第53話:あくまで魔力を増やす為

1.



「あ、あーん……!」

「お、お前そのまま突き刺してきたりするなよ……?」


 スノウが顔を真っ赤にして、フォークに突き刺した肉を俺にあーんしている。

 何故こんな状況になっているのか順を追って説明しよう。


 三人目の精霊を召喚する為に、俺は魔力を増やす必要がある。

 そして魔力を増やす為には精霊とイチャイチャしなければならない。

 ダンジョンへ行ってモンスターを倒すという手段も取れなくはないが、今俺は左腕がほとんど動かないような状態だ。


 そもそも普段日本で活動している俺たちがダンジョンへ探索者として入る為には特別な許可がいる。

 ダンジョン管理局に無理を言ったらもしかしたらなんとかなるかもしれないが、現在進行系で結構無理いって色々やってもらっているので流石にそこまでのことは言えない。

 

 ということでイチャイチャして魔力を増やすしかない……

 という状況になったのだ。


 スノウから差し出された肉を恐る恐る口の中へ入れる。

 何故そんなビビるのかって? そりゃ当然だろう。

 うっかりそのままぶっ刺されてもおかしくないような気迫を出しながらあーんされても怖いだけだ。


 そして特に汚れてもいない口元をウェンディが丁寧に拭っている。

 もはやイチャイチャというより主従関係みたいになっているが(そして実際に召喚主と精霊という関係では主従ではあるのだが)、観測係も兼ねているウェンディいわく順調に魔力は増えているらしいのでこれで正解なのだろう。


 しっかしこれ……

 気まずさが半端じゃないな……

 

 綾乃が顔を真っ赤にしながらこちらをちらちら見ているし。

 知佳とは全然目が合わないが。

 不機嫌そう……な感じはしない。

 何かを企んでいるような気配はするが。

 大抵あいつからその類の気配を感じる時は何か良からぬことを考えている時だ。


「くっ、あたしがなんでこんなこと……!」

「スノウ、恥ずかしがらずにしっかりやってください」

「ぐぬぬ……」


 ぐぬぬってリアルに言う奴初めて見たよ、と普段の俺ならそれくらいの軽口を叩くのだろうが、そんなこと言った瞬間に俺の舌が凍らされそうなので言えない。

 

 ウェンディはウェンディでなんだか楽しそうだし、俺は一人居心地の悪さを感じながら食事を続けるのだった。



2.



「はあ……」


 風呂椅子に座ってシャワーで頭を流しながら溜め息をつく。


 とんでもないことになったものだ。

 つい最近まで就職先すらまともに見つけられないダメ大学生だったはずなのに、今や誰もが羨むような美女にあーんされたり口元を甲斐甲斐しく拭かれながら食事を摂るようなどんな金持ちだよと言いたくなる生活をしている。


 いや、実際金持ちではあるのだが。

 とは言えその実感はなかなか湧いてこないし、これから湧くことも多分ない。


 どこまでいっても庶民は庶民のままなのである。


 シャンプーをなんとか右の掌に出して、そのままわしわしと洗い始める。


 利き腕じゃない左腕が使えないだけで結構不便なんだな。

 髪の毛を洗う時にも片手だとなんだか違和感がある。

 ……というかこれどうやって背中洗おう。

 

 両手使わないと無理じゃないか……?


 ちなみに風呂に入る前、当然のようにウェンディが背中を流しますと進言してきたが流石に断った。

 いや、正直ウェンディに関しては今更のような気もするのだが、妹であるスノウを始めとした他の3人の目もあるし……ということで。


 しかし背中を洗う手立てがないのでこんなことなら断らずにいればよかった。


「いてっ」


 しまった、泡が目に入ってしまった。

 しかも両目に。

 左手はほとんど動かせないのでこするわけにもいかないし、急いで流してしまおうとシャワーヘッドを探しているとカラカラカラ……と風呂の戸が開く音がした。


「ちょ……」


 まさかウェンディが奉仕の心を抑えきれずに入ってきてしまったのだろうか。

 いやしかしこの状況に限っては助かるのかもしれない。

 どのみち背中をどうやって洗おうか悩んでいたところだし、目に入って痛いしもうこの際やってもらおう。

 

 ウェンディならもう今更の話だしな。


「悪い、ちょっと頭の泡を流してくれないか」


 目は開けられないが、そこにいるであろうウェンディに声をかける。


「……っ」


 すると息を呑むような気配が伝わってきた後、背後から頭にシャワーをぶっかけられる。


「わっぷ、ちょま、かける前に一言くらい……!」


 ウェンディにしてはかなり乱暴なことをするな……と思って、なんとか目を開けると風呂場にある鏡に映っていたのはウェンディではなく――


「……スノウ……さん……?」


 そこには鏡越しに俺を睨みつける、真っ赤になったスノウが立っていた。

 びっくりしすぎて思わず敬語になってしまった。

 バスタオルで体は隠しているが、即ち隠す必要があるということはあのバスタオルの下はすっぽんぽんなのだろう。


「こっちを見たら……あんたの股にぶら下がってるものを凍らせるわ……」

「…………」


 本気でやりかねないトーンでそう言われたので俺は振り向けず、鏡越しに見るに留める。

 な、なんでスノウがここに?

 ウェンディならまだわかる。

 だが何故スノウなんだ。

 まさか奉仕の心に目覚めて……?


「ウェンディお姉ちゃんに言われたのよ。あの腕だと一人で入るのは大変だろうから、って……」

 

 あ、そういう……

 スノウはウェンディに言われれば断れはしないだろう。

 というか、俺ウェンディ自身に風呂には入ってこなくていいと言ったはずなのに。

 自分がダメならスノウをということか?

 

「絶対こっちを向かないで。絶対に」

「い、いえっさー」


 スノウはボディシャンプーを掌に出し、手で揉んで泡立たせている。

 別に特別なことをしているわけではないのに、何故か見てはいけないものを見ているような気分になってしまう。

 

 しばらくすると、恐る恐ると言った具合にスノウが素手で背中に触れてきた。


 ひんやりとした感触が気持ちいい。


 って……あれ?

 なんで素手なんだ?

 ボディータオルあるよな?


「前は自分でやりなさいよ。あたしがやるのは背中だけだから」

「お、おう」


 異世界人だからボディータオルの存在を知らないのだろうか。

 いや、そんなわけないよな。

 だとしたら……考えられるのはウェンディの指示か……?


 他人の背中を洗う時は素手でやるのが礼儀、とかそんな感じのことを吹き込んでいる可能性は十分ある。

 となれば俺がすべきことは一つだ。

 その勘違いを正さず、今の状況を享受すること。


 そして色々とやばいので、俺は使用されていないボディータオルを腰の上に置いて隠した。

 うっかりバレたらマジで凍らされる。

 洒落にならない状態にはなりたくないので、自衛の意味でもそうするのが正しいだろう。


 

「はい、これで終わりよ」


 ペチン、と何故か最後に背中をはたかれて洗い終えたことを報告された。

 ある意味地獄のような数分間だった。

 なにせこの状況に興奮していることがバレればマイサンとは今生の別れになるのかもしれないのだから。


「……サンキュー、助かった」

「べ、別にあんたの為にやったわけじゃないわ。ウェンディお姉ちゃんに言われて仕方なく……」


 めちゃくちゃツンデレっぽい台詞を頂いたが、やはりウェンディの差し金だったか。

 だがナイスだウェンディ。

 俺の股間は危機に晒されたが、なかなか悪くない……いや、とても良い体験だった。

 

 そしてそのままスノウは風呂場から出ていこうとしたのだろう。

 しかし膝立ちの状態からすぐに立ち上がろうとしたのが悪かったのか、なんと体勢を崩したのだ。

 精霊なのにそんな人間みたいなミスするなよ、と思うのと、反射的にそれを支えようと振り向いてしまったのが同時のタイミング。


 そしてスノウはスノウで自身の反射神経も優れているので、自分で腕を突っ張って体を支えるのもほとんど同時。

 よって俺が伸ばした手が思ったところと違うところ・・・・・に当たってしまったのもほぼ同時。


 そしてそれより少し先に起きていたこととして、スノウの身にまとっていたバスタオルがずり落ちていたということと、マイサンを隠していたボディタオルもずり落ちていたということは伝えておこう。


 オーケイ。

 落ち着こうじゃないか。

 俺は柔らかなそれからゆっくりと右手を離す。

  

 ウェンディもそうだったのでもしやとは思っていたが、意外と大きいんですね。

 妹だからかただの個人差なのか、大きさはスノウ<ウェンディだけど。


 色々考えた挙げ句、俺が言えるのは一つだけだった。


「……違うんだ」

「な・に・が――違うのよお!!!!」


 

 結論から言うと。

 俺は頬にもみじを作ったが、股間は無事に済んだ。

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