242.初耳の救命処置と不可解な逃亡〜エヴィンside
「アリーの考えた救命処置だよ。
だから彼はまだ生きてるでしょ」
俺のつっこみに何故か得意げな愛しの化け物の義兄。
あの義妹にしてこの義兄だとこういう時はつくづく感じる。
血は繋がってないはずなんだがな。
「アリーが指示しなければ単なる発作だと思われて処置もされなかっただろうし、僕がいなければ心臓を強制的に動かす事もできなかっただろうね」
「その通りでございます、陛下」
不意に部屋の出入り口から現れたのは、現在隠居庭師役をさせている隠密部隊長ゴードン=アルローだ。
確か元王女を尋問していた宰相から耳と機動力に優れた鳥属で構成する隠密部隊員の幾人かを求められていたな。
もちろん尋問で連中が洩らした話の真偽を迅速に確かめる為だ。
彼がここに来たのは何かしらの報告だろう。
尋問に際して俺が認めた権限をしっかり活用してくれていて何よりだ。
何を調べさせたのかはまだ聞いていないが。
「失礼。
お声掛けしましたが返事がございませんでしたからな。
許可なく立ち入り申し訳ございませぬ」
「かまわん。
許す」
姿勢出しく一礼する様は庭師の爺さんには見えない。
「レイヤード殿の言葉に嘘はございませぬ。
大公閣下は発作を起こしてお倒れになられました。
アドライド国第2王子とレイヤード殿により倒れてすぐに救命処置を施されておりましたが、令嬢が拐われた時には1度完全に呼吸音と心音が止まっております。
その後レイヤード殿が小さな雷を大公閣下に落としてやっと呼吸音と心音が再開し始めました」
鷲属のゴードンは耳が良い。
音で成り行きを正確に見守っていたんだろう。
「わかった。
グレインビル殿、感謝する」
「それはどうでもいいよ。
僕の可愛いアリーが拐われる間際に望んだ事だから」
言外に、義妹が望まなければ見捨てたと言ってそうだ。
まあそうでなければ義妹より遥かにどうでもいい俺の兄の救命処置を優先するとは思えない。
それより雷を人体に落として心臓を動かすなんてのは初耳だ。
時間のある時にあいつに詳しく聞こう。
大嫌いな俺に教えてくれるかはわからんが。
愛しの化け物もその場で兄の命を繋げられるのは雷魔法が得意なこの義兄しかいないとわかっていたから、わざわざ指示してくれたんだろう。
大きく息を吸って、吐く。
そういうところなんだよな。
あいつは口では何を言ってても、結局は誰かの命をできるだけ優先する。
あの時俺達への怒りを飲み込んでくれたのも、伝染病で苦しむ領民達と飢餓で苦しむ国民の命を救済する為。
そして真実優先したのは、自分の家族が治めるグレインビル領の領民達だったんだろう。
他国の世情に巻き込まれてあの専属侍女のような無惨な死に方をする領民をなくす為だ。
とはいえ1週間たらずで当時の横暴なヒュイルグ国と、あれほど閉鎖的だったナビイマリ国を自分の思う通りに動かした。
そして俺に知恵と時間を与えてあのクェベル国すらもこちら側と結束させるよう仕向けた。
あいつの智略、加えて天性の駆け引きの上手さは計り知れない。
色々な意味で欲しくなってしまう。
それでも····いつかは諦めてやるべきだ、と考えないわけではない。
それだけの恩はとっくに与えられてしまっている。
なのに今度は己の身の危険と引き換えに、大嫌いなはずの俺の双子の兄をグレインビルの邸に続いて再び救ってくれた。
ほんと、そういうとこなんだよ。
残酷な人誑しだ。
いっっつも俺の気持ちを翻弄しやがって。
困った化け物に魅了されちまった。
「それで、宰相がお前達を使って調べさせた件で報告にきたのであろう。
大公の救命処置の報告だけで知れているとはいえ、隠密のお前が他国の令息がいるこの場にわざわざ現れるとは思えん」
「はっ。
事態は一刻を争うと判断しました故」
ちらりと義兄を見やる。
一応他国の令息を気にしてはいるんだろう。
「かまわん。
申せ」
「王都の外れに先代国王陛下がかつて侯爵家の3男に下賜した邸があるのを覚えておいでか?」
「ああ、確か
忘れるはずがない。
あの時灰になったゴードンの元上司でもあったあの男だ。
俺への監視と何度も行う妨害工作で、確実に俺は追い詰められていった。
その褒美として、よりにもよって父である先代国王が下賜したのだから。
「左様にございます。
陛下が立太子されて以降はあの男の兄である現当主が陛下の目を憚って封鎖しておりました、あの邸にございます。
実は元王女がこの春先に当主から秘密裏に購入しておったようです。
宰相閣下がお気づきになり、密かに監視しておられたようですな」
ゴードンの言葉に思わず眉間に皺を寄せる。
「待て。
宰相からそんな報告は受けていなかったぞ」
「かの元王女は婚姻直後から夫に相談なく好きに散財しておりましたからな。
気づいたのもごく最近だったようです。
妻の買い物を陛下に逐一報告する必要もありますまいて」
まあそりゃそうだが、怪しいと感じたから監視してたんじゃないのかよ。
「かの元王女は実際、別邸のいくつかは婚姻後に好きに売買しておりましたからな。
夫である宰相閣下が自邸に帰るのも、婚姻してから今日までごくたまにであったでしょう。
さすれば身内であるからこそ、黙って購入した邸についてすぐには把握できますまいて」
確かにあの元夫妻は基本的には別居していたようなものだ。
使用人達も長期間不在がちな主人よりも、家の内向きの主である夫人に従う者達も婚姻後は増えていっただろうな。
ここにきて国が介入して宰相に生贄のような婚姻をさせたツケが出てきたか。
「それで、そこに僕の可愛いアリーはいるのかな?」
ずっと黙って俺達の成り行きを見ていた義兄が口を挟む。
「姿は確認できておりませぬ。
しかし現在逃亡中のコンプシャー嬢が数名の共を引き連れて馬車でそこから出たと報告がございました」
「外は吹雪だというのに?」
義兄が訝しげに眉を顰める。
が、俺も眉間に皺を寄せた。
「おかしいな。
もう日暮れだ。
しかも吹雪の中でか?」
ここが最北の国と呼ばれるような雪国でなければ闇夜に紛れて逃亡するのも悪くない。
だが、この国の者ならまず選ばない行動だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます