第66話 龍の降臨
樹たちが山道で配置についている頃、百合花は渦の前でアサルトを構えていた。
苛立ちが収まらない。半日近くが経ってもいまだに腸が煮えくりかえる思いだった。
感情的になっている自分に少し驚きつつも、決して咲の発言は許さない。
「ふざけるな……」
「あ、あの百合花ちゃん? 近付きすぎるのも危険だからもう少し後退してほしいな」
そう、近くにいた三年生の一人が諭す。
軽く咳払いし、どうにかいつも通り話すことができるように整理を付けてから振り返る。
「そうですね。すみません茅様」
「ううん。百合花ちゃんなら問題ないと思うけど一応、ね」
少し渦から距離を取ったところで、中心から火の粉が漏れた気がした。
咄嗟に嫌な予感がして防御の構えを取る。それは、経験豊かな二人の三年生も同じだった。
遅れて気付いた二年生と一年生数人が防御しようとした時、渦から炎の津波が押し寄せて周囲一帯を焼き払う。
「「「きゃああああぁぁぁぁぁ!!」」」
あまりの火力に悲鳴が発せられる。
幸いなことにその場にいたのは全員が第二、もしくは第三世代だったためにシールドを展開して致命傷は避けたものの、一年生二人が腕などに大火傷を負ってしまう。
「負傷者を連れて撤退! すぐに応援要請を!」
「「「了解!」」」
「三年生組と百合花ちゃんは待機! 遅滞戦闘に努め応援到着後総力戦で敵を撃破する!」
「「「はい!」」」
二年生が負傷した一年生を連れて退いていった。
残った百合花たち三人で渦の正面三方向に分かれアサルトをいつでも攻撃できるように持ち直す。
「今の火力……まさか朱雀?」
「元禁忌指定タイラント種か。面倒な」
「朱雀だった場合は胸部の溶鉱炉を集中攻撃。部位破壊さえすれば火力も機動力も大幅に削られる!」
素早く指示を飛ばすが、現れたのはまったく違う個体だった。
渦が引き裂かれ、巨大な黒い脚が出現して地面を踏み砕く。
百メートル近い巨躯を持ち、圧倒的な存在感と威圧感を振りまいている。渦が消えると、鼓膜を裂くような轟音でホロゥが吼える。
咆哮に押し負けるように百合花たちが耳を覆った。海岸沿いの木が根元から折れて道路を塞ぐ。
「目標超大型ホロゥドラグーン! まさかこいつが出るとは!」
「実物はいつぶりの出現でしょうかね!」
再度大きな咆哮が発せられる。
超大型相手にまともなデュエルを挑んでも歯が立たないのは常識。定石通り脚への攻撃を行おうと考える。
が、動けない。百合花も三年生の二人も不審な様子に気付いている。
「無防備すぎる……」
「何か狙っているんですかね?」
先ほどから一歩も動かず、進む素振りを見せているだけ。それが余計に不気味だった。
普通、ホロゥが出現すると禍神や禁忌指定タイラント種のような特別な知性を持つ個体でもない限り、すぐにでも破壊や殺戮行動に移る。
そうしないこのドラグーンは、どこか他のホロゥとは違っていた。
「近接戦は危険すぎる。距離を開けての射撃で様子見しようか」
そう提案を受けて、百合花がアサルトを射撃形態に変形させた。
倒木の上までラインを下げ、そこから脚への射撃を開始する。
数発の被弾を受けてようやくホロゥが動き始めた。射撃を意にも介していない様子で歩き続ける。
歩みを止めることはできず、三人で下がりながらの攻撃を続ける。が、進行は止められず鎌倉の町へ侵入を許してしまった。
「やっぱり打撃しか……」
「でも打撃は現状危険だと思いますよ!」
「百合花ちゃんに賛成。被害が拡大するけどもう少し狙いを探るべきね」
三年生二人は共に第二旧世代で、使用アサルトが近接形態のため満足に戦闘に参加できていない。
それが悔しいが、突撃して死んでは元も子もないために慎重にならざるを得なかった。
徐々に徐々に下がっていく。少しずつ奥深くへと進まれる。
そんな時、市街で待機していたグループが合流してドラグーンへ襲いかかる。
「何してるんですか! 攻撃を!」
「これ以上進ませるな!」
「脚を狙って!」
近接アサルトを持った三人が突撃を仕掛けた。
それを見計らったように進行速度が落ちたことに百合花はすぐ気付く。
あえて射線を変えて突撃した三人の足元を撃ち抜いた。ひずみができて見事に躓いた三人が転倒する。
ドラグーンが脚を上げ、勢いよく振り下ろしたのは同時だった。
もし転倒しなければ確実にぺしゃんこだった。
踏みつけの衝撃で駐車していた車の防犯ブザーがけたたましく鳴り響く。店のガラスにも割れる被害が出た。
「そういうこと……!」
「仕掛けなくて正解だったね。襲ってきたワルキューレを踏み潰すのが狙いだったか……!」
高い知性を有している可能性が窺える。
「情報改訂! 目標、特型ホロゥの可能性あり! 指示を請う!」
『現場にいる各員へ。近接戦での戦闘を禁止。射撃で注意を惹きつつ攪乱戦闘で時間を稼ぐように』
「「「了解」」」
学園司令部から命を優先にした戦闘指示が送られる。
すぐさま射撃アサルトを使うワルキューレたちに声が掛けられ、前線の近接持ちと入れ替わりの準備が進められた。
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