File 50: Life is a tragedy when seen in close-up , but a comedy in long-shot.

 同時刻、同じロビーにて。

 親し気に話すヒバナとエルを見かけ、カオルとタイキは思わず柱の陰に身を隠した。

 特にそうする必然性があるわけではなかったが、訓練されたように2人は同じ動きをする。

 そろりと対象の様子を窺いながら、興味半分嫉妬半分の白々しい視線を向けた。


「ヒバナの奴、抜け目がねえな」

「どうやらそうみたいだね」


 話の内容は斑にしか聴こえなかったものの、素振りや口調からヒバナとエルが恋仲ではないのだろうかと睨む。


「くぅ~、悔しいぜ」

「なに? もしかしてタイキ、黒田さん狙ってたの?」

「まさか。この職場で必要以上に仲良くなったら地獄だろ」

「それもそうか」


 捜査官というのは常に命の危険と隣り合わせであるということを2人は重々承知していたので、それが虚しいだけの行為なのは判然としていた。


「でもよでもよ、羨ましいものは羨ましいなあ」

「あれ、でもタイキ彼女いなかったっけ」

「そんなのとっくに別れたよ。やっぱ全然会えないからさ」

「世知辛いね」

「ホントホント。あーあ。どっかに良さげな女の子いねえかなあ」


 同世代の女の子と接する機会がゼロであるカオルからしたら、タイキの発言は共感するところがあった。

 無理だと頭では分かっていても、欲しいものは欲しい。

 それは日頃の激務の反動のようなものであり、渇きを癒すためにオアシスを探すのと似ていた。

 観察するうちにヒバナとエルの関係を凡そ把握したタイキは、溜息混じりに感想を呟く。


「しかし、ヒバナって鈍感だよな」

「同意。奥手とかじゃなく、単純に気付いてないだけっていうか」

「あんなあからさまな好意向けられてるのに、顔色ひとつ変えやがらねえ。罪な男だ」

「人は怖いくらいに良いんだけどね。いつもなんか無理してそうな感じあるし、余裕無いのかな」

「いや、あれは天然なだけだ。きっと」


 ヒバナの知らぬところで不服な評価が下されたところで、タイキは頭上に感じた小さな衝撃に苛立ちを募らせ、


「ところでカオル。お前ずっとペットボトルを俺の頭の上に立てるチャレンジしてるが、そろそろ怒るぞ」


 カオルは隠れている間、手元のペットボトルを瞬間移動でタイキの頭に飛ばし、直立させるという悪戯を敢行していた。

 ぴたりと止まらず地面に転がったら、拾い上げてまた一からやり直し。

 ある程度調整は利くものの、人間のようにひとりでにバランスを取るものではないため、直立不動となるには運が必要となる。

 ちょっかいとしては程度の良いものではあったが、タイキはさすがにくどいとばかりに牙を剝いた。

 が、天性のお調子者であるカオルには威嚇など通用するはずもなく、


「うーん、でもタイキが怒っても怖くないしなあ」


 と挑発。


「な、なんだとぉ~~~~?」


 舐められていると感じた白髪の青年は、口元の煙草を噛み切ってしまいそうな勢いで顔を歪める。

 その様子を見て、満足げにケラケラと笑うカオル。掴みかかって懲らしめてやろうかという気持ちと小学生相手にそれは大人げないという気持ちで揺れ、わなわなと拳を震わせていると、


「あっ。見て、あの2人、外に行ったよ」


 カオルの言葉は窮地を脱するための嘘のように思えたが、タイキは渋々と視線を向け、それが真実であることを確認した。

 どうしてわざわざ外に出て行くのか。たしかエルは今日の業務を全て終えていたため、暇な時間はあるのだろうが、それにしても色々と臭うものがあった。

 ついていけば絶対に面白いことになる。もしかしたら、あんなことやこんなことが起こるかもしれない。


 同僚の弱みを握る絶好のチャンス。加えて、社内恋愛という不貞の極みに対する腹いせのようなものを滲ませ、


「どうする? ついてく?」

「そりゃあたぼうよ」


 と意地の悪い笑みを二人して浮かべる。

 ペットボトルのことなどとうに忘れて、カオルとタイキは慌てて立ち上がった。 

 後方から尾行し、悪行の数々をその目に収める算段。が、大量の仕事を放り投げて許されるはずもなく、


「お前らこんなところで何やってるんだ。まだ仕事残ってるんだから、さっさと戻れ。今日中に終わらせないと折角の休日を返上することになるぞ」


 気付かぬうちに真後ろに仁王立ちするキッカがいたので、2人は身を縮こまらせた。

 そして次の瞬間には有無を言わさず襟を掴まれ、ずるずると地面を引きずられていく。


「は、はなせ、キッカァ~!!」

 

 カオルの悲痛な叫びも虚しく、キッカはだんまりを決め込む。

 やれやれといった感じで相手にせず、視線すらやらなかった。

 

 そこで、ふと気が付く。元々仏頂面であり、表情の変化に乏しいキッカだが、本当に苛立っている時は耳たぶが林檎のように真っ赤に染まるのだ。

 散々怒られてきたカオルしか知らない体質であり、おそらく本人も認識していないと思われるが、だからこそ分かりやすかった。


 彼女は今、とても不機嫌だ。たしかに仕事を後回しにしようとしたのは悪いこととはいえ、そこまで逆鱗に触れることだろうか。カオルは首を傾げる。


 真相はキッカのみぞ知る。

 ともあれ、市中引き回しの辱めに遭っているカオルとタイキを見かけたヨウカは思わず


「なーにやってるんだか」


 とすげなく感想を呟いた。

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