File 62: Stray Dogs

 必死にカズとモグリ、そしてエルを捜索するヒバナ。

 息を切らしながら、何度も何度も同じ場所を巡る。何か少しでも手掛かりがあれば気持ちは楽なのに。現状はまるで霧の中を進むようで、つねに漠然とした不安がつきまとっていた。


「諦めるわけにはッ……!」


 どれだけ可能性が低くても、今は足を動かしていたい。一度足を止めてしまうと、もはや自分に出来ることは何もないのではないかという事実を認めることになるようで、怖かった。


 もし、自分の死を予知したとして。普通の人間なら、怖くて外にも出れないだろう。それにも関わらずエルは敵と真正面から対峙することを選んだ。おそらく諦めたわけではない。彼女は運命から逃げるのではなく、戦うことにしたのだ。巨大なものを克服し、現状を打破するために。


 それは相当な覚悟が必要だろう。自分と何気なく話している間も、どれだけ恐怖し、揺蕩っていたか知れない。どうして気付いてあげられなかったのか。

 無力感が心にぽっかりと穴を開け、ぶつけようのない怒りが込み上げてくる。


 その時だ。


「……?」


 遠方で、地鳴りのような音。明らかに普通ではないその音にヒバナは足を止め、逡巡する。あれがエルたちと関係している確率。低くないと思った。何より、他に手掛かりが無い。向かうだけ向かって、様子だけでも見るべきだろう。

 そう判断したヒバナは、音の鳴ったほうへ足を向けた。


「なんだこれ……。なにが起こって……」


 現場に到着すると、その異様な光景に唖然とした。濛々とした煙が立ち込め、薬剤が溶けたような臭いがする。肉片のようなものや血痕がそこら中に散らばっており、どうやら何かが爆発したようだ。


 爆発の中心と思われる場所は、煙のせいで何も見えない。ただ、アスファルトが黒く焦げ付いており、相当な火力が出ていたものと思われた。

 一体何が起きたというのか。動揺しつつ、頭を巡らせていると、


「!」


 モグリが煙の中から現れる。彼はひどく爛れた人間を背負っており、こちらと目が合うと瞬間居場所のない子犬のような表情を浮かべた。

 モグリがあんな弱腰な顔をするなんて思いもよらなかったので、ヒバナは虚を衝かれる。そして、戦う意思は全く見せずどこかへ立ち去ろうとする巨漢を、深追いするか否か迷い、


「ま、待てッ!」


 と声かける。だが、モグリは脇目も振らず、といった格好でビルの屋上を伝ってゆく。背負っている人間は――おそらくカズだろう。あの怪我をどうにかしようと思っているなら、病院に向かっているのかもしれない。


(どうする……!)


 モグリを追うか、現場の状況を明らかにするか。勿論第一優先はエルの安否の確認だが、煙のせいでこれは時間がかかりそうだった。二者択一に迫られていると、


「武本捜査官……これは……?」


 キッカが後から駆けつけてきた。同様に、現場の異様な光景に度肝を抜かれているらしい。が、そこは踏んでいる場数が違うとばかりに瞬時に判断を下し、


「ここは私たちに任せて、君は早くモグリを追え」

「で、ですが……」

「早くしろ! 現状、奴は君にしか追えない!」


 エルが今どういう状態なのか。気になりはしたものの、モグリを放っておくわけにもいかない。カズが負傷した今がこれ以上にないチャンスなのだ。相手が体勢を立て直す前に叩かなければ。


 ヒバナは振り切るようにして、その場を離れる。


(しかし……)


 ヒバナはモグリの後を追いかけながら、爆発痕を思い出し、胸をざわつかせる。まさか、と思った。だが、考えれば考えるほどそうとしか思えなかった。

 つまり、エルの胸の爆弾が起動したのだ。何のためか。ひとつ考えられるのは口封じ。部下を切り捨てることを強いられるくらいには、CPAの場所を知られたくないらしい。


 だが、これも納得がいかない部分がある。まず、CPAに「バレたらまずいもの」があるようには思えないこと。そして、戦う意思が無いと確認すらされていない人間を、そんな酷薄な形で切り捨てるとは思えないこと。


 捜査官はCPAの貴重な戦力だ。こうもあっさりと爆破していてはキリが無い。そのはずなのだが――では、全く予想しない第三者が爆発を起こした可能性は? カズの影の世界に侵入できる人間は限られているはずなので、無いことも無いというくらいだろう。


 結局、あれこれ悩んでも仕方がない。今はモグリを捕まえて、何があったのかを問い質すのが先決というところか。ヒバナは早まる気持ちを抑え、足を動かすのに努めた。


(あれは……やっぱり病院だ)


 モグリを追っていると、大きな病院が見えてくる。やはりカズを治療するつもりらしい。そうはさせまいと一段とスピードを上げるが、一足遅く、追いつく前にモグリは建物の中へと駆け込んでいった。



***



 病院に着くや、モグリは救急搬送用の入り口を逆行し、制止する人々を振り切って真っ直ぐに手術室に向かう。

 あらゆる怒号をはねのけ、あらゆる扉をぶち破り、ただカズを助けるという一心でそこに向かった。


 手術室では当然、他の手術が行われている。そこに全身火傷の人間を背負った男が押し入ったので、病院はパニックに陥った。

 医者や看護師が震えた声で色々と喚くも、モグリの耳には雑音としか処理されなかった。


 ただ、「この人を助けろ」という一方的な要求をする。手術室の責任者と思われる人間が


「分かったが、君が来るべきはここではない」


 と窘めるように言うと、モグリは逆ギレして、


「早くしろッッ!! 今すぐ治せッッ!!」


 と癇癪を起こした。そして、暴れ回って辺りの機器を破壊する。

 一通り当たり散らかしたところでモグリは涙を流し、次にどこへ行くべきか、半ば錯乱しつつ見当を始めた。CPAの息がかからない治療ができる場所は、有刺鉄線の外には無い。しかし、かといって今からアジトに戻ろうにも時間がかかりすぎる。その間に義兄は息絶えてしまうだろう。


 では、どうするべきか。答えの見つからぬまま立ち尽くしていると、


「捨て置け」


 聞き慣れた声が、背後からする。カズのものではない。より低く、より人を惹き付け、より色気のあるその声の主は。


「――ボス」


 開かれた手術室の扉の前に佇んでいるのは、一人の若者。黒と白の細く編まれたドレッドヘアに、くっきりとしたアイライン、そして目鼻立ちの整った顔。

 豪奢な純白の服装に身を包み、人ならざるもののような、神秘的なオーラを発している。

 

 そこにいるのはシヴァのボス、ブラン本人で間違いがなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る