183.黒豹さんのブラッシング

「ひとまず私は3人と面談し、彼らが現状をどう捉えているのかを確認した。

そして自らの立場、留学してから学んだ事、他国での振る舞い、補償について確認し、第3王子の婚約者は留学の中止を決定した。

将来わが国の王族に連なる者としてはもちろん、わが国の一般的な常識からすら逸脱していた為だ。

面談中の発言の一言一句は裁判でも使う自動書記の魔具を使って全てその場で書き出し、互いに署名したものを報告書として添えた」


 もふもふもふもふもふもふ····。


 黒いお尻尾様のおかげでいくらか機嫌が戻りつつある僕は、ゼスト様のお話を聞きながらずっと視線はお尻尾様に向けて一心不乱にもふってる。


 僕の機嫌を大きく損ねたどこぞの第2王子様はずっとこちらにちらちら視線を送ってる感じはするけど、無視だ。


 僕のケモ耳・ケモ尻尾様信仰を邪魔する奴は許さないんだからね!


「他の2人についてはいくらかの認識の改めがあった為、2人の留学中止についてはひとまずの保留を申し出た。

そうしてギディアス殿からはこの一件のザルハード国の責任者となった私との協議に同席させ、私が発言の許可を出した時以外、2人が最後まで一言も発せずにいられるかどうかで判断すると伝えられた上でそれを書面にて通知された。

もちろんその事は内密の条件だ。

私は事前によくよく私と彼らの立場を言い聞かせ、立場ある者として命令した」


 ギディ様ってば、どこぞの婚約者を噛ませ犬にしちゃったんだね。

よっぽどその令嬢には腹を立ててたのかな?


「だが協議中、彼の婚約者は国王の勅命を賜った命令を無視してギディアス殿にすり寄った」


 ふうっと、当時を思い出したのかゼスト様が大きくため息を吐くし、ギディ様は困り顔だ。


 よっぽど自分に自信があるご令嬢だったのかな。

めちゃくちゃ美人さんとか!

それならちょっと見たい!


 ついつい誘惑に負けてロイヤル達を見ちゃったよね。


「あれは本当に驚いたよ。

何をどうやったらあんなに自信が持てるんだろうね。

中身はこの国の思想に全くそぐわないし、外見に惹かれるものもなかったし」

「あの節は本当に申し訳なかった。

教会と関連のある伯爵家の令嬢で、治癒魔法の使い手はわが国では白の治癒師と呼ばれて大切にされる。

わが国では治癒魔法を使える者がなかなか現れない為、使える者は見つけ次第教会が聖女候補として囲う。

ハンソン伯爵令嬢は幼い頃から教会の教育のみを受けていたせいか自分を特別視しているきらいがあるのだ」

(アリーの方がずっと綺麗だよー。

性格最悪だし、治癒魔法も中途半端。

ゼストをバカにするし、僕あの子嫌い)

「ん?

どうしたの、アリー?」

「····いえ」


 期待に負けた僕が馬鹿だった。

ギディ様もわかっててとぼけた質問しないでよ。


 ぽんぽん。


 ぎゅっ。


 義兄様達が慰めるように頭とお腹への動きに変化球をつけてくる。

そうだね、僕がそのご令嬢に会う事はないから、まあいっか。


 それにしても馬鹿にしてる王子だったからゼスト様の立場を他国の王太子の前で軽んじたんだろうけど、よくそんな事できたよね。


 とはいえこれで正式にご令嬢をこの国から追い出せたって事か。


 もふもふもふもふもふもふ····。


 ルド様、期待の眼差しを向けてもまだまだお口利いてあげないんだからね。

もうとっくに僕の視線はお尻尾様にロックオンだよ。


「そのまま彼女を退室させ、協議後すぐに伯爵家へ遺憾の書簡を送って数日後には迎えを寄越させた。

他の2人については一言も不用意な発言はしなかった事、既にアボット商会へは王子の個人資産とネルシス侯爵家より慰謝料と補償を行う旨を伝えていた為に留学は続行となった。

ただし直接傷つけた孤児達には数日経っても何もしようとしていなかった為、条件付きとなった」


 ザルハード国の認識だと獣人の孤児まで気が回らなかったのかな。

それともプライドが邪魔した?


 なんて思いつつ、横に置いてあったブラシで僕がもふって乱した毛を再び整え始める。


「それがあの2人の留学中は私が彼らを日々教育及び監督する事だ。

教会と関連性のある第3王子ばかりか、幼い頃より教会で教育され聖女候補とされていた令嬢達の失態によって側妃や教会からは表立った反発はなかった」


 ブラッシングともふもふで血行が良くなったのか、仕上げブラッシングの後は短い毛だけどふわふわの艶々だね。


「終わりました」


 一声かけるとアン様もシル様と同じように僕の方を振り返って頭をぽんぽんしてくれた。

皆僕の頭はお気に召してくれて何よりだね。


 またまたその間はレイヤード義兄様の手を握って静電気のパチパチ攻撃しないようにしておいたよ。

バルトス義兄様が僕の腰に回してる腕もぎゅっとしておくからね。


「アボット商会へは祭りの最終日、ブース内で2人を交えて改めて彼らに謝罪させ、金額について折り合いをつけた。

さらにその翌日にはルドルフ殿も加わり4人で孤児院へ訪問した。

孤児院では私がザルハード国として謝罪したが、あの2人にはただ黙って自国との違いを観察するようにと言い含めた。

あらかじめ孤児院の院長からもギディアス殿からも誠意のない謝罪ならばされない方がマシだと面と向かって言われていた」


 アン様が僕にひらひらと手を振って護衛の所定位置に戻ると、レイヤード義兄様もバルトス義兄様と同じく僕の隣にぴったりくっついて座る。

可愛い義兄様で僕は幸せだよ。


 それより確か王都の孤児院でも何年も前に教育方針が見直されてたはず。

グレインビル領をモデルにしたらしいね。


 謝罪の拒否は当然だよ。

幼い頃から育まれた差別や偏見はそんなに簡単には払拭されないもの。

特にザルハード国内の獣人や孤児へのそれは強いらしいし、彼らは身分階級で言えば上位に位置する。

そんな2人からすれば獣人の孤児は蔑みのダブルコンボだ。


 祭りでの彼らの発言を考えても、先に断って子供達への被害を最小限に止めておくのは大事だね。

謝罪させようとして余計な口を開かれるくらいなら初めから黙らせる方が得策だもの。

それでも孤児院に連れてったのは、留学中の彼らの情操と統治教育の為かな。


 ふとお祭りの時に絡んできた七光り王子を思い出す。


 あんなのの後見人とか責任者とか、本当に面倒そう。

そう思うと少しだけ優しくしてあげようかなって気にならなくもない。


 僕のもふ神信仰を邪魔したルド様は別だけどね!

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