File 17: Memory
「レイナ。今日も学校行かないの?」
自室の外で母が口うるさく催促してくる。
私は「行かない」と断固拒否し、布団にくるまった。母も学校で起こったことは知っているはずだが、一週間も引きこもるとなると呆られているようにも感じる。本来なら娘が殺されかねないという状況は理解しているのか、否か。日頃の疲労を理由に、理解という理解を突っぱねている節があった。つくづく、私が殺す側で良かったと思う。
もぞりと体を反転させ、天井を見上げる。
どうやって宇田を殺すか。あいつは今病院にいる。セキュリティは容易に突破できないだろう。まして私は警察に目を付けられている。贈答も難しい。
(なんか、宇田とかどうでもよく思えてきたな)
簡単に殺れるなら殺るだろうが、こうなるとあまり拘りすぎるのもバカらしく思えてきた。
あんな蠅みたいな人間に構うくらいなら、自らの教義を広めるのに時間を割いたほうがいい。とりあえず、あいつが出てくるまでは爆破は休止だ。捕まるリスクを高めるだけで、意味が無い。
(しかし……どうするか。宗教ってどうやって作るんだ?)
調べてみると、意外と簡単なことが分かった。しかし、敷居が高い部分も無いわけではない。礼拝堂のようなものを用意するのは現時点では不可能だ。
(集金は今後の課題だな。だけど、目立ったことをすれば足がつく。超能力でちょろっと一稼ぎ、みたいなのは危険だ)
自分にできることを考えて、むぅと口を尖らせる。これは思っていたより、長期的な目標になるかもしれない。高校、大学と進学して就職。そして、元金を集める必要がある。そんな悠長なことをしていて大丈夫だろうかと不安を募らせていると、
「ん?」
窓際に見たことのない人形を発見する。金髪碧眼の、西洋ドレスを着た女の子の人形。私のものではない。なぜこんなものが、こんなところにあるのだろう。不思議に思い、首を傾げる。そして、布団から這い出してリビングに向かった。
「お母さん、窓のとこにある人形。なにあれ?」
「人形? 知らないわよ。見たことない、そんなの」
「ええ? うそだあ」
ついてきて、と言って窓際に案内する。すると、どうだ。先程までそこにあったはずの人形が跡形も無く消えていた。私は困惑し、探し回る。しかし、結局見つけることができなかった。
「あれ? あれ? たしかにそこにあったんだけどな」
「……レイナ。ちょっと来なさい」
母は怪訝な表情を浮かべ、私をリビングに呼ぶ。私が幻覚を見たと勘違いし、心配して呼んだのだと察するまでにそう時間はかからなかった。
「レイナ。学校で辛いことがあったのは分かってる。今のところが嫌なら、転校でもしてみようか」
「……いや、別に」
その提案はあまりにも遅すぎる。ちょっと前までは喜んで受け入れていたのに。全てが解決した今となっては、大して嬉しくはない。
「少し休んだらいけるようになるとは……思う」
「……そう。それならいいんだけど」
母の瞳に、何となく悲しい色を見た。
「ね、ここに来て」
唐突に、母は自分の膝の前に座るよう促してくる。そんなこと小学校低学年以来したことがないので、気色が悪かった。私は「嫌だよ」と笑顔を浮かべて拒絶するも、母は引かない。この年になって親と触れ合うなんて、気恥ずかしくて鳥肌ものではあったが、渋々従うことにした。
ぽすん、と母の前に座ると、しばらくして頭を撫でられる。こそばゆい気持ちになり、同時に心配にもなった。
「なに? どうしたの?」
そう尋ねると、
「いや、昔はよくこうして髪をといてたなって」
短くなった私の髪を触り、悲嘆する。それは過ぎ去った時間を名残惜しく思っているようでもあり、喜んでいるようにも見えた。
そういえば私は母に髪をとかれるのが好きだったと、今更になって思い出す。どうしてか、今の今まですっぽりと抜け落ちていた記憶だった。母に包まれ、懐かしい匂いを感じ、色々と考える。
私は決して人前で誇れるような娘ではない。なにせ、クラスメイトを殺した。私の選んだ道が、母を安心させるものではないことは明白だ。
本当にこのままでいいのだろうか。当初の目標はほぼ達成された以上、ここらが引き際ではないだろうか。そういう思いに駆られていると、
「よかった……本当に。生きてて……」
母は私を抱きしめたまま泣いていた。
あまりに突然のことに、私はぎょっとする。だが、少しして納得した。目の前でクラスメイトが死んだ。母親目線に立てば、私が殺されていた可能性があったようにも映るだろう。これは彼女にとっての最悪のケースを回避し、安堵したことによって流れている涙なのだ。すでに冷めきった関係だと思っていたが、思わぬ形でその愛を再確認し、複雑な胸中になる。
阿笠や井上にも同じように親がいたはずだ。先に性根の悪いことをしていたのは向こうとはいえ、彼女たちの親はもう二度とこうやって娘の体温を感じることが出来ない。その幸せを奪ったのは紛れもなく私。罪の重さに耐えることができるほどの覚悟を、果たして自分は持っているだろうか。成り行きで、自分勝手に開き直っただけではないだろうか。
ここで初めて自分を客観視し、クソダサいなと思いつつ、もう後に退けないところまで来ていることを痛感する。願うことなら時間を戻して、やり直したい。そして、何か別の方法で虐めを回避したい。こうなることを覚悟して行動してきたはずなのに、そんな淡い後悔すら湧いてくる始末だった。
涙が出そうになる。
何の涙か、よく分からない。愛されて嬉しいのか、不甲斐なさで悔しいのか。だが、結局は我慢し、頬を伝うことはなかった。ここで涙を流し、許しを乞うのはズルい。それでは相手のしてきたこととあまり変わらない。そう思ったからだ。
だから、私は心の中で小さく、「ごめんなさい」と呟いた。そうすることしか、できなかった。
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