270.心からの警告〜ルドルフside
「それにしても、ルドは僕が一連の
「少なくとも俺よりは遥かに詳しいはずだ」
「ふぅ。
それこそ兄であるギディアス様に聞きなよ」
「アリー嬢と共に誘拐された時に秘密にすると約束した事に触れそうだから迂闊に聞けない。
下手に聞けば兄上は勘づいて口を割るよう誘導されてしまう」
「僕の可愛いアリーとルドが約束、ねぇ?」
途端にレイの眼光が鋭くなる。
殺気がこもってないか?!
「いや、その、ほら、色々助けてもらったのは言ってあっただろう?!
その····表立って助けてもらったとはあまり詳しく言わないように、だな····」
しまった、レイがどこまで知ってるのかわからないからレイにも秘密にしとかないといけないんだった!
心の妹、起きてくれ!
いや、しんどいよな、眠っててくれ!
「そもそも僕はまだ1度も僕の可愛いアリーと誘拐された事がないのに、ルドもそこの狼も連れ立って誘拐されたって事をまだ許してないんだけど?」
「いや、論点がおかしいだろう?!」
「ふん、自分達だけ一緒に誘拐されて何様だろうね」
「····」
え、そこなのか?!
駄目だ、グレインビルの悪魔の1人の地雷がおかしい。
何でそこが地雷なのかも理解ができない。
そもそも誘拐されたのは俺やシルのせいではない····うん、いや、防げなかった事はもちろん実力不足だったと思うが。
連れ立ってって何だろうか····。
「大体、僕の可愛いアリーに作った高性能目くらましケープがちょっと伸びてたのだって····」
しばらくレイの小言が続く。
あの時の白い氷熊のケープは確かに2年ほど前に俺が借りたせいで伸びてしまった。
昨年再び氷熊を狩れる冬に入って早々に隣国ザルハード国第1王子のゼストゥウェルと、冒険者としても学生としても先輩であるペルジア先輩に手伝ってもらって氷熊を狩って贈ったんだが····。
どうでもいいが、お返しにともらったアリリアで燻した氷熊の燻製肉は未だに忘れられない旨さだった。
まだ俺達の所属する冒険者ギルドのE級冒険者になりたてだったジャスは留守番していたが、そんなジャスにも贈っていた。
配慮のできる心の妹だ。
「んん····」
寝苦しくなったのか、白いイタチが寝返りを打つと小言がぴたりと止んだ。
さすが悪魔使いだ。
心からありがとう、心の妹。
「ふん、僕の可愛い妹に免じてこれくらいで止めてあげるよ」
清々しいほどに上からの物言いだ。
俺、まだ今のところ王子····いや、いい。
レイは俺の心の言葉を聞かれたのかと思う絶妙のタイミングで一睨みした後、尋ねていた事を教えてくれる。
「まだはっきりしないし、憶測も入っているけれどね。
あの誘拐犯達の背後にはイグドゥラシャ国の何者かが関わっている。
そして誘拐犯達が僕の可愛いアリーを拐った目的も、ヒュイルグ国王が求める事も恐らく同じだろうね。
そもそも誘拐犯達が再び目撃された時期は大公がうちの邸で倒れた比較的すぐ後の頃からだ。
それに君の通う学園に留学した王女とギディアス王太子の元婚約者の異母兄でもあるイグドゥラシャ国の王太子が病を患っている事も気にならない?
あの王太子の病の原因はかなり綿密に隠されていてわからないけど、王女は確か心臓が悪いよね?」
「つまり、アリー嬢に少なくとも王女の心臓病を治させる為?」
「それは定かではないよ。
僕の可愛いアリーがどれだけ可愛くても心臓病を治せるという考えに至るのは浅慮が過ぎるとも思うし。
そもそも治せるなら母上を真っ先に治していたとは考えない?
ただ薬は欲するだろうね」
可愛いは関係ないんじゃないだろうか····。
まあ確かに旅人に貰ったというのも怪しい話だし、死を前にすればなりふりを構ってはいられない。
「あくまで状況から推察する1つの仮説だよ。
まだはっきりしない事もたくさんある。
きっと現実はもっと色々な事象が絡んでいて複雑じゃない」
レイはそう言って1度言葉を区切る。
そして俺の目を見ながら問うた。
「そもそも
そこのところをルドは知っている?
それとも知らされてないけど、気づいている?
もしくは疑問にも思ってなかった?」
パターンをいくつかに絞っての質問に戸惑う。
「さあ、どっち?
アデライド国王家は何を考えてそうしたのかな?」
赤い目はどんなはぐらかす事も許さないと如実に語っている。
少し考えてみる。
レイは何故こんな質問をするのか。
そしてふと、兄上は何故突然この国に来たのかも再度勘ぐる。
「レイ····今の俺は腹芸ができるほど学べていない」
しかし結局は素直な気持ちを口にするしかない。
「だが何故レイは俺の疑問にこのタイミングで答えたのか。
兄上が何故この国に来たのか。
きっと全てを疑う必要があるという事ではないだろうか?」
「質問に質問で返すのは悪手だよ、ルド。
でも今のルドの力と立場ではきっとここが限界だと思ってあげる。
及第点ですらないけどね」
ほっと息を吐く。
恐らくレイには知り合って初めて試された。
俺の答え。
それは違和感だけは気づいていたがよくわからない、だ。
そしてレイはそんな俺の答えなど端からわかっているに違いない。
「君が思っているよりグレインビル家は元来敵が多い。
だけどこの子がいる事で事なきを得ている事もたくさんある。
温室で僕がアリーの絶対的1番は母上だと言ったのを覚えている?」
「ああ。
確かアリー嬢との婚姻について大公に問われた時だな」
『ただ全ては僕達や婚姻に関わる状況と、何よりもアリー次第だ。
でもね、アリーの絶対的1番は母上だよ』
確かそう言ったはずだ。
「この子はね、グレインビル家の養女になった頃からずっと母上の為だけに尽力してきたんだ。
父上が王都で働いていた時にグレインビル領を守っていたのは領主夫人である母上だ。
グレインビル領に敵対する者がいれば、母上が動いた。
今のグレインビル領があるのは一重に母上の手腕であり、それはうちにこの子が来てから特に顕著に発揮されたんだ」
妹に注がれているレイの眼差しはとても温かい。
「何故、それを今話す?
その手腕は夫人の物ではないのか?」
「さあ?
それに気づいているのは果たして誰だろうね?
どちらにしてもアリアチェリーナ=グレインビルの価値は昔から高い。
僕達は強くないとこの子を喪う。
なのにまだまだ僕や兄上では力不足なんだよ」
『····兄様はいなくならないで』
『もちろん。
もっと強くならないとね』
『うん』
温室での兄妹の会話を思い出す。
この子も更に強くなる事を兄に求めていなかっただろうか。
「僕は弱い者は身近に要らない。
それは魔術や剣の腕なんていう純粋な力だけじゃない。
智力、財力、権力の全てにおいて強くないとそもそもこの子を守れないんだ。
1度懐に入れてしまうとどこまでも許してしまう。
それがアリアチェリーナ=グレインビルの危うさなんだよ」
レイの話を静かに聞く。
「だからね、ルド。
もし僕や僕の可愛いアリーに近づきたいなら、守られる立場でいられる王位継承権を手放す頃には覚悟して強くなっておかないと····死ぬよ」
俺に向ける眼差しは真剣だ。
これはレイヤード=グレインビルの心からの警告なのだと察して、背筋に冷たい何かが伝う気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます