File 41: Resolution
ひとたび喋れば、シュウヤはもう普段の生活には戻れない。
どうにかして早くこの場から追い出さなければ。だが、下手に動けばモグリが襲ってくる。
内密な話を聞かれた以上、奴らが無能力者であるシュウヤを簡単に生かしておくはずがない。
(どうすればいい――!?)
友人をこの血腥い世界に巻き込んではいけない。
自分の正体を明かすのはナンセンスだ。
どうか黙って引き下がり、逃げ去るように願いを視線に込めながら、
「……す、すまない。やっぱり、その質問にハッキリと答えることはできない。秘密を知ったら、シュウヤの命は危険にさらされてしまう。だから、とにかく早く――」
「おっと、逃げようとしても無駄だぜ。話を聞かれた以上、ここで逃げるなら容赦はしねえ。だが、そうだな。もし武本ヒバナが俺たちの仲間になるってんなら、生きて帰す保証はしよう」
予想はしていたが、最悪の事態だ。
シュウヤを人質にとられた形になった。
モグリの強さは未だ底知れない。
本気を出されたら、守れるかどうか。
いや、むしろ全滅する可能性のほうが高い。
つまり、この状況は――。
「その絶望の表情、ようやく理解したか。さっきは交渉と言ったが、気に食わない答えを言おうものなら、即座にお前らを殺す。つまり、これは半分脅迫だ。拒否権は無え」
仲間になるか、死か。
一度目の邂逅は、確実に勝てる相手を見極めるための準備段階だったのだ。
全てはこの状況を作りだすため。
初めから議論なんてするつもりが無かった。
沈黙を続けるヒバナに痺れを切らすようにして、粗暴な青年は尋ねる。
「さあ、答えろ! そこの下等生物! 超能力者を救うか、無能力者を救うか! お前はどちらを選ぶ!?」
まずい。非常にまずい。
カズたちの目的は、俺を仲間に引き入れること。
この質問の答えとして許されるのは、唯一つだけだ。即ち、超能力者の死。
そして、共存など無理だということを俺に痛感させる狙いなのだろう。
こうなってしまっては、祈ることしかできなかった。
「……とりあえず、俺を下等生物呼ばわりすることには目を瞑るとして。いわゆるトロッコ問題ってやつか……」
どうか話の流れから、求められている答えを逆算してくれ。
迷いなく、超能力者と言ってくれ。
そうしたら、少なくともこの場は切り抜けられる。
その光明は見出せる。
ドキドキしながら、シュウヤの返答を待った。
ゆっくりと口が動き、そして、
「殺すのは超能力者。これは絶対だ」
と冷酷に言い放つ。
カズとモグリは「クック」と面白そうに笑い、
「一応訊いておこう。それはなぜだ?」
「超能力者は生きているだけで多くの人を殺す。だから、超能力者は同じ人間じゃない。極悪だ。人を殺すのは絶対的な悪だが、あれだけは例外で殺してもいい。そう思うから」
大災害の詳細はCPAに属しているヒバナですら知らない。
一般に広まっているのは「超能力者がその力を暴走させ、多くの人間を無差別に殺した」という結果だけだ。
ヘイトが醸成されるのも無理はない。
シュウヤの発言には一定の理解を示せる。
だが、共存を目指すヒバナにとっては、その難しさをまざまざと見せつけられたことに違いない。
ひとまず窮地を脱したかのように思えたが、安心しきれない部分があった。
「聞いたか、武本ヒバナ。これが現実だ。お前の友人は、あまりにもあっさりと超能力者を選んだ。死んでも構わない、と。これでも共存が可能だと言えるのか? なあ」
人の良いシュウヤでさえああいう風に思うのだから、殆どの人間は超能力者の命を軽視しているだろう。
共存の道を指し示したところで、今更お互いが歩み寄れるとは限らない。
途方もない時間がかかるはず。
難しいかもしれない。不可能かもしれない。
そんな疑念が、毟っても毟っても生えてくる雑草のように心の中で息づき始める。
ぐらりと気持ちが揺らいだ。
「――なんてな」
「は?」
「俺がそう言うとでも思ったか? 超能力者と無能力者、どっちを助けるかなんて愚問だぜ。両方助けるに決まってんだろうが」
突然、シュウヤは発言を百八十度変えた。
場は時が止まったように静寂を極める。
「命に大差なんて無えよ。どっちがどうとか、俺にはどうでもいい。『大災害』みたいなのだって、そう頻繁に起こるわけでもねえんだろ」
カズはそれを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
茶化され、思惑を外されたことに怒りを感じているらしい。
目はカッと見開き、額には青筋が立った。
「……テメエ、前提条件って知ってるか? 俺は一人しか助けられないって言ったんだぜ。質問にちゃんと答えろよ」
「だから、その前提条件を覆すって言ってるんだ」
「な、なんだお前。アホなのか?」
カズは話が嚙み合っていないことに、苛立ちを募らせた。
これ以上何を言っても無駄。
そういう諦念が徐々に表情に混じり、怒りのボルテージがジリジリと上がっていく。
「ムカつくムカつくムカつく……今まで散々俺たちをコケにして隅に追いやって来やがったのによお。なんだその上からの理論は。『許してやる』みたいな態度は。本当に、吐き気がするくらいムカつくぜ」
話の筋を理解しているのかしていないのか分からないが、シュウヤは意見を変えた。
そのせいで、カズたちは殺気を立て始めてしまう。
一触即発の空気が流れた。
まずい。今の自分ではモグリには勝てない。どうにかして逃げなければ。
「最後だ。最後に訊いてやるよ、武本ヒバナ。思惑は外れたが、結局はお前の決断次第ッ! お前が仲間になるなら、命の保証はしてやるッ!」
「お、俺の……決断……」
「三秒。それ以上は待たねえ。早く答えろッ!」
無能力者の支配など、共存のとは対極の位置にある。
ひとたび認めてしまえば、立場は更に危ういものになるだろう。
そもそも、CPAに協力者であることを悟られたら、自分はどっちみち爆死だ。
強いものこそが正義、というエルの言葉が頭をよぎる。
全身から噴き出す冷や汗。体は小刻みに震える。
口を開きかけ、結局は閉じるという動作を三秒の間に何度も行い、そして、
「――時間だ。モグリ!」
カズの一声で、モグリが影の中から日本刀を取り出す。
ずるずると地面から生えてきたそれを握り、構えると、鬼が宿ったような冷徹な表情で斬りかかってきた。
視線を見る限り、狙いは自分ではない。
奥のほうを見ている。
まずシュウヤからやるつもりだ。
ヒバナは身を挺して、間に入る。
とにかく、民間人であるシュウヤを巻き込むわけにはいかない。
その一心で反射的に入ったが、次の動作には迷いがあった。
超能力を発現させ、正体を明かしてしまえば、彼は日常には戻れなくなる。
何より当人たちの意思に反して、再び友情に亀裂が入ってしまうに違いない。
今度は解決しようがないほど、深く。
それでもいいのか。本当に、それでも――。
考えている暇はなかった。
壁を蹴って遠くのシュウヤに切っ先を向けるモグリ。
ヒバナを避けるようにして滑らされた刃を、すんでのところで食い止める。
ガギリ、という鈍い音。剣を止めたヒバナの腕は、うねる漆黒の鱗を纏っていた。
「……クソッ。考えるのは後だ!」
勝てる見込みはほぼ無い。
それでも、とりあえずシュウヤだけはこの場から逃がす。
それが自分の役目だろう。せめてもの責任だ。
命が危険に曝されている状況で、余計なことを考慮に入れる余裕は無かった。
「ヒバナ……お前……」
覚悟を決めたヒバナの後ろで、シュウヤは尻もちをつきながら愕然としていた。
話の流れから、「もしかしたらそうではないか」という予感はあった。
が、実際に目にすると、脳が痺れて焼き切れそうなくらいの衝撃があった。
まさかこれ程近くに超能力者がいるとは。
絶滅しかけていたはずではないのか。
様々な疑問が走り、自分の置かれている状況をようやく正確に把握する。
(に、逃げねえと――!?)
親友であるヒバナを置いて、自分だけが逃げるような真似はシュウヤのプライドが許さなかった。
一方で、動きからして普通の人間ではない戦いに、挟まる余地が無いのも明白。
何もできないという無力感の末、一旦逃げてヒバナの負担を減らすという考えしか浮かんでこない。
自分らしくない、と思った。
だが、プライドを捨て、それでも強行する必要がある。
覚悟を決めたその矢先、体に異変。
目の前で繰り広げられる肉弾戦に、腰が砕けて中々立ち上がれなかった。
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