386.もう、いいだろう?〜ヘルトside

「やあ、目が覚めたかい、私の可愛いアリー」


 王都での王太子の婚約式と披露パーティーが終わり、予定を早めてファムント領を訪れた。


 ファムント領で娘が話を詰め、証書にグレインビル領領主として署名するのみになっている契約は締結させている。

あちらの領主と共にいた次期領主に、可愛い娘のファムント領での可愛らしい話を散々聞かされ、何故かお義父様呼びをされていたのが腑に落ちない。


 先に可愛い娘の所に行った、これまた私にとっては可愛い次男坊があの次期領主に何かしら手を出したんだろうか?

今のところ息子から彼女と何かしらあったとはは聞いていない。


 邸での娘の話をせがまれて世間話程度にいくつかしていた間、熱に浮かされたような顔をしていたんだが、どういう事だ?


 可愛い次男坊の話もしてみたが、それよりも娘の話の方をと言われた····まさか····いや、まあそれは今度考えよう。


 2つの隣国の、ふざけた留学生共への娘の父親としての制裁とケジメは当然つけさせた。


 王女っぽい何かが外交問題がどうとか叫んでいたが、無言で震える小僧達と共に問答無用で燃やした。

もちろん誰もいない場所で映像記録関係の魔具を身につけていないのも確認し、念の為に私以外の魔法の干渉を無効化する結界魔法で囲い、治癒魔法もかけながら燃やしたんだ。

死なずに火傷の痕も残さなかっただけ有りがたいと思え。


 その後何かしら絡んでこようとした国王と宰相は無視、どこぞの商会長とよく似た未来の王太子妃の叔母とは軽く挨拶を交わした。


 大河を挟んだ隣国の国王の名代だったどこぞの領主からはしれっと封書を渡された。

小さな害獣息子の釣り書入りだと口にした瞬間その場で灰にしておいた。


 そういえばうちの執事長だ。


 さすがに領主一家が総出で領を長期間不在になるのはどうかという事で、強制送還させたが····。


 孫のように猫可愛いがりする娘と息子とのバカンスを強制終了させられたからだろう。

入れ違いでチラッと見かけた爺は戦鬼の顔だった。

何も声をかけず、そっと領をたつ事にしたが、帰る頃には執事長に戻っているんだろうか。


「····父様?」


 あの爺の事は一瞬で頭の隅に追いやる。


 まだ寝ぼけているのか、可愛い私の娘はぽやっとした顔で夢現のようだ。

暫く見ぬ間にまた可愛らしさの中に潜む艶感が増したな。


 害虫が湧く前に、早く家に連れて帰ろう。


「そうだよ、おはよう。

最近また寝られなくなっていたんだろう?

もう少し眠るかい?」


 本当は眠れないだけでない事は席を外させたレイヤードから聞いている。

父親として娘と話したいと言えば、少し渋りながらも素直に寝室から出て行った。

まあ隣の客室に待機しているんだろうが。


「ううん。

父様、抱っこ」


 体調がおもわしくないからか、離れていて恋しがってくれていたからかはわからないが、素直に甘えてくれるようだ。


 うちの子可愛い。


「おいで、私の天使」


 まだ許可をしていないムササビ姿で溺れて死にかけ、過呼吸の再発で苦しむ小さな体は予想していたよりは痩せなかったようだ。

ひとまずほっとする。


 もしかしたら娘大好きな、何かしら腹立たしい癖のある精霊王のどれかが加護を与えたのかもしれない。


 そう思いながら膝に乗せて横抱きすれば、ぎゅっとしがみついてきた。


 うちの子がどうしようもなく可愛い。


 だが、これから兄にははぐらかし続けている事を聞かなければならない。


「色々と聞いているよ。

何があったか教えてくれるかい?」


 頭を撫でながら尋ねれば、少し体が強ばる。

少しの間沈黙が訪れた。


 やがて観念したかのように、そろそろと息を吐いてそろそろと口を開いた。


「····全身が痛くなるの。

もう痛くないはずなのに、急に映像を思い出してしまって····痛くなって····息が····できなくなる」

「何が観えてるんだい?」


 ゆっくりと背中をさすりながら、映像そのものすらも正確に記憶してしまう娘に問う。


 初めて知った時は便利な能力だと思ったが、娘は決して見聞きした事を忘れられない。

便利で不便でもある能力だ。


 そういえばこんな風に聞いた事は1度も無かったな。


 頻繁に過呼吸を繰り返していた頃なら聞いたかもしれないが····いや、あの頃は王都魔術師団団長として王都で過ごす事も多かった。


 それに私もこの子もまだ互いに今のような父娘関係ではなかったから、聞いても教えてくれなかったはずだ。


 今だからこそ、きっと····。


「····もういない人達の········最期」


 教えてくれた。

ほのかな喜びが胸に湧くが、抑えておく。


「そうか····つらいなら、魔法で忘れてしまうかい?

楽になってもいいと思うよ?」


 精神系の魔法を使えば、少なからず忘れて楽になれる。

レイヤードもそうした魔具を作ろうかと言っていた。


「それは····できないよ、父様。

僕が忘れたら、本当に無かった事にされてしまう」

「過呼吸を起こすほどつらいのだろう?」


 予想通りの答えだが、それでも楽にならないかと食い下がる。

父親としてはそうして欲しい。


 娘のかつての身分に見合った責任は、赤子だったのにも関わらず充分に果たしたのだから····もう、いいだろう?

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