File 23: Start
江口の家の前に止まる一台の車。
その中では、ヒバナとキッカが待機していた。今日は宗教施設に行った後、ずっと車の中だ。体が軋み、うとうととするヒバナ。眠気覚ましにと、隣で睨みをきかすキッカに話しかける。
「本当に来ますかね、彼女」
「来る。さすがに絶対とは言えないが」
宇田の爆破。
キッカは江口は数日以内にそれを行うと見当をつけていた。それに準じ、いつでも捕まえる体勢に入れるよう捜査官たちは帰宅を禁じられ、一層の張り込みの強化を命じられている。風呂に入れないのは苦痛ではあったが、数日間の辛抱だ。
「まとめると、爆弾魔が江口で、人形使いが尾崎。そして、2人は共謀関係にあり、組み合わせた能力を試すために宇田を爆破する、と。そういうことで合ってます?」
「ああ。阿笠、井上、宇田はよく一緒に行動していたらしい。江口が恨んでいるとしたら、状況を鑑みても、3人まとめてで間違いないだろう。だとするなら、襲う。普通は」
組み合わせた能力云々は正直怪しいところだが、わざわざ江口が尾崎と接触したことを考えれば、ない話ではない。
「しかし、どうですかね。餌を撒いたとはいえ、そう易々としっぽを掴ませてくれるかどうか……今まで自分たちの追求を逃れてきた相手だけに、微妙な気もします」
「その時はその時だ。また考えればいい」
たしかにその通りだとヒバナは首肯した。
「でも、尾崎さんが江口さんに手を貸す理由がよく分からないんですよね。同様に恨んでいるとか?」
「それなんだが……尾崎の姉は2年前に我々が抹消している」
「えっ」
衝撃の情報だ。
でもそうすると、いくらか点と点が繋がるような気がした。
「尾崎さんの目的は、CPAへの報復?」
「ああ」
「じゃあ、江口さんの目的も……」
敵は宇田だけではなく、CPAを狙っている。
それは中々にぞっとする内容だった。何をされるか分からない恐怖。今までのは余興にすぎず、虎視眈々と首を狙われているという恐怖。
近辺への復讐だけでは飽き足らなかったのだろうか。たしかに自分が理不尽に殺されると知ったら、相手を殺すしかないとは思うだろうが――。
「……どうしたんだ。浮かない顔をして」
「いえ、この1ヶ月2人と接してみて、やはり普通の子だなとしか思えなかったので」
「だから、殺せないと?」
「そういうわけじゃないんですけど、ただ意外で」
心苦しいというよりも、どちらかと言えば残念に思う気持ちのほうが強かった。
普通に生きていれば、その人生に泥を塗ることはなかっただろうに。どの道死ぬことには変わりないが、どうしてまた殺人なんか。そもそも異常な人間ならまだしも、そこらにいる女子高生がやる所業ではないだろう。
「どんな人間でも条件さえ整えれば、人間を殺せるものさ。だから、見た目だけで判断しちゃいけない」
「人は誰しも心の中に怪物を飼っている、でしたっけ」
彼女たちの心の中にも、同様に怪物が潜んでいるのだろうか。それを許容する大義名分とは、一体。
自分が真実を知ることができるかは分からないが、一度面と向かって話を聞いてみたいものだ。
(しかし……)
もうすでに深夜の0時を回った。
この時間から動き出すのは余程の物好きだろう。今日のところは進展なし、と欠伸を噛み締めたその時、
「見ろ。江口が出てきたぞ」
「マジですかっ!?」
がばっと起き上がるヒバナ。
「しかもタクシー!?」
「追うぞ」
タクシーが発進したのを見計らって、こちらも車を出す。わざわざこんな時間に外出なんて、怪しいことこの上ない。おそらく、江口は宇田の病院に向かう。そして、爆弾を仕掛けるはずだ。そこで何らかの証拠を絶対に掴んでみせる。
息巻くヒバナ。だが、同時に大きな不安も感じていた。何かがおかしい。上手くいきすぎている。相手はこちらの罠に、みすみす引っかかってくれるような人物だったろうか。
不安がりすぎてもしょうがないので程々にしておきたかったが、やはり依然としてざわつくものはあった。
「おかしい……この方角……本当に病院に行くのか?」
病院がある方角とはちょうど真逆の道を走るタクシー。どこに向かっているというのか。予想外の事態に戸惑いつつも、気を引き締めて後を追った。
そんな最中、耳にノイズが入る。
無線だ。
どうやら事態が大きく動いたらしかった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
夜、310Bの病室にて。
一日中、怨嗟のようにそう呟き続ける宇田を見て、タイキは眉を顰める。
ドアにもたれ、腕を組んだ格好で観察していたものの、さすがにこの時間ともなると疲れてきた。それに、病院だからタバコも咥えられず、非常に苛立たしい。
キッカいわく、この数日で宇田が襲われるそうだが、今のところ感じるのは、同じ状況が永遠に続きそうであるという不安。こうやって過ごすのも限界がある。夜の0時を回り、何も起こっていないことを確認すると、少し微睡んだ。
何分経過しただろうか。
目を開けた時には、すでに窓ガラスが破られていた。
「……人形」
月明かりに照らされ、小さな影を作るのは不気味な洋人形。まるで仕事だけこなしに来ましたと言わんばかりの淡々とした所作で、宇田の姿を見つけると、とてとてと一直線に向かっていく。
タイキは殴られたような衝撃でばちっと目を覚まし、間に合えと念じながら、能力を発動した。
それが鮫島タイキの超能力。
目に見えない波動を掌から射出し、対象を遠隔操作することができる力だ。
タイキはそれを使い、宇田に後一歩のところまで迫る人形を部屋の端まで吹き飛ばした。
同時に、爆発。
容赦のない爆風が病室に吹き荒れ、タイキはすぐさま態勢を低くしながら、波動の壁を作り出す。
念波で作った壁は、宇田とタイキを熱波と飛来物から守り、そのお陰で大した怪我もなく、しばらくして爆発は止んだ。けたたましいサイレンと頬に当たるスプリンクラーの水滴に顔を顰めるタイキ。彼は爆心地で黒焦げになり、ぶすぶすと煙を吐き出している人形を見て、思わず息を呑んだ。
「マジで人形が爆発しやがった……」
自分たちを散々悩ませてきた元凶。すでに動かなくなっているのを確認し、今度は宇田のほうに目を向ける。
「ごめんなさい……私が悪いから……許して……」
宇田はベッドの上で膝を抱え、小刻みに震えていた。
ベッドの先からほんの数センチを境にして、部屋の様子は一変している。タイキがあと少し壁を作るのが遅れていたら、そこらに散乱する瓦礫のように彼女もバラバラになっていただろう。
「大丈夫だ。もう爆発は起こらない。落ち着いてくれ」
タイキがそう呼びかけると、
「ほ、ほんと……?」
と宇田が濡れぼそった猫のような弱々しい声で答える。
タイキは初めて意思疎通ができたことに感動しつつも、おちおち感慨にもふけっていられないと首を振り、
「すまない、宇田さん。ちょっと時間が無くてね。今からする質問に答えてくれ」
「……」
宇田の反応は曖昧なものだった。
当然と言えば当然か。ついさっきまで正気を失い現実逃避していた彼女からしたら、現状を理解するのは難しい。いきなり質問をされても、何のこっちゃ分からないだろう。だが、必要以上に待っているわけにもいかず、タイキは半ば無理矢理話を続けた。
「君が恐れていたのは、江口さんで合っているか」
「そう……江口。あいつが私たちを殺そうと……」
「それはどうしてだ」
「どうして? ……よく分からないけど、私たちからの普段の扱いが気に食わなかったんだと思う」
タイキは宇田の表現が少々濁っているのが気になり、問い質す。
「つまり、いじめというやつか」
「いじめ……。あれがいじめなら、多分そう、なのかも」
あまりいじめをしていたという自覚はないのだろう。
だが、普段から日常的に貶めていたのは間違いない。今の発言でおおかた確定した。教師やクラスメイトが実態を把握していなかったせいで余計な時間を食ったが、これで心置きなく江口を始末することができる。
動機は、いじめへの復讐。単純明快な理由だ。
狙い通りの収穫を得たタイキは、早速無線で連絡を入れる。
この時は、これで全てが解決すると思っていた。
だが、状況はすでに一筋縄ではいかないものと化している。江口の真の目的、共謀者である尾崎の存在。そして、ため息が出るほどのタイミングの悪さ。そんな要因から、事態は想定外の進展を見せる。
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