第72話 戦闘後の団らん

 彩葉を連れて移動用のヘリコプターに乗り学園を離れる彩花を見送り、百合花は寮へと戻った。

 共用のキッチンの横を通り過ぎたとき、ほんのりと甘辛い香りがした。それが、静香が作る牛丼の匂いとよく似ていたことからくすりと笑いが漏れる。

 そのまま匂いを辿って向かうと、予想通り自分たちの部屋に到着したので笑いを堪えながら扉を開けた。


「あ、お帰りなさい百合花ちゃん!」

「お邪魔してるよ~」

「樹様、もう少し客人としての態度を……」

「遅かったわね。誰にも知られてはならない極秘の話でもあったのかしら?」

「決して表に出ない裏の密談。我ら夜の闇を住処とする魔女にとって実に興味深い内容ではあるが……」

「えっと……闇で覆い隠されし秘匿された情報を表世界に……さっき移動用のヘリを見かけましたけど彩花様に何かありました?」


 百合花を出迎える静香。そして、部屋でくつろいでいた樹、千代、杏華、綾埜、築紫の五人。

 お茶でもしていたのか、テーブルを囲んで話していたようだった。

 とりあえず築紫の質問になんでもないと返し、百合花はベッドに腰掛ける。すぐに静香が紅茶を淹れて百合花へと差し出した。

 一息つくために紅茶を呷り、それからテーブルに置かれたものを見て首を傾げる。


「パイ?」

「はい! 焼いてみたんです!」


 ほかほかのパイが切り分けられていた。

 百合花も食べたいのだと思った静香がすぐに一切れ切り分ける。それを皿に載せ、百合花へと差し出した。

 牛丼の匂いがしたためてっきりまた妙なものを作ったのかと思っていたが、見た目は普通なパイに少し拍子抜けだ。


「キッチンから牛丼みたいな匂いがしててね。夕食に作ったの?」

「いえ、牛丼パイです」

「……もう一度聞いていい?」

「牛丼パイです」


 またしても妙なものを作っていた静香の顔を思わず眺めてしまう。


「ほら! ミートパイとか美味しいじゃないですか!」

「そうね。ドーナツチェーン店も力を入れてるくらいだし」

「お肉はパイに合うんです! なら牛丼を入れても合うんです!」


 再び語られる静香の謎の牛丼理論。

 今までなぜかそれで作られたものは美味しいという謎現象を引き起こしてきたが、さすがにこれはないだろうと樹を見た。

 と、ちょうど牛丼パイをかじっていた樹は百合花の視線に気が付き笑顔で返す。


「美味しいよこれ。試してみなって」

「正直理解不能よ。この理由を解明するのはたとえアカシックレコードであろうと不可能ね」

「えぇ……」


 樹だけでなく杏華も美味しそうに牛丼パイを頬張っていた。

 百合花も恐る恐る一口食べてみると、専門店で出されてもおかしくないような味に感激しながらもある種の理不尽さを感じる。


「静香ちゃん将来料理屋さんをしたほうがいいよ。絶対に繁盛するよ」

「一風変わった牛丼の店! みたいな感じで人気になりそうですね」

「そうなったらサバトの会場として毎週予約入れるから!」

「あはは……ワルキューレとして戦えなくなったら考えてみます~」


 褒められたことが嬉しい静香が照れながら後頭部を掻く。

 「実はおかわりも焼いている」と、冷蔵庫に置いてあった牛丼パイも取り出して電子レンジに放り込んだ。まだまだ夜会を続けるつもりだ。

 甘辛い香りが漂ってくる。百合花が食べたものは少し冷えていたが、これが熱々だとどうなるのかと想像すると楽しみに思った。

 加熱完了の音と共に電子レンジが開かれる。すると、部屋いっぱいに香ばしい香りが充満した。

 それと同時に部屋の外から腹の虫が鳴く音が聞こえ、扉が勢いよく開け放たれる。


「やぁやぁここだね美味しそうな匂いがしているのは!」

「アイリーン様!?」


 いきなり乱入してきたアイリーンに静香が驚いた。

 そんな静香をお構いなしにアイリーンは牛丼パイに吸い寄せられる。


「これが私の空腹を虐める元凶か! 許せないから食べさせてください!」

「え、あ、はい! もちろんです!」


 返答を聞いた刹那、サッとナイフで四分の一ほどを切り取りフォークに突き刺してかぶりつく。

 目の色を変え、小さく飛び跳ねながら歓喜していた。


「ん~!! 美味しい~! 五臓六腑に染み渡る~!」

「それ使い方合ってます?」

「いや~水以外のものを口にしたのなんて四日ぶりだからさ! 合ってる合ってる!」

「「「ご飯食べましょうよ!?」」」


 ある意味爆弾発言をかましたアイリーンに全員のツッコミが殺到する。

 その勢いに押されるも、一瞬たじろぐだけでもう一口牛丼パイを食べたアイリーンがフォークを振る。


「ひやひゃってひまおひゃねがなひんひゃもの」

「飲み込んで喋ってくださいね」

「ん。今ね、金欠なのよ。研究資材とかエナドリとか出費がかさんじゃってさ~。それでそろそろ限界だと思って彩花に何か奢ってもらおうとしたらしばらく帰ってこないってもう餓死するかと思ったわよ」

「おいおいおーい」

「樹様が雑なツッコミを……」

「ほんと助かった! いつかお礼するからね!」


 満面の笑顔のアイリーンにもはや何も言えない。本人がいいならこれでいいかと思うしかなかった。

 笑って牛丼パイを頬張るアイリーンに、百合花は紅茶で間を整えると静かに問いかける。


「それで、アイリーン様はどうしてここに? まさか後輩に食事をたかりに来たわけじゃないですよね」

「せいかーい! ……と、言えれば面白いんだけど違うんだな。でも、なんか楽しそうな雰囲気だし出直すことにするよ」

「何か言いにくい内容なんですか」

「まぁ、言いにくいっちゃ言いにくいね。……百合花ちゃんに答え合わせをお願いしたかったからさ」


 それで、アイリーンの来訪目的を何人かは察した。

 アイリーンが立ち上がり、百合花にそっと耳打ちする。


「明日、お昼過ぎにでも食堂に来て」

「話のついでにご飯を奢ってもらいたいと?」


 冗談で返すと本気だったようで、耳元から顔を離し頭を勢いよく下げる。


「日替わり定食の一番安いやつでいいからお願いします百合花様仏様!」

「はぁ……いいですよ」


 半ば呆れて約束をした。

 アイリーンは満足そうにドアへと歩いていく。


「あ、お邪魔しました~。パイもごちそうさま!」


 そう言い残し。

 素早く身支度を調えて自分の部屋へと帰っていくのだった。

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