173.試食会の前

「いらっしゃい、カイヤさん、ウィンスさん」

「アリーちゃん、調子が戻って何よりだよ。

ガウディ様は先週ぶりかね。

お兄さん達も、お久しぶり」


 季節は既に初冬。

ここは以前から時々彼らとお話ししたり、試食会をしてるお部屋だよ。


 カイヤさんは僕の従兄様とはお得意様の関係だから、先に来てた従兄様おにいさまも軽く手を上げて頷くだけの挨拶だ。


「こんにちは、皆さん。

アリー嬢、お招きいただいて嬉しいよ。

こちら、先ぶれを出して同行を許可して貰ったチャガン商会会長のヨンニョル=チャガン氏だよ」

「お、おまねきゅ、ごほん。

お招きいただいてありがとうございます。

グレインビル侯爵家の皆様」


 さすがにここにはこの国の高位貴族ばかり集まってるからカンガルー属の会長は緊張して噛んじゃった。

厳ついカンガルー耳のおじさんが慌ててるの、可愛いな。


「はじめまして。

チャガン様。

堅苦しい言い方は必要ないので、どうか楽にアリーと呼んで下さいね。

兄様達はいつも通り私の付き添いなので、いつも通りに気にしないで下さい」

「さ、様?!

いや、あの、その、様は····」

「ふふふ、おじさん、お祭りの時の口調でいいよ」

「ははは····悪いな、嬢ちゃん。

いや、俺もアリー嬢って呼ばせてくれ。

俺の事はヨンニョルって呼んで欲しい。

あと敬語もいらねえ」


 ばつが悪そうに笑うカンガルーさんもいいね。


「じゃあヨンニョルさん。

家族以外には基本的に普段から敬語を使っているから、堅苦しくない程度で使うと思うのだけど気にしないでくださいね。

兄様達もこういう場ではあまりこだわらないと思うから、あまりかしこまらないで」

「ああ。

俺達は天使の付き添いだ。

もふりの監視も兼ねているから、いないものと思ってくれ」

「そうだね。

僕はいつも通りアリーの試食をしたいだけだし、慣れない敬語を使われても疲れるから祭りの時の感じで問題ないよ」

「ガウディード=フォンデアスだ。

俺の方も、今日は従兄妹として来ているから問題ない。

グレインビル兄弟はこれが平常運転だ。

気にするな。

したら負けだ」

「そ、そうか。

ありがとよ」


 ヨンニョルさんは当然とばかりに僕の両隣に座る兄様達の僕への愛情表現と従兄様の発言に戸惑ってるみたいだけど、ひとまずこれでオッケーだね。


 それにしても従兄様、負けって何にだろう?


「ただ····」


 僕は共にソファを囲む他の面々にちらりと目をやる。


「やあ、久しぶりだね、チャガン会長。

それに東西の商会長方も。

私もたまたまバルトスに会いに来たら試食会するって聞いて、急きょ混ざっただけだから気にしないで欲しいな」


 と爽やかに挨拶するのはギディアス様。


「チャガン会長は初めてだな。

ウィンスとカイヤは約1年ぶりだろうか。

俺もたまたまゼストと共にレイヤードに会いに来たら試食するって聞いてな。

急きょ混ざっただけだから気にしないでくれ」


 と場馴れした感じはルドルフ様。


「私はたまたまルド殿に随行したら試食すると聞き、急きょ混ざっただけだから気にしないで欲しい」

(アリー、僕も食べたい)


 ほぼ同じ内容だけど義兄様達を緊張した様子でチラチラ見るのはゼストゥウェル様。


 食欲に支配されたチビッ子バージョンの闇の精霊さん。

可愛いね。


 それにしても····。


「····なぜ····」


 いるのかな?


 闇の精霊さんはもちろん、彼らの後ろで黙って護衛に立つアン様、シル様、リューイさんはいいけど。


「帰れ!」

「嫌だよ。

もう混ざっちゃったし。

それに今日は君に会いに来たんだってば。

ほら、やっと落ち着いたからその報告?」

「昨日も会ったし明日も城で会うだろう」

「たまたま今朝連絡が来て、思い立って来たらたまたま試食会だったんだよ。

それにほら、アリーもシルの事は気になってたんじゃないかな?」


 うん、それは確かにそうだけど、何も今日でなくてもいいと思うよ。

目が合うとフッ、て目元を弛める狼耳のシル様もいい!

バルトス義兄様の帰れコールはしれっと拒否されちゃったね。


「君達もどうしているのかな?」

「久々に旧友の顔を見たくなったんだ!

それにゼストがこの数ヶ月、バルトス殿に諭された事についてどう対処していたのか伝えたかったんだ」

「どうして僕に?」

「ん?

だってレイヤードは俺達の師匠みたいなものだろう?」


 当然のように何か言い出した!


 レイヤード義兄様も嫌そうに顔をしかめる。


「····あり得ない。

どうしてそうなったの?」

「去年のアビニシア領で俺もゼストも稽古をつけて貰った。

俺にとってレイヤードは友で師匠だ!」

「私にとってもレイヤード殿はもちろん、バルトス殿も師匠だ!」


 うわ、言いきった。

2人共仕事してただけなのに、災害級の無邪気な目のごり押しが襲ってる。

師匠と信じて疑ってない目だ。

バルトス義兄様も嫌そうなお顔だけど、義兄様達のお顔はどんな時も格好いいね。


 ギディアス様、声を殺してるけど、笑ってるのわかるからね。

肩がぶるぶるしてるよ!


「その、あの祭りの日に路地裏で師匠達に言われた事をギディアス殿に伝えて私ができる事への助言を貰った。

その上で自ら考えた事を初めてわが国の国王に伝え、掛け合った。

この場でどうしたとは言えないが、ギディアス殿には及第点を貰えた。

あの日の師匠達が私にした問いかけの、私自身が行動で出した答えを聞いて欲しくて来たのだ」

「それで、たまたまそれが今日だったと?」


 ふふ、バルトス義兄様の低音ボイス最高だね。

何で王子2人はビクッてするんだろ?

いつまでも聞いていられる素敵なボイスだよ。


「そ、そうだ!

たまたまだが、アリー嬢の試食会なら是非とも参加したい!」

「それに他国の王族の感想を聞ける機会もそうそうないと思う!」


 ルドルフ様、ゼストゥウェル様の順に畳み掛けにきたな。


「そうだね。

特にチャガン商会会長はまだ王族や貴族にも慣れていないし、私達で練習しておいてもいいと思うんだ。

ちなみに私達の事はギディ、ルド、ゼストと呼んで欲しいな」


 にこにこと爽やかに援護射撃するギディ様。


 確かに今日のヨンニョルさんを見る限りそれも一理あるよね。

後でカンガルーさんのお耳としっぽ触りたいな。

もちろん白虎さんと狼さんと黒豹さんのも触りたい。


 義兄様達のご尊顔を拝する限り師匠呼びに満更でも無さそう?


「義兄様達、後で獣人さん達のお耳と尻尾触れるなら、私はいいよ?」


 なるべく上目遣いで義兄様達に持ちかける。


「ふっ、俺の天使が小悪魔になったが、それもいい」

「くっ、後で僕も生やすからね!」


 どうやら勝利を手に入れたもよう。


 やったね!

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