121.暗闇~sideアリー、シルヴァイト
(····だ········とめ······や········)
また、いつもの声。
もう声の主が誰かわかっている。
助けなきゃ。
僕の大事な子。
僕の為に産まれてしまったあの子。
早くしなきゃ、消えちゃう。
なのに動けない。
どこにいるのかわからない。
どうして魔力がないの?
どうしてこの身体はこんなに弱いの?
····悔しい。
ぽろぽろと涙が溢れる。
いつもそうだ。
動きたい時にうまく動けない。
誰かが僕の頬に触れる。
優しい手つきで、少し硬い?
握って触れて確かめる。
手の大きさと剣ダコ····レイヤード義兄様?
また夢をみているのはわかっている。
夢の中だけでしか今はあの子と繋がれない。
(····だれか······いや·····いや····やめ···· )
いつもより少しだけはっきりと聞こえるのは、あのレプリカのせい?
もしかして泣いてるの?
今日の声にはすすり泣く音が聞こえる。
助けるから。
絶対····絶対、諦めないから····だから君も諦めないで。
目を開けると暗くなっていた。
熱が出たのかな。
息苦しくて体が重いし、感覚が鈍い。
思考がうまく働かない。
何で腕枕されてるんだっけ?
握った手と反対側の手で胸に触れると、ほど良い弾力と硬さを感じるから、鍛えてるんだね。
暗いし視界がぼやけてお顔がわからない。
でも硬くなった剣ダコと義父様やバルトス義兄様よりほんの少し小さい手と体つきはレイヤード義兄様だろうな。
お顔がわからなくても、僕にこんなことするのは家族くらいしかいないもの。
目を開けていると目が回るから、また閉じると涙がまた溢れたのがわかる。
また心配かけちゃうって分かってるのに、家族がいると気が弛んで止められない。
あまり見られないようにすり寄って胸に顔を埋めておこう。
「兄様····」
背中に回された手が慰めるように優しくとんとんとリズムを刻んでて、僕は再び微睡みの中に沈んでいく。
もう声は聞こえない。
ーーーー
目を覚ますと石畳に上から毛布を掛けられて寝かされていた。
小窓からは月の薄明かりが漏れている以外何も明かりはない。
狼の獣人だから夜目は利く。
体があまりにも怠くて自由にならない為、目だけで周りを見渡すと牢の中のようだ。
あの緑光を浴びて何故か身体が小さくなってしまった。
というか10代の前半くらいに戻ったこの身体は元の肉体と比べて力が弱いし、魔法の発動もうまくできなくなっていた。
とはいえ狼の獣人だから同じ年の子供と比べればガタイは大きいし、力もある方だったと思う。
ただ、元の大きさとあまりに掛け離れた体感の違いに慣れぬまま、あの女に遅れを取って腹を刺されたはずだ。
反射的に刃を掴んで貫通まではしなかったと思うが決して深くはない刺し傷に死を覚悟した。
手首に感じるこの枷と同じ物をはめられた王子も治癒魔法を使えないはずだから、状況は絶望的だった。
なのにこれはどういう状況だろうか。
手の平や腕や足、腹には痛みがある。
特に腹には違和感も強い。
だが腹がこの程度の痛みという事は何らかの処置を受けているはずだし、腹回りには布を巻かれている感じもある。
王子あたりが薬でも隠し持っていたんだろうか。
そういえば王子やあの幼い少女は何処に····失念するなど護衛失格だ!
青くなって体を起こそうと腹に力を入れた。
瞬間、先ほどまでの鈍い痛みが激痛に変わった。
「ぐっ····」
短く呻くも、それ以上は声すら出せない。
広がる痛みに上を向いていられなくなり、何とか横を向き、体を折り曲げようとして何かに妨害される。
何だ····毛布の塊?
痛む腹に耐えながら触れると、中に何か入っている。
「····う····ん····はぁ····」
苦しそうな幼い息づかいにまさか、と悶絶しそうな痛みに耐えて背を向けていたらしい体を転がすと白銀髪の少女の顔が出てきた。
「····はぁ、はぁ····ん····」
顔を苦しそうにしかめる少女の首筋に手をやるとかなり熱い。
この牢で見かけた時から具合が悪そうだった。
元々体も相当弱い事は知り合ってからこの数年でよく知るところだ。
「うっ、ぐっ」
他に異常がないかを確かめるのに痛みに呻きながらも小さな体に巻きつけた毛布をめくって確かめる。
特に問題はなくてほっとした。
それよりも王子はどこだ?
五感を研ぎ澄まして気配を探るが、この牢にはいないようだ。
だが王子は何かの目的で人質にされた可能性が高い。
実際、こちらに殺意は向けられても王子には向いていなかったから命が取られる心配はないだろう。
どちらにしても今の自分にできる事はこの少女を守る事しかない。
気持ちを切り替え、少しでも快適にしようと自分に掛けられた毛布をこの子の敷布にしようとするも、激痛で難しい。
「····ん····く····ふぅ····」
貴族令嬢にすることではないのは承知しているが、苦しそうに喘ぐ体の熱も取りたい。
何よりこの硬い石畳に直に寝るよりは幾分負担も和らぐだろうと小さくなった自らの腕を汗ばむ首に差し込み、抱き込む。
自分の体が思っていたより冷えていたのか、熱の塊のように熱く感じた。
「····ど、し········から、だ····よわ、の····くや、し····」
熱に浮かされた小さな声が静かな牢に響く。
見ればぽろぽろと涙が溢れている。
完全には聞き取れなかった。
けれど体が弱いのを悔しいと言ったのは何となく理解できた。
枷が邪魔だったが腕を折り曲げて溢れる涙を拭ってやる。
いつも笑顔しか浮かべていないような少女だった。
自分の耳や尻尾に触れては嬉しそうにはしゃいで笑い、ケーキを食べては無邪気ににこにこと笑い、自分より年上の貴族令嬢に絡まれたり怪我をさせられてもどこか余裕のある笑みを浮かべ、国家権力の象徴たる王族と接していても目は逃げ出す機会をうかがっていたが貴族令嬢たる笑みを張りつけていた。
心のどこかでは体の弱さなど気にしていない、心根の強い貴族令嬢だと思い込んでいたのかもしれない。
小さな手が頬に添えた手を握る。
随分と頼りない手だった。
紫暗の濡れた瞳が開かれる。
ぼうっとした顔をしているし、いまいち焦点が合っていない。
何かを確かめるように握った手を剣ダコに沿わせ、反対の手が胸に触れる。
ほっとしたような顔をして目を閉じたと思ったら再び涙が溢れ出し、それを隠すように胸に顔を埋めてきた。
「兄様····」
熱に浮かされたのか、暗がりで人属には顔がわからなかったのか、或いはそのどちらもなのかはわからないが兄と勘違いされたのはわかった。
今の体躯的にはあの次男だろうか。
こんな状況だから、心細いのも確かだろう。
そう考えて兄のふりをしながら細心の注意を払って優しく背中を叩く。
体力がない弱った体はすぐに微睡みの中に落ちていった。
しばらく動かずにいれば、幸い腹の痛みも落ち着いてきた。
この少女だけは何があっても守ろうと腕に力を込めて抱き込み直し、自分も体力を回復する為に眠りについた。
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