第29話 戦う理由
次の日、まだ早い時間に地下訓練場には二人の姿があった。
超大型ホロゥのホログラムを切り刻む殺姫。それと、その姿を後ろから見守る神子。
今日から葵たちが特訓するので神子はその準備に来たのだが、それよりも先に殺姫が来て訓練を始めていた。
素早い連続攻撃でホロゥの体表に複数の斬閃を刻み、ヒビを作り出していく。
振りかぶった一撃で腕を一本破壊した。
バランスを崩した一瞬でホロゥの体を蹴って上へと駆け上り、体を回転させながら大鎌を振り下ろす。
もう一本の腕も肩から切断し、着地と同時に横凪の攻撃を放って両足首まで破壊する。
四肢を破壊されたホロゥが倒れたところを連続で斬りつける。首回りを狙って集中的に。
超大型ということで、硬く分厚い装甲ではあったが呆気なく破壊された。宙を首が舞い、ホログラムは消滅する。
一切の容赦なく、そして圧倒的な力で超大型ホロゥを殲滅した殺姫。
用意していたジュースを飲んでいると、ここでようやく神子が声を掛ける。
「すごいね。超大型を一人で」
「……六十点。まだまだ動きが粗いです。もっと上手く戦えるはず」
「そう? ……そうか。確かにもう少し動きを削れそうな場面もあったものね。でも、一人で超大型の討伐は相当難しいけど?」
「このくらいできないと、スタート地点にすら立つことは出来ませんから」
「目標が高すぎるよ。以前に見たときよりずっと強くなってるし、今でも充分トップクラスのワルキューレだよ」
「……以前……?」
「まさか、気付いてないと思ってた? そのアサルトとあんな特徴的な動きをしていたら絶対に気が付くよ。百合花も知ってるんじゃないの?」
「……まぁ」
神子が近くにあったベンチに歩いていき、隣に座るように促して自分も座る。
空になったジュースのペットボトルをゴミ箱へと投げ捨て、殺姫は神子の隣に座った。
すると、座った瞬間に神子が殺姫を温かく抱きしめる。
「よかった……! 生きていたんだ」
「神子様。心配を掛けてごめんなさい」
「いいの! また会えたことが嬉しいんだから。……皐月ちゃん」
久しぶりにその名を呼ばれ、五十嵐皐月は目頭が熱くなるのを感じた。
あの地獄で――神戸戦役で唯一生き残った五十嵐家の人間。
とある目的のため、わざわざ名前を変えてもっと自分の力を高めるためにこうして百合ヶ咲にも入学した。
もう二度と会えないと思っていた神子はその再会を喜んでいる。百合花と一緒にいることが多かった皐月だが、小さいときから神子はよく稽古をつけてあげていたために付き合いも深い。
「そうだ! お母さんに連絡しなくて……いや、ごめん。隠してたってことは知られたくないってことだよね」
「ごめんなさい。ただ、清美様には黙っていてもらえると助かります」
「よければ、理由を聞いてもいいかな?」
「……私が刃を振るう理由は、復讐のため。西園寺家が大事にしている、胸を張って誇れるワルキューレ像からはかけ離れています。だから……」
「そんなことか。それなら、気にしないで良いのに」
「え?」
「私も百合花も同じだよ。私より百合花のほうがもっと深刻。私たちも、昏い憎悪の炎を原動力に戦っているようなものだからね。私、あの子が心の底から笑った顔なんてもうずっと見ていないもの」
「そんな……」
「上手く隠しているでしょ? お姉ちゃんだから見破れたのです」
少し戯ける神子。
そして、頬を掻いて困ったように笑った。
「でも、何があったのかは分からなかった。……昨日まではね」
「昨日……」
「琵琶湖血戦で禍神と戦った。きっとそれが原因なんだと思ったよ」
皐月が目を伏せた。
あの時、禍神が取った数々の残虐な行動を思い出すと、納得が出来てしまう。もうそんな前から百合花の心には黒いものが溜まっていたのかと思うと皐月の心まで痛む。
ただ、そんな皐月を神子は優しく撫でた。
「でもね、救急車の中で百合花と少しだけ話したとき、気付いたの。少しだけ棘が抜けているってね」
「そうなんですか?」
「うん。きっと皐月ちゃんが生きていたからだよ。琵琶湖に続いて神戸でしょ? 悲しいことが立て続けに起これば、あれだけホロゥを憎むのも道理だよ」
二人で施設の天井を眺める。
淡い橙色の照明が複数の器具を照らしていた。飛行型ホロゥを想定した的も浮いている。
「ねぇ。嫌じゃなければ、聞かせてくれないかな。あの日、神戸で何があったのか。琵琶湖で何があったのか」
「……神戸でのお話なら」
そう言うと、皐月はゆっくりと語り始める。
すべてが失われたあの日、神戸で起きた出来事を。
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