219.温室と硝子
「アリー嬢」
王城のある一角で一昨日聞いたばかりの声に振り返る。
王子一行だ。
後ろに護衛のシル様、そして隣にコード令息を従えている。
対して僕は軽い認識阻害の魔法をかけた侍従扮するレイヤード義兄様と庭師頭のお爺さんに前後で挟まれてある小屋のような外観の建物の前にいた。
後ろから声をかけられたから、必然的に僕はレイヤード義兄様の後ろに隠れてしまう。
僕が滞在しているのは王子が滞在する離宮に近い王城の一角なんだけど、その裏手に寂れた小さなお庭があったんだ。
今はその片鱗がないほど雪が積もってるけどね。
そこに少し大きめの
建物の裏手だったから強風も凌げるし、採光を多く取り込む設計にしつつ職人さんに作ってもらった硝子ブロックを部分的に使う事で豪雪でも割れないようにした。
その後はいつもお城の中庭で草木のお手入れしてる庭師頭のお爺さんと仲良くなって、作物のハウス栽培ならぬ温室栽培をしてみてる。
この最北の国で冬に種から育てるのは難しいけど、苗からなら育つ事は可能なんじゃないかと思ってさ。
まあ他国で温室を作らせて自分が中でお茶して楽しむ口実っていうのは秘密。
ちなみにここの国王とその側近のポケットマネーだよ。
ドレスや宝石贈られるよりこっちの方が僕の体にいいもの。
深層の令嬢仕様のこの体に光合成は必要だ。
「ルドルフ王子、皆様もごきげんよう」
ひとまず挨拶をしておく。
そういえばルドルフ王子は親善の為にこの国に来たから、どこかのタイミングで陶器工房に視察に行くんだったかな。
この国に来てすぐ、僕の温室の為に知恵を搾ってもらった陶器職人さん達の工房だよ。
あの時はなるべく透明な色の硝子作りを皆で試行錯誤して楽しかったな。
もちろん失敗したやつは別で再利用したよ。
もったいないもの。
実は七輪ができたのはこの時たまたま珪藻土を見つけたからなんだ。
本来の目的は温室用の硝子に適した土探しだったんだよね。
で、硝子ブロック作りは成功した。
卓上コンロでも推察できるだろうけど、この世界って陶器や硝子文化がまだまだ発展途上なんだよね。
正直この世界での家やお城の窓だって硝子がはまってる場所はあまりないんだ。
それだけ硝子の窓は貴重素材。
多くの窓は薄い毛皮や木の皮、もしくは大理石削って硝子の代わりにするのがこの世界の常識なんだよ?
グレインビルの邸でそれを改めて認識した時の僕の衝撃たるや····魔法の世界なのにそこは遅れ過ぎって心で絶叫した。
まああっちの世界でも硝子文化はなかなかの一進一退な歴史だった気がするけど、その理由を身をもって知る日がくるのは予想外もいいところだったよ。
それでもアドライド国はまだ流通してる方じゃないかな?
硝子張りの屋外温室だって各国でお城に1つあるかないかだけど、アドライド国には確かあったはずだ。
大抵の温室は室内の明るめのお部屋を植物育成仕様にしたらそう呼ぶっていうだけだからね。
まあそもそも豪雪地帯のこの国では硝子なんか元々普及してないんだけどさ。
だから専門の硝子職人さんはいなくて、その知識を持ってた陶器職人さんに集まってもらって硝子ブロック作成計画を始動したんだ。
食器はともかく、窓に使ってたらこの国じゃ冬場に雪と風で間違いなく割れちゃうし、何よりこの国の情勢が落ち着いたのはまだここ10年たらず。
だからこそ、この国はやっとここ5年くらいで窓や壁に硝子を使おうって発想が普及し始めた。
だって貧困や飢饉に喘ぐ国でそんなもの使ったら空き巣や強盗して下さいって言ってるようなものでしょう?
国土だけは広い国だから、後々大量生産できるようなフロート法なんかを使えればいいけど、硝子の原料の選別とかあちらの世界で言うところの
必要な素材の幾つかはこの国に豊富にあるっていうだけで、今はただの石や砂だ。
まあまずはここからの一歩かな。
でも僕はこの国の人間じゃないし、前世硝子職人だったわけでもないから細かい製法は知らないんだよね。
こっちの職人さん頑張れ。
ついでに半端な硝子や色味の濃いガラスを集めて溶かし直してトンボ玉やらステンドグラスも作っちゃった。
あっちの世界で幼馴染み達と硝子工房体験した経験があって良かったよ。
現存してる金属も一緒に溶かして色付けしたりもしたから、綺麗なのができたよ。
お試し品だし国の重鎮なんかにも見てもらえれば国からの援助もしやすくなると思って、この温室には贅沢に窓としてはめ込んだり飾りとして埋め込んだりして使ってる。
正直この温室だけで貴族の豪邸2軒分くらいの価値がありそう。
まあ温室なのに装飾が無駄に凝ってて、それがトンボ玉とステンドグラスだからポップで荘厳でまとまりのない感じが否めないけど。
あと珪藻土で作る七輪の作業工程で出た塵芥も壁の一部に塗りたくってみた。
DIYみたいで楽しくて熱中してたら数日間筋肉痛と発熱で動けなくなったけど。
でもこっちの世界でのこの素材が経年劣化がどうなるのか、種の発芽に良い影響を与えるかはやってみないとわからないけど、試す価値はあったと思う。
トンボ玉のいくつかはアクセサリーにしてカイヤさんとレイチェル様に贈っておいたよ。
女性陣の食いつきは良さそうだったから、この国の商会を通して国王に話を通してるんじゃないかな。
後の事は知らない。
この国の人達が飢えてまたグレインビル領に難民として逃げてきたり、争いが起こらなければそれでいい。
それにしても冬までには領に帰る予定だったから、夏の短いこの国の秋の肌寒さを凌ぎつつ、温室で花を鑑賞しつつ、珈琲や紅茶とお茶菓子を堪能できればいいなとか軽く考えてたのに、どうしてまだ僕はここにいるのかな?!
種蒔きだって僕は家族の元に帰った後、蒔き時になったら庭師頭のお爺さんとかお城の農業関連の役人さんが頑張れくらいの他人事だったのに。
今じゃ芽吹いた双葉に水をやって温室でぼうっとするのが僕の日課になってる。
解せない。
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