第90話 ずっと一緒に

 全てが終わり、平和を取り戻した富士の町で。

 ドラガンゼイドの破片を前に、晃偉はただ呆然と立ち尽くしていた。

 その手にはエメラルドのような金属が握られている。本来の色味を取り戻したセントラルコアの欠片だった。

 その後ろ姿に、どんな言葉をかけたらよいのか分からない。

 それでも、何も言葉が思い浮かばずともただそこにいるだけで意味はあると彩花が隣に立った。


「……ありがとう。すまなかった」

「謝らないで。全部、不運が重なっただけだよ」


 しばらく沈黙が続いていたが、彩花が横に来たことで晃偉は少しずつ言葉を紡ぎ始める。


「……優衣は、何か言っていただろうか」

「分からない。けど、百合花ちゃんは、ありがとうって言ってた気がするって」

「……そうか。救われた、と思っていいのかな」


 視線を真っ直ぐに固定したまま話し続ける。

 風が流れる。緑の香りを乗せて頬を撫でた。


「今日が何の日か、彩花くんは覚えているだろうか」

「もちろんだよ。優衣の命日で、そして誕生日」

「覚えていてくれていたのか。……今日、優衣と約束していたんだよ。起動実験が終わったら誕生日会をしようって。優衣が好きなケーキも予約していたんだ」

「……そうなんだ」

「ああ。私は最低の父親で、そして最低の人間だな。娘を苦しめ、多くの人命を奪い、駿河奪還の拠点と期待されていた富士をここまで破壊した。歴史を見てもここまでの大罪人はいないだろう」

「違う。叔父さんは最低の人間なんかじゃないよ」


 彩花は知っている。

 晃偉がどれだけ優衣のことを想っていたのかを。大切にしていたのかを。

 それに、晃偉は優しい人間なのだ。ドラガンゼイドを作りだしたそもそもの目的も、自分と同じように大切な人を失う辛さを味わう者が一人でもいなくなるようにと願ってのことだ。

 結果的には暴走という結果で大勢を死なせてしまったが、彩花はやり方が間違っていたとは思わない。しいて言うならば、課程にミスがあったということくらいだ。

 が、あのような事態を引き起こすなど予想はできなかった。運が悪かったと言えばそれで終わりとも言えるだけに悲しい。

 彩花だけは、晃偉を否定的に見てはいけないのだ。


「優衣のメッセージを思い出して。本当に最低な父親なら、娘でよかったなんて伝えてこないよ」

「……そう言ってもらえると、心が救われるよ」


 自衛隊の輸送ヘリが近付いてきていた。百合ヶ咲からのお迎えだ。

 邪魔しては悪いと百合花たちが一足先にヘリに乗り込んでいく。富士宮のワルキューレたちも撤収を始めていた。

 もの言いたげな目をするが、何も言わずに彩葉がヘリに乗った。

 晃偉が小さく笑い、彩花の頭を撫でる。


「さぁ、そろそろ時間だ。彩花くんも、学び舎に戻りなさい」

「分かった。じゃあ、またね。卒業したら、また年末年始とお盆は帰ってきてよ」


 別れの言葉を口にし、ゆっくりとヘリに向かって歩き出す。

 半分ほど進んだ辺りで、晃偉が彩花を呼び止めた。

 首を傾げて振り向く彩花に、晃偉は目元を緩やかに笑わせて問いかける。


「聞きたいことがあるんだ。……君の守りたい人は、やっぱり彩葉くんか?」

「もちろんだよ。彩葉は私の大切な妹だからね」

「そうか。別れというものは、ある日突然にやってくるものだ。今この一瞬一瞬を大切に生きるんだよ。悔いのないよう、やりたいことは今すぐやるんだ。君たちは、世界を守る使命を背負うワルキューレだが、その前に一人の少女だ。一生で一度の輝く青春を自分のために使ってほしい」

「ふふっ。うちの生徒会長と同じことを言ってる」

「ははっ、そうか。では、これは誰もが思っていることだと胸に留めておいてくれ」


 力強く頷き、再び歩き出す。

 乗り込もうと足をかけたとき、晃偉がヘリの中にいる全員に向かって質問を投げかけた。


「最後に一つ聞かせてくれ。……百合ヶ咲学園の生活は、楽しいだろうか?」


 全員が顔を見合わせた。

 誰もが同じ答えを思い浮かべた。その考えはそれぞれの笑顔で共有される。

 代表して百合花が答える。


「はい! それはもうとても!」

「……そうか。よかった。私が見たかった世界の一部を見ることができて」


 コンビニの残骸から無事なシャープペンシルを拾い上げた。

 壊れたレジに紙幣を入れ、シャープペンシルを全員に配る。


「私の夢は、君たちがアサルトではなくこのペンを握って笑い合う世界の実現なんだ。願わくは、この人類とホロゥの戦いが君たちの代で終わらんことを」

「っ! ありがとうございます」

「青春を謳歌せよ乙女たち。白きあの学び舎で、かけがえのない友情と親愛が生まれることを祈っているよ」


 晃偉がヘリから離れた。

 百合花たちを乗せ、ヘリは百合ヶ咲へ向けて飛行を開始する。

 空の彼方に消えて、姿が見えなくなるまで晃偉はヘリを見送っていた。そして、完全に姿が見えなくなるとゆっくりと歩き出す。

 やって来たのは、優衣のケーキを予約していた洋菓子店。戦闘の余波で壊れてしまっていて、見るも無惨な状態だ。

 そのショーケースの中から一番綺麗なショートケーキを取り出し、代金を添えて店を出た。

 ドラガンゼイドのセントラルコアの残骸前まで歩くと、ケーキに蝋燭を立てて火を灯す。

 ライターを片付けると、今度は代わりに拳銃を取り出した。


「誕生日おめでとう優衣。ハッピーバースデートゥーユー」


 拳銃を自分のこめかみに押し当てる。

 子供たちが輝く未来を切り開いてくれることを祈って。可能性を信じて。

 目を閉じると、晃偉は白い世界に立っていた。

 目の前には輝く人影がある。そっと優しく、懐かしい手が差し出される。


――こっちだよお父さん。これからもずーっと一緒だね、嬉しい。


 目頭が熱くなり、差し出された手を握る。


「私もだよ優衣。さぁ、二人で――」


 指にこもる力が強くなって――、


 どこまでも広がる青空に、乾いた音が響き渡った。

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