第105話:女子高生

1.


 実はここ二ヶ月ほど、日課として俺は体を鍛えている。

 元々、昔やっていたのだがここ二、三年はずっとやっていなかったからだ。


 ダンジョンへ潜るようになり、魔力で身体能力が強化されているとは言えやはり鍛えている人間とそうでない人間のというのは大きく異なる。

 まあ、これはシトリーの受け売りなのだが。

 

 流石にダンジョン管理局に入りたくて色々無茶していた昔ほどは自分を追い詰めるつもりはないが(今考えれば、オーバートレーニングで寿命を縮めていたようなものだ)、とりあえず体脂肪率を一桁台まで持っていくのが当面の目標である。

 この間計ったら14%くらいあったからな。


 魔力による強化を意図的に抑えてのトレーニングなので、普段は楽にできることでもそれなりに苦労する。

 ちょっと前まではこの状態が普通だったはずなのに、慣れとは怖いものだな。


 あれこれトレーニング器具の置いてある空き部屋から出てくると、リビングには誰もいなかった。

 多分それぞれ自分の部屋で思い思いのことをしているのだろう。

 ちらりと時計を見ると昼の2時頃だった。


 今日は土曜日である。

 我が社は(多分)完全週休二日なので土日は休みなのだ。


「シャワー浴びて、おやつでも買ってくるか」


 体脂肪率を落とすと言っていたのにおやつを食べるのかって?

 大丈夫大丈夫、食った分だけ動けばいいだけだから。



2.


 

「ったく、好き勝手頼みやがって……」


 メッセージアプリに送られてきたのおやつリストを見ながらぼやく。

 どうやら俺が出かけたことを察知した知佳がわざわざ全員に欲しいものを聞いてリスト化して送ってきたのだ。


 しかもなんかオシャンな名前のスイーツ店のやつ。

 軽く調べてみたら総額で諭吉が飛んでいく値段である。

 高いよ。

 いや、懐事情から考えれば別に高くはないのだが、一般的に見たら高いよ。

 スイーツってこんな値段になるんだな。

 コンビニで同じやつ買ったら桁が一つ少なくて済むのに。


 俺はコンビニスイーツも好きだよ。

 某青いコンビニのプレミアムなロールケーキが美味いんだ。

 あれってちょくちょく味変わってるけど、俺的には今のが一番美味いと思う。


 せっかくなので高級スイーツ店でもロールケーキを買ってみよう。

 記憶にあるプレミアムなロールケーキと比較してみるのだ。


 しかし、この量。

 値段よりも量が多いのが面倒くさい。

 車で来れば良かった。


 最初は近所のコンビニで済ませるつもりだったので徒歩で出てきたのだが、このスイーツ店はどうやら新宿にあるみたいなので結局電車に乗って移動してきた。

 

 一度帰って車に乗るかそのまま駅まで行くか悩んだんだけどな。

 

「位置情報によればこの辺なはずなんだけど……」


 ビルの中に入っているタイプのスイーツ店らしいのだが、そのビルを見つけるのが大変だ。

 これって俺だけなのだろうか。

 皆こういうのってパッと見つけられてるのかな。

 位置情報、もっと正確にピンを刺してくれると助かるんだがと毎回思う。


 ビルの名前を確認しながら歩いていると、前方に楽しげに話しながら歩いているブレザー姿の女子高生たちの三人組がいるのが目に入った。

 いや、それ自体は別にそう珍しいものではない……のだが。


 その三人組の真ん中にいる子に見覚えがあった。

 金髪でツインテールで、魔力が普通よりちょっと多くてとても可愛らしい少女だ。


 まあ、要するにティナだった。

 そういえば高校に通っているという話を聞いていたな。


 友達と楽しそうに話しているので俺は気付かないフリをした方がいいのだろうか。

 高校生にとって大学生がどんな風に見えるのかは知らないが、それこそ年頃の女の子たちが、見知らぬ大人に急に声をかけられた同級生のことを放っておくはずもないだろう。


 なので俺は不自然にならない程度に道の脇に逸れ、大きく迂回して後でまたこの場所へ戻ってこようとして――


「ユウマ?」


 とこちらに気付いたティナに先に声をかけられた。

 まるで運命の出会いを果たした乙女かのように目を大きく見開いて信じられない! なんて感じの表情を浮かべている。


 まあ、東京って意外と狭いからこういうこともなくはないんだろうな。


「……よう、久しぶりだな」


 声をかけられてしまえば無視するわけにもいかない。

 ティナの方が色々と忙しかったようで、日本へ戻ってきて別れてからは実は一度も会えていなかったのだ。

 ちょくちょく連絡は取っていて、近い内に会えたらいいねなんて話はしていたのだが。


「あ~、もしかしてお兄さんがティナっちのこれですか~?」


 ティナの右隣にいた、くせっ毛をダークブラウンに染めているショートボブな子がマイペースな喋り方とジト目で、小指をピンんと立てて俺にそんなことを聞いてくる。

 今どきの女子高生が小指のジェスチャーなんて知ってるんだな。

 俺でも漫画でやってるのしか見たことないぞ。


「違うよ、ただの知り合い」


 しかし俺が恋人と思われちゃティナも大変だろう。

 しっかりと否定しておく。


「ふーん、に・し・て・は、ティナっちの顔ちょっと赤くなーい?」

「ええっ!? そ、そんなことないわよ!?」


 左隣にいた、パープルのメッシュが入ったセミロングの如何にもギャルっぽい感じの子がティナをからかうように言う。

 俺の名推理によれば、ティナが顔を赤くしているのは俺を見たからではなくて友達にからかわれるのが恥ずかしいからだと思うぞ。


「お兄さんは~こ~んなところで一人で何してるんですか~?」

「ちょっとお使いに来てるんだ」


 マイペースな子にそう答える。


「へー、お使い? 彼女さんの?」


 ギャルっぽい子がずばり聞いてきた。

 俺って彼女がいるように見えるのかな。

 いないように見えるよりは良い気もするが……

 今って実際いるのかいないのか、どういう状況なんだろうか。


 いるんだとしたら知佳になるんだろうが……

 恋人関係……なのか?

 それ以上の凄いことをしているっちゃしているので今更否定するのも変な話のような気はする。


「どしたのん?」


 ギャルっぽい子が首を傾げる。


「あー……社員の、かな」




3.



「お兄さんマジで社長さんなんだね! おかねもちぃー!」


 あの後、会話の流れで俺が高級スイーツ店へお使いへ行っていることと会社の社長であることが露呈し(社長と言っても名ばかりだが)、そのままはいさようならの空気ではなくなってしまったので結局スイーツ店でティナたちにスイーツを奢ることになってしまった。


「……まあね」


 四人席でティナが俺の隣に座り、対面にはギャルっぽい子。

 そして斜め向かいにはマイペースな子が座っている。


 名前はそれぞれギャルっぽい子が賀嶋かしま 有希ゆき、マイペースな子が山霧やまぎり 舞依まいと言うらしい。


 別に奢ること自体は構わないのだが、女子高生三人と一緒にスイーツ店へ来ているという状況自体に通報されそうな要素があるのがちょっと怖い。


 知佳や天鳥さんと歩いている時よりはマシなのかもしれないのが人体の神秘なところだが……


「そうは見えないな~」


 山霧さんがモンブランのてっぺんに乗っている栗をフォークで突き刺して眺めている。

 栗はいくら眺めても栗でしかないと思うのだが、何を思って眺めているのだろうか。

 あと、そうは見えないって言ったのは俺に対してだよな?

 栗に対してじゃないよな?


「もう、マイマイ、失礼よ」

 

 ティナが山霧さんのことをマイマイと呼んで諌めている。

 ティナっちと呼ばれていたし、もうあだ名で呼ぶような仲なのか。

 善き哉善き哉。


「んふ~、ごめ~んね、お兄さん」


 ぱくんと栗を頬張りながら謝られる。

 絶対申し訳ないとは思っていなさそうな謝り方だな……


「いいよ、俺も自覚してるから」

「あたしはティナっちが赤くなっちゃうのもちょっとわかるかなー。だってお兄さん、なんか雰囲気? が男らしくてかっこいーもん」


 スイーツ店なのに何故か売っていたドーナツの穴の部分から俺を覗き見るようにするギャルっぽい方こと賀嶋さん。

 食べ物で遊ぶんじゃありません。


「そりゃどうも」


 褒められてはいるのだろうが、雰囲気とかいうふわっとしたものを褒められてもこちらとしてはちょっとなんとも言えない。


「見た目も悪くないし、うん、これはティナっちを任せるに足る男だね! あとお金持ちだし!」

 

 そのままビシッとサムズアップしてくる。

 ちっと高いスイーツを奢られた程度でお金持ち認定はちょっと危ういんじゃないかね君。

 口に出しては言わないが。


「ティナと俺とじゃ釣り合わないよ。ただの冴えない男だからな」


 一応、好き勝手言われているティナの方をフォローしておく。

 すると、


「そんなことない! その……ユウマはかっこいい……と思う……」


 慌てて否定したは良いものの途中で恥ずかしくなったのか、だんだんとしょぼくれていくティナ。

 しかし恋バナとなると気まずいものがあるな。

 正常な恋愛をしているとは口が裂けても言えない日々を送っている身としては。


「へへへ、ティナっちかわいいよティナっち」

「お持ち帰りしたい……」


 顔を赤くして項垂れているティナを見て賀嶋さんと山霧さんが怪しい表情を浮かべている。

 大丈夫なのかなこの子たち。

 色んな意味で。


「お兄さん、お兄さん」


 悪戯っぽそうな笑みを浮かべながらギャル子が話しかけてくる。


「この三人の中で誰が一番タイプなのかなー?」


 勘弁してくれ。

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