第四章 Man’s Search For Meaning

File 22: To the destination

 当初は、宗教について学ぶためにここに来た。

 だが、残念なことに目立った収穫は無かった。この程度のコミュニティなら、今の自分でも問題なく作ることが出来る。その自信があった。

 

 ただ、再認識したことはある。多くの宗教は、金儲けの装置にすぎない。

 お金をより多く寄付すれば、神様は願いを聞き入れやすくなる。逆に一銭も落とさなければ、聞き入れにくくなる。そんな感じで不安を煽り、信者から金を巻き上げるのだ。社会から隔絶するのも、結束を強めるのも、ひとえに金を儲けるため。まったく下らない構造をしている。


 だから、ここに長居する気は毛頭無かった。

 尾崎の誘いが無くとも、この辺りの時期には抜けていただろう。CPAの捜査官に間近で監視され続けるのも気持ち悪かったので、本来ならば学校に戻っていたのではなかろうか。


 だが、現実としては新宿に向かうことに決めている。

 そこに何があって、自分になにができるのか。超能力者の団体があると尾崎は言っていたが、具体的なことは何一つ分からない。当然、調べても情報は出てこないので、大きな賭けには違いなかった。


 ある日のことだ。

 午前の祈願を終えた私たちは、いつものように昼食の準備を始める。あの捜査官は率先として料理に混じり、その腕を振るっていた。敵と共同生活のような真似をするのは、中々不思議な感じだ。

 皿を並べながら、時々観察していたが、尾崎の話にあるような怖い人間には到底見えない。CPAは全超能力者の敵。特定されたら最後、容赦なく殺しにかかってくる。そんな噂が霞んでしまうくらいには、気さくで良い人だった。なおさら超能力者を闇に葬るだなんて仕事を選んだ意味が分からないが、何か彼なりの事情があるのだろうか。

 

 私が彼に好印象を抱いている一方、尾崎はひたすらに毛嫌いを決め込んでいた。

 会話なんてもちろんせず、できるだけ距離を遠くとって過ごす。さすがに顔に露骨に嫌悪感を出すことは少なかったものの、同じ空間にいる誰もがそれを薄々察するくらいにはオーラを放っていた。

 今日も変わらずそのような感じで過ごしているなと観察していると、


「あっ」

「おっと、危ない」


 尾崎がバランスを崩し、料理を落としかけたので、私は即座に支える。間一髪で、大惨事は免れた。


「気をつけなよ。ただでさえなんか危なっかしいんだから」

「あ、う、うん……」


 私たちはこの頃になると、人前で接触する機会が増えた。

 あえて増やしているというのもある。話しかけるリスク、それをCPAに見られるリスク。それはもちろんある。だが、これだけ顔を合わせているのにも関わらず、クラスメイトが一向に仲良くならないというのは逆に不自然に見えるだろう。

 

 だから、多くは私から積極的に話題を振ることにしていた。もちろん本当は嫌で嫌で仕方がないのだが、背に腹は変えられぬという奴だ。


「尾崎さ。なんで武本さん嫌ってるの?」

「そりゃ……嫌いでしょ」

「いや、まあそうなのかもしれないけどさ。あまり露骨なのはやめたほうがいいと思うよ」

「……うん」


 尾崎はあまり納得していない様子だ。


「ずっと思ってたんだけど。過去になんかあったの?」


 彼女の目的は、超能力者が虐げられない世界をつくること。しかし、超能力者が虐げられる対象というのは、私自身、追われる身になるまで実感がなかった。そう思うに至った原因、何か事件のようなものがあるはず。私はそう睨んで、尋ねた。


「……」


 だが、尾崎は俯くだけで答えなかった。

 無碍にされたようで少々腹が立ったが、元々こういう人であることは承知していたので、時間経過で留飲を下げる。


「ま、いいや。それより、さっきから武本さんの姿が見えないけど」


 相手が私たちを監視しているように、私たちも相手を監視しているこの状況。急に姿を消されることほど不安を煽るものはなかった。


「あの人なら外で誰かと電話してる」

「……そう。しかし、便利ね。貴女の能力」


 人形を使って外部の情報を盗み聞きとは、中々隅に置いておけない。私が裏切ろうとすれば、簡単に察知されてしまうだろう。その時は、彼女の人形を全て爆発させるしかない。私の知っている人形で全てだといいが――もしかしたら、隠し玉も数体ある可能性があり、非常に厄介だった。


「うん。便利っちゃ、便利かな。少し頭が疲れるけど」


 複数の情報を同時に処理しなければならないため、疲れるのは理解できた。それは私も同じ。もっとも、流れ込む情報量が違いすぎて、同列に扱っていいかは微妙だが。


「……それで、この先どうする?」


 捜査官が戻ってくる前に、私は小声で尾崎に相談する。

 新宿へ行く。そのための準備は大方終わった。あとは決行日を決めるだけだ。


「明日、宇田さんを爆破。そうすれば、間違いなくCPAはそこに集中する。私たちはその隙に各々タクシーで代々木まで行き、そこから歩いて新宿へ」

「そんなに上手くいくかな。よくて戦力を分散させるくらいじゃ……」

「それでもいい。とにかく、目をあちらに向けさせるのが大事」

 

 尾崎いわく、CPAは私たちを交代制で終日見張っているらしい。陽動しなければ、すぐに追いかけてくるとのこと。


「なら、宇田だけじゃくて奴らの車も爆破する?」

「……悪くない。ただ、それだと腹を括らないといけなくなる」


 一度捕まってしまえば、もう言い訳はできなくなる。その爆破は、「はい私が犯人です」と言っているようなものだ。そうなれば、相手の追撃はまず間違いなく本気になるだろう。そして、それだけ逃げるのも難化する。


「じゃあ、タイミングを見計らって、って感じかな」

「そうだね。一度泳がせておいて、撒いたところで爆破できれば完璧だと思う」


 どうにせよ足止めくらいに考えておいたほうがいいか。幸いなことに、CPAの車の場所は把握できている。人形を設置するのは訳ないだろう。

 

「とりあえず、明日は代々木駅で集合」

「家を出るのはいつ?」

「相手を油断させるために、一応明日もここに来よう。そして、動くのは深夜0時頃」

「タクシーあるかなあ」

「予約するしかないね」


 お金は心配いらないと言い張る尾崎。なんでも家がそこそこ裕福らしく、ハイヤーを手配できるとのことだった。無尽蔵に人形を編める財力は伊達ではないということだ。そんなに高い乗り物に乗ったことが無いので、内心少し怖気づいてしまった。

 

 その後、私たちは何個か作戦の要所を擦り合わせ、それぞれの持ち場に戻ろうとしたその時、捜査官が戻ってきた。

 どうやらまだ通話は続いているらしい。これ以上長い間空けるのは申し訳なく思ったのか、通話と準備を同時にこなすことにしたようだ。その様子はばたばたとしていて、実に危なかっしかった。


「あ、はい。そういえば――あっ、310Bですね。すみません、忘れてました」


 捜査官はそう言うと、やっとの思いという感じで電話を切る。そして、私たちに交互に視線を向け、「いやあ、すみません」という風に軽く頭を下げた。

 



 翌日。夜の帳もすっかり落ち、人々が寝静まった頃。

 私は最低限の生活必需品を詰めたリュックを背負って、自室を出た。玄関で靴ひもを結んでいると、眠たい目をこすりながら、母が起きてくる。


「どうしたの? こんな時間に」

「あれ、言ってなかったっけ。友達の家に、泊りで」

「えー? 行くのはいいけど、さすがにもう遅くない?」

「私もそう思うけど、なんかこの時間に来て欲しいんだって」


 母は眉を顰める。


「最近、爆発とか物騒なことあったから。お母さん心配よ」

「もう大丈夫だって」

「……そう?」


 納得したような納得していないような、そんな顔で考え込んでいたが、やがて邪魔をするのも悪いと思ったらしく、「ね、いつ帰ってくるの」と幾分柔らかい口調で尋ねてきた。


「うーん。明日か明後日かな」

「そう。楽しんできなさいね」


 珍しく娘が友達と遊ぶと言っているものだから、母も高揚しているようだった。加えて、目の前でクラスメイトを失って凹んでいた姿を見せていたのが都合よく働いているのかもしれない。


 どうにせよ、私は想定していたよりすんなりと家を出ることができた。

 外は概ね暗いが、街灯の光が妙に目に付き、落ち着かない。月明りもなんとなく、冷たい光を宿していているように思えた。そわそわする。私がおかしいのか、世界が元々おかしいのか。普段なら見過ごすような細かなものでさえ、ひどく感覚を刺激してきた。


 ほどなくして黒塗りのハイヤーが到着。私は緊張しながらもそれに乗り込み、

 

「代々木まで」


 と運転手に言う。すると、運転手は少し砕けた口調で「あーはい。承ってますよ」と答え、車を発進させた。心地よい振動に揺られ、小さくぼそぼそとしたラジオを耳に入れながら、私はぼうっと考える。


 母とは今生の別れかもしれない。

 それなのに、随分とあっさりとした引き際だった。あまりやりすぎても怪しまれるので仕方がないが、もう少し名残惜しんでも罰は当たらなかっただろう。


(まあ、焦ってたから、かな)


 新宿へ行く前に、家で止められたら終わりだ。だから、母が心変わりする前に、勢いで出て行かなければならなかった。焦ってもったいないことをしたな、と思う。ただやはり、野望のためには止むをえまい。


 焦ると言えば、こうして新宿に行くこともそれが原因だ。

 CPAは私を捕まえられていない。あの様子だと、私の能力が髪の毛を爆発させる能力だとは分かっていないだろう。然して、捜査が打ち切られるまで待っていられれば、私の勝ちだった。

 

 だが、それでも行動を起こしたのは、長期間じっとしておくのが辛抱ならなかったから。そこに陰湿な差別があるのに、手をこまねいているわけにはいかなかった。


 だから、勝負する。

 真正面から、逃げずに。


(もしかしたら、勝ち負けなんて最初からどうでもいいのかもしれないけど――)


 私は私なりの正義を貫く。

 捕まるか、捕まらないかなんて、本当は些細な問題にすぎない。要はただ、それだけのことなのだろう。


 そのようなことを考えていると、


「お嬢ちゃん、珍しいね。こんな時間に」


 と運転手がおもむろに語りかけてきた。


「実は友達と約束していて」

「ほうほう、友達か。なるほどねえ。青春だねえ。私みたいなハゲ親父には眩しすぎるよ。あっはっはっ」

「……あはは」


 きらりと禿頭を輝かせ冗談を言う運転手に、私は少しだけげんなりした。だが、お陰でいい感じに緊張がほぐれたかもしれない。


「うーん? なんか後ろの車ついてくるなあ」


 おそらくCPAの車だ。

 想定内ではあるものの、意外と抜け目なくついてきているらしい。深夜は業務外と言って、監視を怠る腑抜けではないようだ。


 私は目を瞑り、集中する。

 無数の人形の位置が、手に取るように分かる。そのうちの一つ、病院に向かっていく人形に狙いを定めた。

 

 相手はこちらが移動式の爆弾を手に入れているなんて想定していないはず。まして深夜の病院だ。捜査官は配置できない。ここで爆破を起こせば、状況を確認するために引戻らざるをえないだろう。


 深呼吸ひとつ。

 ここが正念場だ。このフェーズでCPAを振り切れなければ、強硬手段に出るしかなくなる。


 赤い熱源。

 それが窓をぶち破り、病室に到着したことを確認すると、私は爆発の意思を発信した。

 

 そして、ぷちんと感覚が途切れる。

 爆破は無事、成功したようだった。

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