第246話:竜魔人

1.



「疲れた……」

「やんっ」

「!?」


 部屋に入るなりベッドにダイブすると、そのベッドの中から悩ましげな声が聞こえた。

 慌てて立ち上がって毛布を剥ぎ取るとそこにはフレアがいた。


「お兄さま、お帰りなさいませ」


 にっこりと笑いながら悪びれもせずに言う。


「お帰りなさいませ、じゃなくて俺のいない間に部屋に潜伏するのはやめろって。心臓に悪すぎる」

「今日は疲れて帰ってくると思いまして。癒やしてさしあげようと思ってお待ちしていたんです。ベッドは暖めておきました! 人肌で!」

「まあ、疲れてるのは事実だけどさ……」


 魔法を教える為に探索者たちの前に出たのはいいのだが、変に注目を浴びすぎてもはや魔法を教えるどころの騒ぎではなかったのだ。

 途中、未菜さんが「2、3人斬れば大人しくなるか……?」なんて呟いていたがあれは半分本気の目だった。


 どうやら、既に魔力を持っていて魔法を使えるラインに立っている探索者たちにとって、魔法を使いながらダンジョンの強いモンスターと渡り合っている俺という存在はかなりの羨望の的になるらしい。


 結局一番簡単な魔法――人差し指に火を灯す、灯火トーチもろくに教えられなかったので次から呼ばれることはないとは思うが。


「さあさ、癒やしてあげますお兄さま。フレアはそろそろ我慢ができな――」


 ズドンッ、と壁を強く叩いたような音と、それに次ぐガラガラという破壊音が家中に響き渡った。

 フレアの表情がすぐに真剣なものに切り替わり、


「お兄さまっ」

「ああ、今の音……」


 ダンジョンから連れ帰った、角っ娘がいる部屋の方から聞こえたものだ。

 何かあったのか?


 慌ててその部屋へ向かうと、吹き飛んだ扉が向かいの壁にめり込んでいた。

 それを見てきょとんと首を傾げる、2本の角が生えた、プラチナブロンドの長い髪を持つ少女。


 目を覚ましたのか。

 で……あの扉を吹き飛ばした?


「……お兄さま、下がってください」

「いや、あの感じ、敵意はないと思うけど……なあ君、俺の言葉はわかるか?」


 声をかけられた少女はじっとその灰色の瞳で俺を見る。

 そしてこくりと頷いた。

 ど、どうやら言葉はわかるらしい。


「ええと……どこからどこまで覚えてる?」

「……?」


 今度は首を傾げられた。

 こりゃ時間がかかりそうだ。



2.



「……?」


 俺、フレア、シトリー、そしてレイさん。

 知佳は天鳥さんのところに行っていて、綾乃はそれの付き添い。

 スノウとウェンディ、アンジェさんたちはダンジョン探索へ行っている。


 シエルとルルは例のごとくセーナルの屋敷だ。

 

 なのでこの四人で対応することになったのだが、この何も知らなさそうな少女に何から聞けば良いものか。


「あー……とりあえず、俺のことはわかるか? あと、このお姉さんと……猫っぽい奴」


 ふるふる。

 首を横に振る少女。


 レイさんとルルはともかく、直接戦った俺のことも覚えていない。

 となると……


「ダンジョンのことはどうだ?」

「……ダンジョン?」


 首を傾げられた。

 というか、喋れるんだな。

 

「……名前は? なんて名前なんだ?」

「……フゥは、フゥなの」

「フゥ? それが君の名前か?」


 こくり。

 頷いた。

 なるほど、フゥか。


「じゃあ、フゥ。お前は元々ドラゴンだったんだが……それは覚えてるか?」

「ドラゴン……?」

「レイさん、極龍の姿って出せるか?」

「はい。……こちらになります」


 レイさんがスマホを少し操作して、極龍が映っているシーンで一時停止してフゥに見せる。


「これ、フゥじゃないの……知らないの」

「自分が大人の姿になってたことに対しての心当たりは?」

「……フゥは大人じゃないの」


 見ればわかる。

 いや、しかし確かにダンジョンで最初に見た時は大人の姿だったのだ。


 んー……

 この調子じゃ何も覚えてなさそうだな。


「……お兄さま、この子、どうするのです?」

「……お兄ちゃんなの?」


 フゥは俺を見て不思議そうに言う。


「でもあまり似てないの」

「お兄さまはお兄さまではありませんが、お兄さまなのですよ、フゥさん」


 よくわからないことをドヤ顔でフゥに教え込むフレア。


「……おにーちゃん……おねーちゃん?」

「はっ……!」


 フレアが衝撃を受けたように体を震わせた。


「お、お兄さま……この子、飼いましょう!」

「いや飼うはよせ飼うは。どのみち、こんな状態の子をほっぽり出すわけにもいかないしなあ……」

「ふ、フゥちゃん、お姉ちゃんのこともお姉ちゃんって呼んでいいのよ? シトリーお姉ちゃんって呼んでみて?」

「しとりーおねーちゃん」

「はあっ、かわいい!」


 シトリーがフゥを抱きしめた。

 そうだ、こいつ可愛いものに目がないんだ。

 そしてその属性は少なからず妹であるフレアにも受け継がれているのかもしれない。


「ああ、お嬢様方……」


 更に、フレアとシトリーがフゥに対してデレデレしているのを見て何故かレイさんが恍惚とした表情を浮かべながら写真を撮っていた。 


 スマホで。

 連射機能を使って。


 お、俺だけがこの謎の世界観の勢いについていけていない。

 何が起きているんだ。


 スノウとウェンディがいないだけでこうもツッコミ不足の空間が生まれるなんて思ってもいなかった。


「あーとりあえず落ち着けお前ら。フゥ、お前親はいないのか?」

「……わからないの」


 しょぼんとした様子でフゥが言った。

 ……あ、今ちょっとだけフレアとシトリーの気持ちがわかったかもしれない。


 これはあれだ。

 庇護欲ってやつだ。

  

 フゥがあの極龍だったのは恐らくほぼ確定なわけで、だとしたら護られるような対象でないことも確かなのだが。


 ……いや、待てよ。


「フゥ、なんでお前ほとんど魔力がないんだ?」

「……?」


 きょとんとした様子のフゥ。

 

「シトリー、フレア。この子、ほとんど魔力ないよな?」

「言われてみれば……」

「……この世界の人たちより無いくらいですね?」


 この世界の人間は基本的に魔力がしていない。

 ダンジョンに入ることがトリガーとなり、魔力が表に出てくるのだ。


 そしてそのした人たちの中でも当然平均値というものはある程度出てくる。

 知佳や綾乃も、俺と触れ合うまでは並の魔力だった。


 しかしフゥは、この世界のにすら届かない魔力量なのだ。


 俺に怪我をさせる程の圧倒的な強さを誇っていた極龍が。

 

「……まさか子どもの姿になったのと何か関係あるのか?」


 これはあれだな。

 に話を聞くしかないな。



3.



「ふぅむ、確かに魔力はほとんど感じないのう。じゃが、それと大人の姿だの子どもの姿だのが関係あるかはわからん」

「……おばーちゃん?」


 まじまじとフゥの顔を見るシエルのことを指差して、とんでもないことを言い出したフゥ。

 シエルのこめかみにビキッと青筋が立っている。


「……わしもおねーちゃんと呼んで良いぞ。特別じゃ」

「わかったの。しえるおねーちゃん」

「うむ、それでいい」


「命知らずなガキだニャあ……」

「絶対お前の言えたことじゃないからな」

「ニャーんのことかニャ」


 定期的にシエルのことをババアと呼んで折檻されているくせに。


「じゃが……悠真、ちょいと手を貸せ」

「なんだ?」

「じゃから、


 シエルがこちらに手を差し出してきた。

 

「ああ、手を貸せって物理的な話ね」


 何気なく右手を差し出すと、そのままその右手をフゥの元へ誘導した。


「よしフゥ、この手を思い切り握るのじゃ」

「わかったの」

「あいででででで!?」


 バッと離れると手がぷるぷる震えていた。

 お、折れるかと思ったぞ。

 ていうか、俺じゃなかったらバキバキになってるわ。


「な、何しやがる!?」

「これでわかったじゃろ。この娘、魔力がなくとも馬鹿力じゃ。この角と言い、そもそも人とは異なる種族なのじゃろうな。状況から察するに竜人……いや、どちらかと言えば竜魔人の特徴に酷似しておる」

「……竜魔人?」


 なんだそりゃ。

 とにかく竜人よりも強そうだな、ということくらいはわかるが。


「遥か昔に絶滅しているはずの種族じゃが――ドラゴンの角が生えている上に、素の身体能力が獣人以上じゃという事実。そうとしか考えられん。魔王がドラゴンを改良して、人工的に作った種族じゃ」


 魔王が、人工的に――

 ズキズキと痛む手からフゥへ視線を移すと、当のフゥは首を傾げるだけだった。

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