもないのだが、これはこれでかなりの高等技術なのだ。

 

「大丈夫か?」

「だっ、大丈夫……!」

 

 ティナもウェンディの風で飛んだことはあるので、状況をすぐに把握したのだろう。

 俺からぱっと離れて顔が真っ赤になっている。

 まあ、取り乱したところを見られるのは恥ずかしいよな。


 で、下は……


「……見えないな」


 どうやらかなり深いようだ。

 モンスターの湧き方と言い、この落とし穴もとい落とし床と言い。

 本当に殺しに来てるな、この罠。


 どうしたもんか。


「マスター、私が先に見てきます」

「いや、行くなら一緒にだ……ティナ、モンスターの気配は?」

「……ううん、下には見えない。範囲外なのか、本当にいないのかはわかんないけど……」


 ……とりあえず行くしかないか。

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