151.思ってたのと違うらしい~ヘルトside

「父様····」


 うちの娘は困惑した顔もたいそう可愛い。

今は少し表情が読みづらいが。


「これは····思ってたのと····違う····」

「そうだな。

私が思っていたのとも違うな」


 うんうんと頷く。


 さっきまで身につけていた白いケープの下からのぞくのは、白い体毛。


「私の娘は何でもよく似合うね。

イタチのアリーも可愛いよ」

「う、うん?

ありがとう、父様。

でも僕····お耳と尻尾生やすんじゃなくて、お耳と尻尾の生えた鼬になってるよ?」


 そう、さっきまで私の可愛い娘はレイヤードの作った獣の耳と尻尾を生やす魔具、ケモミポ君をいじって遊んでいた。

ちなみに命名したのは私の可愛い娘、アリーだ。


 兄達とアビニシア領にいる時にしていた耳と尻尾を生やす約束は守ったものの、本人的には今度は兄達に違う動物の耳と尻尾を生やしたくなったらしい。


 兄達に見せるのは恥ずかしいらしく、自分に生やすのはよく拒否する娘だが、父親である私の前ではこうして試し生やしをするのだ。

まあ自分で回路を書き換えられないのもあるが、何にしても父親に素直に甘えてくる様は愛おしい。


 それにしてもどうしてこうなったのか。


 恐らくアリーが魔具の回路をいじるのに、私にイタチではなく、《鼬》というアリー語を組み込んで欲しいと言われたのでそうしたからだとは思う。

何度か試し書きをしたんだが、何がまずかったのか····。


「あっ、父様、ここだ!」


 可愛いむくむくした白イタチの娘は魔眼を使って回路を確かめていたようだな。


 ここは私の執務室だ。

今年は序盤から大きく体調を崩した為に、この厳しい真冬の凍える時期はここで私が温度を徹底管理しながら共に過ごしている。

当然だが私と娘以外はほとんど誰も入らないから眼を使っても安全だ。


 この魔具はペンダント型で、どういう原理かイタチの体躯に合わせて小さくなっている。

足を投げ出して長い胴を伸ばし、両手でペンダントトップを観察するイタチに何かが滾る。

改良を重ねて今は氷竜の胸の骨を丸く薄く円盤状に削り、魔力を染み込ませた天獏の牙を鋭利に磨いた小刀で傷を入れて回路を書き込んでいる。


 余談だが、初めて天獏を見た娘は目をキラキラさせて伝説の獏だー!と叫んでいた。

子供らしく振る舞う娘はすこぶる可愛いかった。

どこの山にもいるような魔獣だし、牙はまた生えてくるからたまに魔具職人が捕まえて牙だけ引っこ抜いてたりする。

夢は食べない。

草食だ。

何で夢を食べると思ったのかは私の可愛い娘のみぞ知るところだろう。


「ほら、ここ。

鼬の臼が白になっちゃってる

あ、だから僕、白いイタチなのかな?」

「アリーの使う文字は時々難しいな。

その文字を消して組み直そうか?」

「うーん····下手に消すと他とのバランスが····でも意味づけするなら消した方が····あ、でもこれはこれで兄様達を動物にできる?」


 何やらぶつぶつ言い始めたぞ。

この子がこう言い出した時は良からぬ方向へと走り出す事があるから危険だ。

しかし私は魔具についてはからっきしなのだ。

これはレイヤードに連絡した方がいいかもしれない。

下手な事をして壊すと息子にとても怒られるし、かといって娘が暴走するのもまずい。

特に今は体調も不安定だ。


「父様、後でレイヤード兄様に連絡してくれる?」

「そうだな、そうしようか。

レイヤードの学校はまだ終わらないから、それまで寒いから父様の膝で丸くなっておいで」


 長くなった胴を腕に乗せ、落ちた服を拾ってポンチョ以外は娘がよくごろごろするソファに放り投げる。

一応娘の言うカボチャパンツなる子供用の下履きは見えないように気を遣う。

うちの娘もそろそろ年頃だからな。


 執務机に向かって座るとポンチョを丸めて膝の上に置いてから娘をそっとその上に乗せる。

すると柔らかいイタチの体を器用にくねらせてもぞもぞと動きながらポンチョに埋没していった。

太ももがくすぐったいが、しばらく我慢する。


 落ち着く姿勢になったのか、白い頭だけ出してうつ伏せでくつろぐ姿がとても可愛らしい。

野生のイタチに感じた事がない庇護欲をそそるのは娘だからだろうな。


「父様、もし僕が鼬のままでもずっと一緒にいてくれる?」


 突然何を言うんだ、うちの可愛い娘は。


「当たり前だろう。

どうせイタチとして生きるなら、寝ても覚めてもいつも一緒にいられるじゃないか」

「そっか。

お得だね、それ」

「お得だろ、それ」


 そっと頭を撫でてやると、うとうとし始めた。

やや硬質だがすべすべした毛の感触が心地良いな。

動物が気持ちよくなりそうな鼻から眉間の辺りを重点的に親指で撫でていると完全に眠り始めた。


 イタチのままなら凄腕の獣医を見つけておかねばならないな。

最悪な事態にも対応するのが父親である私の役目だ。


 膝の上の小さな命の温もりと、パチパチと小さくはぜる暖炉の温もりに癒されながら書類を整理していく。

時々みじろぐものの、随分長く眠っているなと思いつつ、冬の決算書類の数字に没頭していく。


 コンコン。


 ドアをノックする音にふと我に返る。

日が落ちたようだ。


「入れ」

「失礼致します」


 短く許可を入れるとニーアが入って来た。


「お嬢様にお薬を····。

お嬢様はどちらに?」


 部屋を見渡してももちろん見つからない。


 ふと膝に目を落とすと····。


「うちの可愛い娘はどんな姿でも愛くるしさが大爆発するようだ」


 真っ白なイタチのアリーはポンチョから上半身を出して仰向けにバンザイして無邪気なイタチ顔を晒していた。


「お嬢様····」


 ニーアは鑑定魔法が使える。

このイタチが何者かすぐに察したんだろう。


 ニーアの残念な何かに向けるような視線を感じたのか、ピクンと体を震わせるものの、バンザイ寝は継続させるようで起きない。


 そっと人差し指で小さくなった額を撫でてレイヤードの持つ通信用魔具に連絡を入れた。


 転移魔法ですぐに帰ってきた息子は暴力的なほどの愛くるしさを振り撒くイタチのアリーにメロメロだった。

勘の良さを発揮して突然帰って来たもう1人の息子も同様にしてやられていた。


 レイヤードによって元に戻ったのはそれから1週間後だったが、息子達は期間中は転移で毎日ここに帰ってきた····多分わざと長引かせたんだろう。


 でかした、息子よ。


※※※※※※※※※

お知らせ

※※※※※※※※※

これにてこの章は終わりです。

多分この章で回収する伏線は回収したはずですが、あからさまに忘れてそうな何かがあったら教えて下さるととても有りがたいです。

誤字脱字報告も有りがたく受け取らせていただいてます。

応援して下さった方、本当に励みになりました。

お陰様でほぼ毎日投稿して何とか今章も書き終わりました。

新章がまだ漠然とした流れしか考えていないので、開始まで少しお時間いただきます。

でも多分来週か再来週くらいから始めると思います。


新章開始までの暇潰しによろしければ。


《かくしおに》

明日から毎日4:44に投稿する、4話完結の他サイトで投稿した人生初ホラー作品です(https://kakuyomu.jp/works/16816700429092360667/episodes/16816700429093232867)

でも怖くない····自家発電は難しいですね。

同時進行中の長編作品《https://kakuyomu.jp/works/16816700428375330496/episodes/16816700428375357411》に関わる人物も登場しますが、そちらを読まなくても大丈夫な仕様です。

少しネタバレ入ってます。


《【花護哀淡恋】ある初代皇帝の手記》

https://kakuyomu.jp/works/16816700428375330496/episodes/16816700428375357411

少し前に投稿した2話完結の短編作品です。

ホラーのつもりがミステリーじゃね?と思うような、ちょっと物哀しくもハピエンと作者は言い張るお話です。

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