第17話 救われた命
百合花たちに話しかけてきた二人の少女。
百合花は当然のこと、樹たちもこの二人と面識はない。二年生と一年生のペアという、目立つ組み合わせならなおさらだ。
二年生を示す赤いリボンを着けた先輩。深い藍色の髪と美しい海のような瞳が綺麗で、髪をお団子状に結っている。
その後ろに立っている一年生の少女は、誰もが足を止めるほどの美少女だった。
百合花と同じ美しい白銀の長い髪。それを彩るは黒い蝶の髪飾り。長手袋を着けて肌の露出を極端に抑え、赤と青のオッドアイがまるで宝石のように輝いていた。
凜とした鈴のような綺麗な声。しかし、その声には相応しくない底冷えした声音で言葉を紡ぐ。
「ねぇ、今、神戸戦役の話をしていた?」
言葉の端々に憎しみの混じる声。
もしかすると、神戸戦役で被害に遭った子なのではないかということはすぐに想像できた。
「うん。私の友だちが神戸で亡くなったって話をね。ところで、貴女は?」
「あ、ごめんね。この子は香織。で、私が保護者の鹿島葵よ。よろしく」
「水橋香織です。はじめまして」
ぺこりと頭を下げる香織は、母性を刺激するように愛らしかった。
自己紹介を聞いた静香が鼻血を噴き出す。界隈では有名なワルキューレの登場に興奮が収まらなかった。
「か、鹿島葵様!?」
「知ってるの?」
「もちろんです! というか、樹さんは知らないんですか!? 百合ヶ咲で彩花様に続く戦績を出している凄腕ワルキューレですよ!」
香織の頭を撫でながら二年生の少女――葵が視線を百合花に向ける。
「神戸で亡くなったお友だち、か。貴女、百合花さんよね? 西園寺家の」
「ええ。そうですよ」
「え、百合花さん……?」
「その子ってもしかして……五十嵐家の皐月ちゃんかな?」
予想もしなかった人物に名前を出され、一瞬百合花が固まった。
だが、すぐに真っ直ぐ目を見つめ返して話に耳を傾けることにする。
「知っているんですね」
「うん。私も葵御姉様も、皐月さんに助けてもらったから」
「え?」
「私たちもいたからね。あの日、あの場所に」
どこか悲しげな表情で葵が呟く。
これには静香が首を捻った。自分が調べた情報では、三年前に葵が神戸にいるはずがないのだ。
「葵様って確か、百合ヶ咲学園の中等部卒業でしたよね? どうして神戸に?」
「知らない? あの戦いね、たまたま近くで外征任務だったり遠征中だったりした百合ヶ咲のワルキューレも参戦したのよ。三十人近くがバルムンクと交戦した。……生き残ったのは十人もいなかったけど」
「そんな……!」
「私も遠征中でね、あの場所にいたってわけ。香織とはそこで会ったの」
香織が葵の制服の裾をギュッと掴む。嫌な記憶に蓋をしようとする気持ちと、怒りからくる復讐心のような気持ちがぶつかり合っているようにも見えた。
それでも、自分の口から話そうと香織が葵の話を遮る。
「目の前でお父さんが食べられて、次は私だって時に葵御姉様が救い出してくれたんです。見捨てて逃げることもできたのに」
「で、その時に顔に一発射撃したことに腹でも立てたのか、バルムンクに追いかけられてね。腿の肉を裂かれて殺されそうになったの」
「その時、皐月さんが助けてくださったんです。わざと注意を惹くような立ち回りで私たちからバルムンクを引き離してくれた。そのおかげで私と御姉様はこうして生きて百合ヶ咲学園にいることができる」
香織が強く唇を噛みしめている。
今にも唇が裂けて血が流れそうになっているが、痛みなど感じている様子は無い。悔しい、という感情が痛みを上回っていた。
「後から、皐月さんが亡くなったって知ったんです。……私は、絶対にバルムンクを許さない。家族も、友だちも、皐月さんも殺したあいつは……必ず私が殺してやる……!」
見た目からは想像もできない物騒な言葉を言った香織に静香が背筋を震わせた。
一通り話を聞いた百合花が一歩踏み出す。まだ少し震えている香織をそっと優しく
抱きしめた。
「ありがとう。皐月ちゃんのためにそこまで怒ってくれて。あの子のことを話してくれて。覚えていてくれて」
「当然、です……っ!」
「バルムンクが許せないのは私も同じ。だから、もしバルムンクと戦うときがあれば協力してね。一緒にあいつを仕留めよう」
「はい……っ!」
涙を流しながら百合花の提案に頷く。
その後、百合花たちは葵と香織と別れて再び校内を歩き始める。
道中、樹が静香の手を握った。突然のことに静香が首を傾げる。
「樹さん?」
「なんか、皆は壮絶な過去を生きているんだなって思って」
「私からしたら樹さんもすごいと思いますけどね。単独で大型のホロゥを倒したことあるんでしょう?」
「まぁね。でも、レベルが違うというか……」
「私なんて実戦経験も無くて仮想訓練でしかホロゥを倒したことないんですよ? 元気出してくださいよ!」
自虐を交えた静香の励ましに千代がぷっと笑う。
前を歩く百合花も、肩を震わせてクスクスと笑っていた。
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