File 48: Odds & Ends

 ヒバナと木島の戦闘を高所からガラス越しに眺める視線。

 如月レンは木島に連れられる若者を見かけ、気になって見学することにしたのだった。

 案の定、戦闘の内容は一方的。正攻法で木島に勝つことのできる人物など、この世にはいない。

 展開の読める見世物ほどつまらないものはないが、如月の思考は戦いの興とはまた別のところにあった。


「あのクソゲロチンポコ野郎、まさかと思ったが……」


 眼下で次々と攻撃を仕掛けていくヒバナに、如月は冷たい視線を送る。

 あのクサレ超能力者が、同族を殺すことに恐れを抱いている可能性。

 報告書の書き方と表情からそれは充分にあると思ったが、木島への攻撃の躊躇いの数々は如月の疑念を益々強めた。


「超能力者を殺せない超能力者に生きる価値などない。あいつは自分の立場を分かっているのか?」


 ヘッドの持つ、片手ほどの大きさのトリガー装置。その引き金を引けば、部下を爆殺することなど簡単だ。

 意思決定から全身を粉微塵にするまで、数秒とかからない。

 それにも関わらず、こちらの言うことを聞かないなんて。自分の命が惜しくはないのだろうか。

 使い物にならなくなった超能力者はこれまで腐るほど見てきたが、あれほど思考の読めない輩は珍しい。

 戦うことに恐れをなしたり、罪悪感に圧し潰されたり。そんなありきたりな理由で刃向っているのではないことは明白。


 もしそうだとしたら、目を見るだけですぐに分かる。

 では、なぜ超能力者の殺害を躊躇うのか。


「こちらの想定している正義とは別の正義……」


 数十万人を一瞬にして灰燼と帰す突然変異を防ぐため。転じて、多くの人間の命を救うため。

 そう唆されたら、大抵の超能力者は自分の命惜しさに、他の超能力者の命を奪い始める。

 当然の帰結だ。だが、もしその根本を疑っているとするならば。


 つまり、突然変異を何とかできるはずだと盲信しているとするなら。

 これほど扱いづらい人材は無いだろう。

 いつか組織に対して大きな反逆を起こす。そういう予感があった。


「しかし、あいつは副長官のお気に入り……たしかに能力の便利さには目を見張るものがあるが……だが、それも敵対するとするなら逆に厄介だ……」


 突然変異という現象を解明するということは、超能力者の謎に迫るということに他ならない。

 何十年も研究され続けて未だ判明しないものを、どうやって暴こうというのか。

 旅人の正体すら分かっていないというのに。

 傲慢であり、無謀。放っておいてもすぐにそのハードルの高さに気が付くだろうが、釘は刺しておかなければならないだろう。


「悪魔どうしで大人しく潰し合っておけばいいものの……さて、どうしてくれようか」


 苦々しくそう口にしたところで、


「如月さん」


 凛とした声音が、静謐な観戦室に響く。

苛つきのあまり奥歯を噛む如月に対し名前を呼んだのは、七海キッカだった。


「七海、戻ったのね」


 如月は乱暴な口調と意地悪に歪んだ顔をただちに引っ込め、いつも通りの優雅な仕草でキッカと接する。

 

 キッカは昨夜の出来事をすでに把握していた。

 それにも関わらず捜査を早めに打ち切り、CPAに戻ってきた理由は二つある。

 

 一つはカズとモグリの動向が完全に途絶えてしまったから。

 抜け目のないコンビのことだ。逆上してすぐに襲ってくるような真似はしないだろう。

 傷が完全に癒えるまで待ち、絶好の機会を窺うに違いない。

 どれだけ影の深部に潜っていられるのかは分からないが――エルの嗅覚を恐れて浮上することは極端に減るはず。

 それならば無暗に足を動かすより、策を練ることに時間を充てるべきだと判断した次第だった。

 

 もう一つはヒバナに直接会って、その印象を知りたかったからだ。

 最近の彼の動きには不可解な点が幾つもある。

 魂が抜けたように疲弊していたかと思えば、急に単独でモグリを迎え撃つほどの躍動。

 たった一日や二日でそれほど強くなることがあるだろうか。

 その真相を確かめるべく、ひとまず聴取を行った如月に印象を聞き出さねばと思い、


「武本捜査官、何か言っていましたか」

「いえ、おかしなことは何も。ただ、彼は我々に嘘を吐いている」

「嘘……やはり裏切りでしょうか」

「分からない。とても寝返ったとは思えないけど――注意しておくことに越したことはないわね」

「……分かりました」


 嘘を吐いてるとはいえ、寝返ったのでないのであればまだマシだ。

 どちらにせよ詳しく問い質す必要はあるが。それでも、部下をボタン一つで爆殺しなければならない未来を回避できるのなら、キッカとしては安堵する部分があった。


「それより、彼は超能力者を殺せなくなった可能性がある。この意味、分かるわよね? 特にエルは」


 キッカの付き添いとして後方で佇んでいたエルは、如月の言葉を聞いて表情に影を落とす。

 超能力者を殺せなくなった超能力者に、生きる価値は無い。

 そのことは痛いほど体感してきた。

 我々は生きているのではなく、生かされているだけ。

 ひとたび翻意しようものなら、のように爆殺される。

 つまるところ、今のヒバナの状態は非常に危険だった。

 一週間の休暇が終わっても尚、同じ心象であれば忽ち『足手まとい』の烙印を押されてしまうだろう。

 

 キッカも事の重大さを承知しており、自身の詰めの甘さを自覚しつつ、


「……後できっちりと教育しておきます」

「頼んだわよ。私は言う事を聞かない人間が世界で一番嫌いなものなのだけれど――貴重な戦力であることには変わりないのだから」


 キッカもエルも短くない付き合いの中で、如月の心の奥に潜むどす黒いものには気が付いてはいた。

 この超能力者を重んじる発言も、風体の良い表向きの建前にすぎない。


 もっとも、如月が特殊な例というわけではなく、こういうスタンスはCPA全体に蔓延っている。

 無能力者がわざわざこの危険な職に就くという時点で、過去に一物抱えている場合のほうが多いのだ。

 誰しもが大人であり、超能力者のやる気を損ねるのは寧ろ損であるということを理解しているため中々おおやけに謗ることはしないが、そういう風潮は依然根深く残っていた。

 

 キッカも当然、超能力者を激しく憎んでいる。 

 命令を素直に聞き入れ、淡々と同族を殺すのならば礼節は弁える心づもりだが、謀反を起こそうとしている相手に何を口走ってしまうか、自分でも分からなかった。

 ここは味方と敵が簡単に裏返る世界。一度忠誠を誓ったからといって、全ての罪が許されるわけではない。

 だから、どのような方法を使ってでも丸め込めなければならなかった。

 スクラップになる前に、「超能力者を殺す正当性」を再確認させる必要がある。

 

 観戦室を後にしたキッカとエルは、早速ヒバナの姿を探し始めた。

 ほんの数分前に出て行ったばかりなので、それはすぐに見つけることができるだろう。


 問題は、どうやって言う事を聞かせるか。

 一度殺人に疑問を持ってしまった人間を丸め込むのは難しい。

 未だ小さな疑念であるのならまだしも、致命的なほどに膨れ上がっているのなら、すでに取り返しがつかない可能性があった。


(見込みのある奴だと思っていたが、残念だ)


 歩きながら、キッカは返り血に塗れたヒバナの赤々としたシルエットを思い出す。

 あの正しいと思う事を一切疑わず、粛々と仕事をこなす彼はどこに行ってしまったのだろう。

 数多の超能力者の死に目に会う過程で、余計なことを聞きすぎたのだろうか。

 大人しく組織のパーツになっておけばいいものの。

 それは彼の優しさと度胸ゆえとも取れるが、今回ばかりは裏目だ。


(……いや、単純に反抗期が遅かっただけ、か。そのうち落ち着くものだと信じたい。彼は世の中の道理を悟るには若すぎる)


 この世界には幾ら正しいと思っても、実現できないことが沢山ある。

 貧困や差別、戦争や飢餓、環境問題に強姦。それらが一瞬でも地上から消え去ったことがあるだろうか。いや、ない。


 非情な現実に泣き喚き、耳障りの良い理想論に縋りつくこと自体は否定はしない。

 だが、望もうが望むまいが、事は起こる。

 殺さずに済む、なんて都合の良い話はどこにも無いのだ。

 半ば強制的な形をとらせてもらったのは申し訳ないと思うものの、キッカとしては聞き分けを持って仕事にあたって欲しかった。


「あの、警告だけなら私やっておきましょうか」

「? ああ、これは大切なことだ。直々に会って話しておきたい」

「……で、ですよね。すみません」


 おかしな会話だ、とキッカは首を傾げる。

 エルが心なしかしょんぼりしたのも相まって、微妙に意図が汲み取れない。

 ただ単純にこちらを労わってくれたとも解釈できるが、何か自分とヒバナを遠ざけたがっているような。


(考えすぎ……だといいが)


 怪訝な思いを抱きつつ足を進めると、ロビーでヒバナを見かける。

 キッカとエルは聴取を終え、帰宅するつもりだった青年を呼び止め、その場で話を始めた。

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