第31話 マッドスチューデント
「あの日、私は誓ったんです。バルムンクを、そして夜叉を討つまで皐月の名前を棄てるって」
「そうなんだね」
神戸で起きたことの一部始終を聞いた神子が黙り込んだ。
想像していた以上の地獄。バルムンクが頭一つ飛び抜けて厄介な脅威だと再認識するきっかけにもなる。
皐月は、神子と視線を合わせた。
「だから、この名前は自分への戒めでもあるんです。面倒かもしれませんが、全てが終わるときまで私のことは殺姫、と呼んでもらえますか? 発音は同じなんですけど」
「分かったよ。でも、百合花には今の話……」
「百合花は分かってて何も言わないでくれているんです。親友だから、理解してくれているんですかね?」
そう、殺姫が朗らかに笑った。
その覚悟をしっかりと理解し、そのために協力は惜しまないと強く決意する。そのことを伝えた神子は、早速訓練のメニューを考えることにした。
殺姫も殺姫で少しだけホログラム相手に自主練を再開する。
三十分ほどやっていると、殺姫もいい感じに体が温まってきて神子も内容のおおまかな路線が組み立てられるようになる。
今日の各人の目標を立てた頃、先に葵と香織がやって来る。
「おはようございます神子様」
「おはよう。あれ、やっぱりそれ厳しそうね」
「ええ、申し訳ありません……」
松葉杖を手放すことができない葵には、しばらく激しい動きは無理だ。
仕方なく葵には話を聞いて動きをイメージするように伝え、香織を見るが彼女もなんだか申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめんなさい神子様。私のアサルト……破損がひどいらしくて……」
「そうなの。じゃあ、仕方ないわね」
肝心の二人が訓練に参加できない状態。
だが、それもバルムンクの攻撃をほぼ直撃で受けた二人だからどうしようもない。見学でも学べることはあるのだ。
時間を無駄にしないためにも、彩花たちを待ちながら先に殺姫と訓練を始めようと考える。
早速殺姫に声を掛け、バルムンクの戦闘データを基にしたホログラムを映写したときに、その人物たちは入ってきた。
「やぁやぁ待たせたね香織ちゃん! アサルトの修復が終わったから届けに来たよ!!」
「アイリーン様!?」
彩花と彩葉の二人と並んで訓練施設にやって来たのは、二人の幼馴染みのアイリーン。彼女は、布にくるまれたごついアサルトを運んでいた。
ガンッという重い音を鳴らしてアサルトが地面に立てられる。アイリーンが布を外すと、ほぼほぼ新品に近い香織のアサルトが姿を現した。
「どうかな? 徹夜の作業で仕上げたんだけど」
「これ、部品がほとんど新しくなってる……」
「あー。表面の装甲だけじゃなくて内部の精密機構なんかもいかれてたからベースはそのままに大部分を換装したんだよ。その時に少しだけ私の趣味というか、カスタムも混ぜてみた!」
「アイリーンが言っているカスタムは深夜の二時に思いついたものらしいから、あまり信用しない方がいいわよ」
「彩花それは失礼すぎない!? ちゃんと十四本目のエナジードリンクを飲んで目が冴えていた時間だから平気よ!」
「バルムンク襲撃以前から結構な数の修理依頼を受けてさらに論文とかも書いていたわよね? 最後に寝たのいつ?」
「んー? 五日前?」
おかしなことを言い出すアイリーンに誰もが苦笑を漏らした。彩葉は本気で体を心配している。
それはさておき、とアイリーンが香織のアサルトを起動させる。
「説明のためにちょっと私でも起動できるようにしてるよ。後でこの機能は外すから許してね」
「あ、はい!」
「でね。アイリーンカスタムってのはこれよ!」
香織のアサルトは、ハンマー型のものでホロゥを強烈な一撃で粉砕することに長けている。
今回アイリーンは、そのハンマーの攻撃面とは逆に妙な機械を取り付けていた。どことなく形はロケットノズルに似ているような気もする。
「名付けてソニックハンマー! ジェット推進で加速して打撃力を大幅に向上させたカスタムよ!」
「ジェット……?」
「そう。ほら、バイクみたいに持ち手のここを捻ると装置が始動して、こんな風に!」
アイリーンが勢いよく持ち手を捻った。
瞬間、取り付けられた装置が重々しい音を発して震え始める。数秒後には青白い焔が放出され、爆発的な推進力を生み出した。
「使い方は簡単……って! 止まらないマズいどうしよう!!」
「アイリーン様!?」
「え!?」
「何やってるんだか……」
彩花が呆れたようにため息を吐いた直後、アサルトに連れて行かれたアイリーンは施設の壁に正面から激突した。衝撃で大きな亀裂が放射状に広がる。
想像を遥かに上回る威力だった。これには殺姫と神子、葵も目を見開く。
煙が晴れ、瓦礫の中からアイリーンが額から血を流して歩いてくる。
「とまぁ、使い方には気をつけてね。強力だけど危ないから」
「それはよーく分かりました。でも、ありがとうございますアイリーン様」
「どういたしまして。それはそうと彩葉。悪いけど医務室に連れて行って……」
最後にそう彩葉へと託すと、アイリーンは目を回して倒れてしまった。
彩葉が慌ててアイリーンを担いで走って行き、その姿を見ながら神子は頬を掻いて訓練の準備を進める。
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