149.可愛いは暴力~バルトスside~

「お帰りなさいませ、坊っちゃん」

「俺の天使は変わりないか、セバス」

「季節の変わり目で心配しておりますが、この1週間は微熱が1日あっただけにございます」


 俺の天使が邸に戻ってから数ヶ月経った。

秋から冬への移り変わりのこの時期が1番体調を崩しやすいから特に気をつけている。


 まさか無いだろうとは思いつつ、監視の目を緩めなかった秋の商業祭期間中も邸を脱け出す事はせず、ひたすら体調の安定を図ってきたお陰だ。

うちのお転婆天使もそれだけ体がきつかったという証拠でもあるんだが、何にしてもよく我慢してくれた。

最近は微熱の頻度も少なくなり、これなら恐らく本格的なグレインビルの厳しい寒さにも

大きく体調を崩す事は無いだろう。


 あのアホ王家連中とクズ親戚公爵家連中のせいでつまらん誘拐事件に巻き込みやがって。

最初は慰謝料だけで解決しようとしてきやがったから父上もブチ切れて貴族籍を返上して家族で他国へ移住を申し出た。


 はっきり言って俺達グレインビル家は平民でも問題ない。

父上も俺もレイヤードもA級冒険者だし、父上は更にその上のS級すらも打診されていた実力者だ。


 それにアリーも含めて俺達にはかなりの個人資産があるし、国とやり合って全財産を没収されても俺達は冒険者として、アリーも1から築き直せるだけの人脈と商才を国を跨いで手にしている。

もちろん本当に全財産が没収されないような対策も講じてはいるがな。


 ····平民のが自由が利くし、良くないか?


 もちろんグレインビル領の領民達は気がかりだが、天使の教育理論のお陰でうちの領民は逞しく、賢い。

それに個人資産も大なり小なり持たせるよう仕組みを作ってはいるから領主が変わっても野垂れ死にはしないだろうな。


 まあそんな訳で父上は貴族籍の返上、俺は退職、レイヤードは学園中退の手続きをさっさとしようとしたところで関係各所から待ったがかかって王族3人が雁首並べて高熱で苦しんでる天使と寝泊まりする辺境城の1室に飛んできた。


 首はもちろん国王王太子悪友王子バカだ。

黒髪3人は揃って泣き落としにかかった。

天使がその騒がしさからかタイミングよく魘され、それに殺気立つニーアが俺達も含めて全員部屋から締め出してなかったら、今頃は間違いなく天使と自由な平民生活を営んで満喫していたというのに····。


 一先ず俺達の要望を聞き、幾つかは折衷案のような案ではあったが飲む事にした。

責任を取って悪友かバカの妃にっていう狸は全てを言い終わる前に父上が首根っこ掴んで部屋から言葉そのまま放り出した。


 何を思ったか、後日あの宰相が2人の釣書を息子の釣書と合わせて送ってきたから突き返すついでに頭髪を凍らせて砕いた。

夏らしい髪型に感激したのか咽び泣いていた。


 事情を知っていた悪友は翌日個別訓練をつけてやった。

更にその翌日から辺境城には来なくなったから満足したんだろう。


 父上の執務室のドアをノックする。


「お帰りなさい、バルトス兄様!」


 ドアが開いて真っ白な兎が飛び込んで来た。


「····」


 何だ、この世界のあらゆる可愛いが詰まった天使な兎は?!


「····兄様?

もしかして似合わなかった?

他のにする?」


 いかんな。


 詰まってるだけじゃなく外に向かって炸裂する、可愛いの暴力にしてやられて絶句したせいで不安にさせたようだ。


「いや、ありがとう、天使な兎····滾る」


 真っ白な垂れた兎耳が同系統色の白銀髪によって逆に引き立てられ、自然な存在感を出している。

部屋で過ごす事も多い天使はもちろん色白だ。

しかし大きい兎の白耳が垂れている為に紫暗の垂れ目、ほんのり色付く薄桃色の頬、もう少し濃い桃色の唇の色が映えて優しげな顔立ちが更に優しく庇護欲を爆発的に掻き立てる。


 初冬とはいえグレインビル領は冷える。

氷熊の真っ白なポンチョとその裾の後ろの境目からピョコンと飛び出す白くて小さく丸い尻尾が相まって、最早白いもこもこの兎だ。


「似合ってる?

嬉しい?

お約束守れた?」


 俺の最初のリアクションがいけなかったな。

まだ少し疑っている。


「もちろん似合ってる。

約束を守ってくれて嬉しいぞ。

今日は寝るまで抱っこしていよう」


 そう言って春先より軽くなった天使な兎を抱き上げて暖かく温度を調整された父上の執務室に入って行った。


「ただいま戻りました、父上」

「お帰り、バルトス。

私の息子ならもっと素早く反応してしかるべきだったんじゃないのか」


 父上が少し威圧してくるが、言い分は正しい。

これくらいは甘んじて受けよう。


「これに関しては言い訳のしようもありません。

可愛いがここまで暴力的に一瞬で思考を奪うとは思いもよらず、俺の天使な兎を不安にさせてしまったのが悔やまれます。

明日は休みを取って先ほど対応が遅れた分まで俺の天使な兎をもふり倒します」

「お前の兎ではないが、私の可愛い兎はずっとそわそわしていたからね。

仕方ない、認めよう」

「ありがとうございます」


 よし、父上との会話はこれで終わりだ。

明日までこの暴力的に可愛い天使な兎を撫で回して····。


「待って、待って。

兄様、明日も本当はお仕事でしょ?!

父様も2人して真面目な顔で頷き合ってるけど、ダメだよ?!」


 と思ったら、垂れた兎耳をぴょこぴょこ動かす天使な兎からの何とも残念な駄目出しが入る。

目の前が暗くなった気がした。


「どうしてだ?!

俺には挽回の機会も与えられないのか?!

まさか天使な兎に嫌われた?!」

「嫌ってないってば!

天使な兎じゃなくて兎だよ?!

大好き、愛してるよ、兄様!」


 むぎゅっとふわふわな毛皮が首に抱きついてきた。


 役得か!


「チッ、バルトスめ」


 父上、どうせ俺のいない時に堪能したんだろうに舌打ちとは心が狭いな!


「そうじゃなくて、僕のせいで何ヶ月も王城のお仕事はしてなかったでしょ?

しばらくはダメ。

あの軍服の兄様が見られなくなるかもしれないのは嫌だよ」


 くっ。

悲しそうな顔をさせてしまうとは!!


「すまない、アリー。

俺の天使な兎。

明日は昼過ぎから出勤だから、それまでは愛でさせてくれるか?」

「····本当にお昼から出勤?」


 くっ····読まれている。


「昼前には····ここを出る、よ」

「じゃあそれまではせっかくだからいっぱい触って?

今日は僕が寝るまで抱っこしてね」

「もちろんだ。

俺の可愛い天使な兎」


 役得か!

腕に乗せた白くて可愛いの暴力をぎゅっと抱きしめる。


「チッ、バルトスめ」


 父上、さっきはいいと言っていたのに舌打ちとは心が狭いな!


 こうして俺は翌日の昼前まで兎の柔らかくも艶のある滑らかな質感を堪能した。

天使の髪の毛もまだ子供特有の柔らかさが残る髪質だからか、一瞬妹は兎の獣人だったかもしれないと思ったほど耳との質感に違和感が無かった。

耳は天使の感情が動くとぴょこぴょこ動く仕様らしい。

レイヤードの魔具の再現力には心から感嘆する。


 次も必ず弟のいない日を狙って帰宅しようと心に誓って、翌日の昼前には天使に急かされて出勤した。

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