396.秘密な理由

「アリー····」

「はぁ、かつてないほどに視線が熱いわ····」


 呆れた様子の艶女と、僕を淡い青緑色の目でうっとり見やるスーパーモデル。


 そんな僕は髪と同じ藤色のお耳様、お尻尾様、とキラキラした目を移動させている。

もちろんお狐様のそれだ。


「レイチェル様、降ろして下さいませ。

抱っこはジェン様が····」

「あら、私では嫌なのかしら?」


 くっ、悲しそうなお顔?!


「ふぐっ····いえ、レイチェル様の柔らかなお膝の上で抱っこも素敵ですが····はっ。

それならジェン様は私とレイチェル様のお隣に····」

「却下よ」

「「そんな?!」」


 僕とスーパーお狐モデルモードの素晴らしいジェン様のお声が重なる。

お互い悲壮感に溢れていた。


 そんな事を僕がしている間にも、僕のできる専属侍女はテキパキと動き、水分補給をさせてタオルを持ってサウナへの準備は万端。

僕達の後ろにそっと控えている。


 リクライニングチェアの座面に腰かけた、僕を横抱きにして離してくれない艶女は、何故か対面に座すお狐様を冷たく見やる。


「ご自分が何をやったか、わかってらっしゃいますわね?

ねえ、シュレジェンナ様?」

「····もちろんよ」

「そう。

アリー、まずは説明させてくれるかしら?」


 ····お狐様は何故そんなに深刻そうなんだろう?


 片やお膝の僕を撫でながら苦笑してるし、片やお耳様とお尻尾様がペタンと垂れている。


「もちろんでしてよ」

「レイチェル様、私から話すわ。

アリー、まずはこの外見の事だけれど、獣人と人属の間に子供ができるとどちらかの外見を継ぐのは知っているわね?」

「もちろんですわ」

「私はこの通り、本来は父の外見を継いだわ。

普段はね、あまりこの姿を隠す事は無かったのだけれど····その、アリーは貴族令嬢でしょう?」

「ん?

えっと····はい」


 どういう事?


「あなたが無類の獣人好きなのは風の噂で知っていたけれど、本当のところはわからないじゃない?

貴族令嬢には獣人を恐れる者も良くいるし。

ほら、獣人の令嬢は思春期に気になる殿方ができると、それとなく幻覚魔法で姿を人属のように見せるのと同じで、暗黙の了解として気づいていてもこの国の貴族は触れなくなるの。

その、アリーにはどうしてもアドバイザーになって貰いたくて····最初はその事が私の中で大きかったのもあって、自ら進んで魔法で姿を偽っていたの。

ごめんなさいね」


 ガーン!

こんなに大好きなのに、疑われていたなんて?!


「ルドルフ王子の13才になった時に初めて開くお茶会では外見が獣人だった令嬢が多かったのを覚えていて?」

「ええ····あ、もしかして····」

「そう。

数年前の狩猟祭で開かれた王妃殿下のお茶会では獣人の姿をした令嬢が少なく見えたのはこの為なの」


 やっぱり。

でも数年後に気づかされた事実よりも、現在だ。


「ジェン様、私は獣人の姿が心から大好きです。

お耳様やお尻尾様のブラッシング用にブラシをこだわって作って、プレゼントするくらいに大好きなんです」

「もちろんすぐにそれはわかったわ。

だって獣人姿の父や使用人を見る度にキラキラした目で見ているのだもの。

すぐに思い違いには気づいたし、何度も本当の事を伝えたいって思っていたのよ。

けれど言えなかったの」

「あの····理由を伺っても?どうしてそんな····」


 もっと早く知っていれば、1度くらいブラッシングできたのに!


「グレインビル侯爵とね、密かに密約を交わしていたの」

「父様?

密約なんて初耳····まさか····」


 思い当たる。


「ええ、そうなの。

お父君には耳と尻尾は必ず隠すのを条件に、アリーのファムント領滞在を認めてもらっていたの」


 やっぱりかー!!!!


「父様····」


 思わずムゥ、とほっぺを膨らましてしまう。


「まさかあの冷徹なグレインビル辺境侯爵がアリーの無類の獣人好きに嫉妬していて、私がアリーの性癖につけこんで耳と尻尾を差し出さないようにする為だったなんて。

初めて会ったあの夕食の席でも好きなのは表向きだけで、実は苦手だからかと思って様子を窺っていたのよ」


 何と?!

それで初めはほとんど会話も無かったのか。


 義父様ったら····でもヤキモチ焼いてたんなら仕方ないか。

僕も義父様が家族以外の誰かをヨシヨシしてたら嫉妬しちゃうもの。


「ただ、夕食の時からアリーはずっと父の耳や尻尾に分かりやすく熱い視線を向けていたでしょう。

翌日の火山口に行く時も護衛の獣人達の耳や尻尾ばかり見てニコニコしていたから、すぐにその認識は改めたの。

アボット商会のウィンス会長とも仲良く話していたし、打ち明けたいと何度も思っていたわ。

そうしたら絶対アリーとはもっと近づいて色々な所を触り合いも····」

「シュレジェンナ様、欲望は胸に留めおきなさいませ」

「あら、つい。

それでね、もし私の正体がアリーにバレてしまったら····」

「お嬢様は3日以内に強制送還されます」

「ニーア?!」


 何と?!


「3日も猶予があったの?!」

「「そっちな(です)の?!」」


 美女2人の声が重なった。

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