93.扇とレース

「やはりあなたのような娘が欲しいわね」

「ふふ、ありがとうございます、伯母様」


 座り直すと伯母様が感心したように声をかけてきたから社交辞令で受け流す。

従姉様がいなくて良かったよ。


 そうしていると1人の貴婦人と2人の令嬢が空いていた席に案内されてきた。

令嬢の1人はまだ幼い。

あっちの世界だと小学校入学前後くらい?


 お互いにごきげんようと挨拶をしてから自己紹介をする。

金髪青目のドン引き令嬢の卓で世間話をしてた人達で、確かアビニシア家より少し後に公爵に陞爵した家だったはず。


「それよりもそろそろ王妃様がいらっしゃるのでは?」


 夫人が空席に視線を向けて伯母様に問う。

知り合いだったのかな。


「そうね」


 伯母様が気にした様子もなく他人事のように穏やかに相槌を打つと、一瞬何かを思案したように僕をチラリと見てからは何も触れずに姉妹の相手を始めた。


 大丈夫だよ、そろそろ連れて来てくれるから。


 僕も伯母様と世間話を始めて待ち時間を潰しているとドン引き金髪令嬢が近づいて来るのを視界の端に捕らえる。

令嬢は花柄レースを首元にあしらったスカート部分はふわりとした形の薄青色のホルターネックドレスに二の腕までの同じ色の花柄レースの手袋をはめてお茶会に相応しい、露出の少ない品のある装いだ。

この世界のレースはカッティングレースが主流だよ。


 僕以外は気づいてすっと立ち上がる。


「ごきげんよう。

ほら、いつまで後ろにいらっしゃいますの」


 そう言うと後ろに小さくなって隠れていた赤色ドレスの令嬢、従姉様の手を掴んで席に座らせた。

その表情はやっぱり暗い。


「娘がご迷惑をお掛けしましたわ。

ブルグル公爵令嬢」


 従姉様に視線を移す事なく伯母様が一礼する。

家格はブルグルが上だからね。


「かまわなくってよ。

皆様お掛けになって。

それよりお久しぶりね、アリアチェリーナ様」

「はい。

お久しぶりですわ、レイチェル様」


 僕は立ち上がるけど、お互いに一礼はしないし、かといって僕達の様子に不穏な気配もない。

それに何よりお互いに名前で呼び合っている。

その様子に僕達以外が困惑しつつも見守る。


「例の物はできまして?」

「もちろんでしてよ。

今お渡しした方がよろしいかしら?」

「そうしてくださる?」


 僕はこの円卓の専属バトラーに目配せした上でポケットに手を入れて例の物を取り出した。


「便利なデザインね。

ああ、それよりもこちらですわね。

広げてみてもよろしいかしら?」


 僕のドレスに目を丸くしつつも手にした物に気を取り直したドン引き令嬢に、僕はにこりと微笑んで頷く。


 パサリ。


 乾いた音と共に広げたのは、青色の扇。

その生地はで作ってある。

軽く扇ぐと先端の絞りを加えたレースが揺れる。

ただ、彼女が使うには少し小ぶりだけどね。


「良い香り。

それにこのレースはいつ見ても素敵だけれど、この色は私の瞳の色によく似ていて感慨深くてよ」

「初めて作りましたから強度が心配でしたが、そのまま持ち運びしても綻び等はございませんでしたわね」

「そのようですわね」


 そう言って僕に扇を返すと僕の隣にいた令嬢は少し驚いた顔をする。

プレゼントを突き返したと思ったんだろうな。


 さっき目配せしたバトラーが近寄ってきて、そっと細長い小箱を差し出した。

小箱には扇のレースと色違いの同じ柄で、一部に金糸を使った小花が散ったリボンで封をしてある。


「綺麗な青紫ね。

この金の小花も良いアクセントでしてよ。

あなたのドレスの色とも少し風合いが違う、私達の瞳の色を掛け合わせたような色で素敵だわ。

喜んで使わせていただいてよ。

ただ、そちらの扇はあなたが使っても問題ないけれど····」


 同じ円卓にいる小さなレディに目を向ける。

うん、僕も気づいてた。


「私も本日はこちらの扇を····と言いたいところですが、長さもちょうど良い上に喜んでいただけそうな方にお譲りする方が作り手の私も嬉しく感じますわ」


 めちゃくちゃキラッキラの目で扇を見ていた僕より目線がやや下の少女に近づいてそっと差し出す。


「うわー!

ありがとうございますわ!

本当です!

いいかおり!」

「ピノ!

言葉使い!」


 その場で好奇心を抑えられずに鼻の下でパタパタ扇ぐ幼い妹を慌てて姉が諌めるその間で、けれど夫人は慌てる様子を見せない。


「グレインビル侯爵令嬢、本当によろしいのかしら?」

「先程レイチェル様ともお話しされていらっしゃいましたし、その青の扇をお持ちになっても特に問題はございませんでしょう?」


 僕の隣に移動した本人もそれに軽く頷いてるから、大丈夫だよ。


「素敵な贈り物に感謝致しますわ」


 僕達2人に礼を取ると、両側の息女達もそれに倣った。

何か少し前の侯爵親子との光景と既視感が····。


 なんて思っていると、会場入り口付近の警備騎士達の雰囲気が明らかに緊張したものに変わる。

そろそろかな。


「では私は戻りますわ。

また後ほど」

「はい」


 今度はお互い軽く一礼してそれぞれ席へと戻る。

雰囲気を察した他の貴婦人達も同じようにそそくさと席に着いた。


「王妃様、ご来場!」


 会場内が静まった頃合いを見計らうようにして案内係の声が響いた。

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