236.犯行動機と狂喜

「ふふふ、話が早いのは好きですよ」


 そう言うと、目を細めて僕の表情を注意深く観察し始める。


 腐っても元王宮魔術師団団長だったものね。

嘘や誤魔化しを見逃さない為だろうな。


「貴女がグレインビル領の邸で使ったとされる心臓の薬についてお聞きしたいのですが?」


 やはりそれか。


 彼らが北の諸国で目撃されるようになったのは、大公が邸で倒れて僕がこの国に訪れた頃だ。


 邸で、と言っても大公が倒れたのは邸の庭先だったから外部の人の目が全く無かったかは定かではない。

それに大公や彼の子供達の連れていたお世話係や護衛達だっていた。


 話の出どころを突き止めるのは時間も経ち過ぎててさすがに不可能だし、どこまで拡散しているのかもわからない。


「通りすがりの旅人さんから貰ったの」


 まあそういう時の為にこの国に来る前に家族達と口裏を合わせているんだけれど。


「薬の製法は?

残りの薬はありますか?」

「薬は貰った物だって言ったでしょ?

本当はその事も旅人さんと秘密にしておく約束だったから吹聴されたくないんだけどな。

そもそも製法を知ってたり残りがあれば、大公が発作を起こして何もしないなんて事もないはずだよ?」

「なるほど。

あの時何故心臓マッサージをするよう指示を?」


 確かに普通は大公の護衛さん達と同じで死戦期呼吸なんて知らないよね。


「心臓マッサージをする必要があるかないかも旅人さんから教えて貰ってたの。

それに母様が心臓を患っていたから、自然と知識も経験も増えてるはずだよ」

「そういう事にしている、と?」


 更に僕の目を見つめて変化を観察する。


 こういう時ってむしろ視線を反らしたりしたくなるのって何でかな?

後が面倒だからもちろんしないけどさ。


「疑り深いね」

「ええ、職業柄」

「····」


 職業、誘拐犯だよね?

うーん、他は····変態狂魔法学者マッドウィザード


 思わずハテナが浮かんじゃった。

彼もどちらかというと色々煙に巻くタイプみたいだから、彼と同じように僕も彼を観察してるのには気づいてるんだろうね。


「ねえ、誰が心臓を患っているの?」

「おや、何故そう思うんです?」


 ピクリと彼の片方の眉がわずかに反応する。


「まず、あなた達が欲しいのはグレインビル侯爵令嬢じゃない。

それなら拐いやすい、もっと小さい頃から狙っているし、前に拐われた時に棚ぼたでラッキーくらい言いそうだけど、あなた達3人の反応からしてこれまでの私の誘拐犯の中にあなた達はいない」

「····これまでって、どれだけ拐われそうになってるんでしょうね。

まあ続けて下さい」


 さらっと拐われてきた話をする僕に半ば呆れた顔をするひょろ長さん。

 

「だとすればまずは心臓に関わる事で拐われたのは間違いない。

ひょろ長さんが薬について聞いたのも確信の1つだけどね。

ただ薬の事が知りたいだけなら、拷問にかければいい。

しょせん貴族の小娘なんだから、わざわざ拐って私の体を気遣う必要なんて少しもない。

長く生かす方があなた達が捕まるリスクが高まるんだから。

なのにこの誘拐についてはかなりの時間と手間をかけている。

薬の販売目的なら些かリスクとリターンが釣り合わない。

ただの金になる木を求めるだけなら、もっと違う方法を考える方が効率的だよね。

だとすれば、私そのものを求めている可能性がとっても高い」


 だってこの国の元王太子を使って反王派達をけしかけるなんて、面倒でしかないもの。

まあこれはこれで何かしらサブ的な狙いはあったんだろうけど、メインの狙いは僕で間違いなさそうだね。


「それから薬は心臓を治すものでも、発作を予防するものでもなく、起きた発作を抑えるものだとあなた達が当たりをつけているのも大きい。

そもそも心臓を治す薬なら私の母様は亡くなっていないし、大公も発作を起こす事はなくなるはずだから、簡単に判断できたでしょう。

だとすればあなた達の雇用主か親しい誰か、または利用しなければならない誰かが心臓を患っている可能性が高い。

ここの国王と同じだね。

薬が無くてもなるべく長く延命させたい、何らかの治療をさせたいと望んでるし、そもそも本当に治せないのかと疑っている。

そして患っている誰かの時間の猶予はまだ少しありそうだけれど、決して多くはないのかな?」


 そう言ってひょろ長さんの様子を窺うと、何だかお顔心配そうだね。


「全く、本当に貴女は何者なんでしょうね?

けれど先ほども言いましたよ?

頭が良すぎるのをひけらかしては危険がつき纏いますよ?」

「そうだね。

またさっきとほぼ同じ言葉を口にしてるけど、ひょろ長さんはどうしたいの?

随分私に肩入れしてるような発言をしてるけど」

「さすがに心配になってしまっただけです」

「内心面白がっているのに?」


 一瞬表情がなくなって、さっきからずっと目に宿っていた狂気、ううん、狂喜とでも表現すべきものが表出した。


「っく、ははっ、あははははは!

よくおわかりですね!

よく言われるんですよ、私。

狂ってるってね!

あはははははは!

貴女と話していると楽しいですねえ。

まるで見透かされているようです!」


 その後もひとしきり嗤う。

そうして落ち着いてから、笑顔を貼りつけたまま一言だけ呟く。


「貴女も同族ですね」

「狂っているという点においてはね」


 そんな答えに満足したのか、彼は腰の鞄から僕の氷熊のケープを出して僕にかぶせ、室内なのに何故かフードも僕の頭にセットして出て行った。


 狂喜が失せてお城の人達とおなじような微笑ましそうな表情になったんだけど、何故?

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